第130話 英雄

ベルはロウレイを皆のところまで転移させる。

転移先へと攻撃を仕掛けた神だが、その拳はベルの張った結界によって阻まれた。

衝撃と轟音をあたりに響く。


「君の相手は私だ。他を見るのはやめてもらおうか」


ベルの声は静かで落ち着いている。

今のベルに慢心も油断もない。

ただ冷静に目の前の敵を倒すために思考を巡らせ続ける。

炎は内で燃やすのみ、むやみやたらと外へ出すものではないとベルはよく理解している。


「後回しが嫌なら望み通り先に殺してやる」


神は一瞬にして距離を詰めるとベルに拳を振り下ろした。

神の速度は今まで以上、しかしベルは完全にタイミングを見切り、拳が触れる一瞬前に転移し避ける。

まるで掬い取ったように地面は抉れ、神は怒りを募らせる。

振り返ると同時と思えるほどの速度で距離を詰める神に、なおもベルはギリギリを見極め転移する。

そしてすぐさま衝撃波を放つが、神はそれを「小賢しい‼」と一蹴した。

ベルから慢心はなくなり油断もなくなり格段に強くなったが、絶大な力を持つ神との間を埋め切れるほどのものではない。


「悪いけど、弱い人間の策略に付き合ってもらうよ」


そういって放つベルの全方位からの衝撃波を神は当然の如く蹴散らしベルに殴りかかる。

またしても転移し、避けるベルだったが、神が腕を振るった衝撃に吹き飛ばされることとなる。

転移し、攻撃し、転移し、攻撃する。

同じことを繰り返すベルに、神はもはや苛立ちを抑えきれず、一度距離を取り全力の拳で街ごと消し飛ばそうとし始めた。

構えた時間は一瞬だった。

しかしその一瞬、神は完全に周りが見えなくなっていた。

背後に転移したベルに気付くのが完全に遅れ、放った拳はもう止まらない。

目の前に開いた穴に拳は入っていき、横に開いた穴から出てきた拳が神自身の腕にぶつかる。

凄まじい衝撃があたりに広がる。

それはもはや竜巻のように、あたりにあることごとくを吹き飛ばした。

舞う砂煙の中から飛び出してきた神、その拳を避けようと転移したベルだったが、切り返した神が転移先まで一瞬にして詰め寄りベルの身体に拳を叩きつけた。

転移を超える速度。

神が神たる所以、その絶大な力を今ベルはその身をもって体験した。


自滅させたかったが、やっぱり自分の攻撃で倒れはしないか。

むしろ今までより明らかに強くなってる。

どうしようか。


地面を跳ねるように転がったのちに着地する。

治癒は常に全力でかけているが、痛みはどうしようもない。

顔を上げると同時に迫る拳を避けようと身体を後方へと倒すが、拳は軌道を変えて振り下ろされる。

転移したところで戦闘を長引かせるだけで勝ち目はない。

振り下ろされる拳を左手の甲で受けた。

一瞬止めてその間に発動させたのはカウンター。

攻撃を自身の魔力を上乗せし、その衝撃によって少しだけ押し返した拳に触れる。

神はベルによってはるか上空へと転移させられた。

腕だけな上に権能の一切を封じられている神は空中では何もできない。

ベルもまた神のもとへすぐさま転移し終わらせにかかる。


「落ちろ」


上空から押されるようにして神はすさまじい速度で地上へと落とされる。

がらがらと岩を押しのけ浮かび上がる神の腕。


「な――――――⁉」


落下するよりも先に転移し地上で待っていたベルが腕を横一線に薙ぎ払う。

尋常ならざる衝撃の波が神を襲った。

範囲内の全てを消滅させる魔術であったが、神はその中で形を保つ。

耐える神に今度は縦の衝撃を放つ。

重なる衝撃に呻き声を漏らす神、その声には怒りが込められていた。

なおも耐える神に、ベルは最後の衝撃を放つ。

ただ一点、神めがけて放たれる一直線の衝撃。

避けることを許さず、逃げることを許さず、立ち上がることを許さない。

神の腕はその皮膚から徐々に徐々に剥がれるように消えていく。

だがしかし、神はその拳を以て三つの衝撃を殴りかき消した。

そして数瞬動きを止めたかと思うと、拳を握りベルに殴りかかった。

今まで以上の速度と怒りを以て殴りかかってくる神の拳にベルは触れ、するりとその横を通り抜ける。

振り返りざまに腕を振るおうとした神、だがそれよりも早くベルは指をパチンと鳴らした。

神の身体から青い炎が上がる。


「炎を外へ出すのは最後の一瞬。最も大事な時だけだ」


草原に広がる痛みと苦しみの叫び。

腕は地面に落ち、端から少しずつ燃え尽きていく。

焼け焦げた指の先が落ち、灰は崩れる。


「私の名はベルゼビュート。神を殺し世界を救う悪魔だ。覚えて逝け」


炎は灰すら残さず神を燃やし尽くした。

炎が消え、残ったのは傷一つない指輪だけ。

ベルはそれを拾い上げると小さな結界で覆い、虚空へと投げ入れた。

この日世界は魔物の脅威から救われた。

救った者の名はベル。

世界が彼を英雄として称えた。

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