第十一章 再会

一話

 風天巧たちは山を出ると任木蘭の落梅庵らくばいあんに移った。どこからか聞こえてくる琴の音につられるように木々の間を進むと、見えてきたのは小ぢんまりとした庵だ。任木蘭と魏凰が先頭に立って中に入ると琴の音はぴたりと止まり、純白の衣の青年が鋭い目線を一同に投げかけた。

「これは驚いた。まさか音清弦まで来ていたとは」

 風天巧は扇子で口を隠しつつ、しかしはっきりと音清弦に聞こえるように言う。音清弦はフンと鼻を鳴らし、風天巧を真っ向から睨みつけて告げた。

「頼まれて来ただけだ」

「そんな風に言うなよ、清弦。お前は自分の心が許さないことはたとえ創神が叩頭して頼み込んだって聞き入れないの、俺たち皆知ってるんだからな」

 莫千朋が言い返すと、音清弦は再び琴を弾き始めた。莫千朋が何度呼びかけても目を閉じたまま、答える素振りを見せようともしない。風天巧はその様子に笑いがこみ上げてきた。

「はは、そうかそうか。礼を言うよ、天音清楽」

 すると、ポヨンと間の抜けた音を奏でて音清弦が手を止めた。一同が見ている中、音清弦はしかめっ面でわなないていたかと思うと、琴を抱え上げて疾風のようにと消えてしまった。

「貴様ら天仙というのは、変わり者しかいないのか?」

 魏凰がぽかんとしたまま呟く。任木蘭は軽く笑うと、魏凰の肩をぽんと叩いて無人になった卓に座るよう促した。



 そして翌朝、風天巧は楊夏珪、任木蘭とともに庵を出た。次なる目的は行方不明となっている「金」の剣、蒼天斬だ――穆哨が楊夏珪に拾われたあの夜、楊夏珪は幼子の身分を示す手がかりがないかと付近を捜索してまわったという。その中で東鼎会のが放置していった戦いの跡に出くわし、穆鋭と欧陽楓の遺体を見つけていたことを楊夏珪は明かした。

「なぜかは分からぬが、私は彼らを見て敵ながら不憫に思った。だから欧陽楓の持っていた折れた剣と一緒に二人を埋めたのだ。……だが、まさかその剣が五行神剣の一振りだったとは思いもしなかった」

「だろうね。もし分かっていれば、孔麗鱗は皇麟剣と蒼天斬の二振りを所有していたことになるからな」

 風天巧は扇子を弄びながら答えた。

 空は晴れ渡り、木々の間からこぼれた光が地面を暖かく照らしている。三人は楊夏珪の先導で穆鋭たちの墓を探して歩いていたが、それらしきものが見当たらないままついに森の出口まで来てしまった。二十年以上も前のことで楊夏珪自身も記憶が定かではないのか、足を止めてしきりに首をひねっている。

「おかしいな。しっかり土を盛って固めたのだが……」

「単純にこのあたりではないというだけかもしれないわ。あるいは、作られてから二十年以上経っているせいで森と一体化しているのかも」

 任木蘭はそう言うと、背負った鞘から花踊刹をすらりと抜き放った。地面にあぐらをかいて花踊刹を両膝に渡し、その上に軽く両手を置くと、任木蘭は風天巧に尋ねた。

「たしか五行神剣は、剣同士も相生と相克で呼応するのよね」

「ああ。だが折られて二十年以上経ってもなお反応があるかは何とも言えん。私もそこまでは想定していなかったからな」

 風天巧の答えに、任木蘭は「そう」とだけ返した。

「とにかくやってみましょう。反応があれば見つけられるわ」

 任木蘭はそう言うと目を閉じて息を深く吸った。背筋を伸ばしたまま微動だにせず、深く呼吸を繰り返すにつれて体の内側から透き通った光が漏れているようにさえ見える。

 五行神剣は木・火・土・金・水のそれぞれに由来した力を持ち、五行のどれかに見合った功体を持つ使い手のもとでのみ武器としての真価を発揮するが、五つの要素が互いに作用しあう特徴も持っている。木が火を生み、火が土を生むといった相生の関係と、水は火を消し、火は金を熔かすといった相克の関係が剣そのものにも適応されるのだ。

 もちろん、剣同士が一方を滅ぼしたり他方を生み出したりするわけではない。とはいえ、相生や相克の関係にある剣が近くにあれば必ず反応するため、任木蘭はこの特徴と「木」と「金」が相克の関係であることを利用して蒼天斬の気息を捕らえようとしているのだった。

「知らなかった。五行神剣にそんな特徴があったとは」

 楊夏珪の呟きに、風天巧は扇子を揺らしながら答えた。

「ほとんどの者が知らないだろう。私はそのつもりで作ったのだが、皆それぞれの力と自らの利権にしか注目していないし、こればかりは複数を所持しないことには分からないからね。地仙の任木蘭はともかく、彼女以外にこれを知り得る人物といったら欧陽梁しかいないだろう」

「地仙? 天界入りを拒み、人界に留まっているという仙人のことか?」

 楊夏珪の問いに、風天巧はただ笑みを浮かべて頷いた。


 風天巧と楊夏珪はそれきり言葉を交わすのをやめ、じっと任木蘭を見守った。任木蘭は凪いだ顔で静かに目を閉じて動かず、まるで森の一部になってしまったかのようだ。

 彼女が目を開けて真気を納めたのは日が傾きかけてきた頃だった。

「見つかったか?」

 風天巧が即座に尋ねる。任木蘭は頷いたが、なぜか怪訝そうな表情を浮かべている。

「蒼天斬の気息はここから東に三里の場所で掴めたわ。どうやら私たちの探していた場所がずれていたようだけど……問題は、それ以外にも『火』と『水』の気息があったことよ」

「何だと⁉︎」

 それを聞いた途端、風天巧がはっと目を見開いた。悠々と扇子を動かしていた手もぴたりと動きを止め、そればかりか小刻みに震えている。

「つまり……つまり、穆哨がこの近辺にいるということか……? だが一体なぜ……まさか、啼舟がまた何か企んでいるのか⁉︎」

 絞り出すように叫んだ風天巧に、任木蘭と楊夏珪は顔を見合わせた。いつも飄々として隙を見せないこの男は、呂啼舟のことになった途端決まってひどく狼狽える。彼が穆哨を救いたいのか呂啼舟を救いたいのか、側から見ていると分からなくなるのだ。

「何にせよ、会ってみても支障はないだろう。『火』と『水』が互いを消すつもりで相争っていない限り」

 楊夏珪はそう言うと任木蘭を見た。任木蘭は頷き、安全そうだと二人に伝える。

 風天巧は控えめな喉仏をぎこちなく動かすと、震える声で

「では、行くとしよう」

 と言った。

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