第125話 星空の下語る夢
結局その日、それ以上の魔物は現れなかった。
ならばすぐに答えが出る、護るのか、戦うのか。
眠りもせず、屋根の上で魔法使いは星空を見上げる。
ロウレイを見ていると戦うという考えこそ間違いなように感じてしまう。
大盾だけ、一切の武器を持たない騎士団団長、その姿こそ戦いをせず、ただ護るのみという平和の象徴であった。
「わからない。何故君は、武器も持たずに立ち上れた」
目を瞑り、土地の記憶を見つめる。
あり得ない記憶を。
たった一人の男が大盾を構え、攻撃もせずただひたすらに魔物たちの攻撃から街を護り続ける。
「なぜ、それだけの力がありながら戦わないという選択を取る。私にはわからない」
「戦いを解決の手段にしないためだよ」
他の事に意識を向けていたために接近に気付かず突然の声に驚き地面を見下ろす。
「やあ、もう寝たらどうだい?これから先は今まで以上に君に戦場に立ってもらうことになる。まぁ、君はいつも勝手に戦場に立っていたから変わらないとは思うけどね」
「それを言うなら君もだ。すぐに倒すつもりではあるが、騎士団員のほとんどがあれの攻撃を完璧には防げない。君が護らなければならない可能性も考えておけよ。無論、私が全てすぐさま倒すがな」
二人は軽口をたたき合う。
「まぁ、どうせ君は寝ずとも問題ないんだろうけれどね」
そう言うとロウレイは屋根に飛び乗り空を見上げた。
「今日はよく星が見える。綺麗な月、満月は明日かな」
「…………君は」
「ああ、私も一応七日七晩駆けまわっても問題ない程度の体力はあるとも」
そう明るく返すロウレイをしばらく見つめ首を振る。
「違う。先の話、戦いを解決の手段にしないとはどういうことなんだい?」
「そうだねぇ…………君は、魔物の脅威から解放された人々がどうなるかわかるかい?」
少し考えながら口にしたロウレイの問いかけにベルは即答する。
「さぁ?興味もない」
「今度は人同士で争うんだよ」
魔物の討伐すらままならない者達が戦いだす?
全くもって馬鹿らしい。
そして何よりも
「下らないだろう?そう、下らない。けど人とはそういうもので、始まってしまえば終わるまで随分と長い時間を要する。それこそ千年、二千年とね。だから今こうして平和の土台を作ろうとしている」
「下らない。馬鹿らしい」
人というものも、この男の考えも、どれもこれもベルには理解しがたいものだった。
「争いなどさせておけ。理不尽な滅びならば護る気も起きよう。だが、自業自得で滅びるというのならそれはもう滅びてしまえ。護る必要などない」
「護れるのに護らないのは違うだろう?」
「君は人を信じ過ぎだ。君の下に集った者達は武器を持ち戦った。君の想いが伝わることなどあり得はしない。仮に私が賛同して戦いを放棄して護る事のみに注力したとしてもな」
「信じ過ぎかな。それでも」
ロウレイは立ち上がると両手を広げて笑う。
「それでも、私は人の善性を信じてる。誰も戦いたくなどない。誰も殺したくなどない。皆分かり合えるはずだ。そう私は思う」
「…………君は私と同じ、いや、私ともまた違う異端だ。君と同じものを見る者は現れない。もしも人同士で争いがおこるというのなら、平和を維持することができるのは君が生きている間だけ、その先は君が危惧した通りのものになる。やめたらどう?そんなのつらいだけだ」
静かに、優しい微笑みをベルに向ける。
「心配してくれるんだね、ありがとう。けれど私にやめる気はない。なにせ私は人だからね、人が人の可能性を信じないでどうするんだい?私は叶えてみせるさ、平和という人類の夢を」
家々を見つめるロウレイの瞳には熱があった、意志があった、覚悟があった。
まばたきをするといつものように明るく笑う。
「それじゃあ今日はお開きにしようか。それじゃあまた明日、ベル」
ロウレイは屋根から飛び降りて月明かりが照らす夜道を帰っていく。
背筋を伸ばして胸を張り、規律正しいようで明るく楽し気な足どりで帰っていく。
「…………また明日、団長」
ベルもまた屋根から飛び降りると、家に入り寝床に入る。
眠る必要性は無くとも、今はそうしたい気分だった。
人のように、眠りたかった。
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