第96話 出鱈目と出鱈目

「ソルト、区画丸ごと避難させて。他はここで見学」


部下に命令を下し、対峙する敵に視線を向ける。


「正義のつもりか?」


「君を前に語る正義は持ち合わせてない。それより、僕と戦うことの意味を理解してる?死ぬ覚悟、ある?」


「覚悟を済ませる必要もなし。俺はただ、正義を遂行するだけだ」


アストライアは拳を構え、最強と対峙する。

その気迫だけで、呼吸が止まりそうなほどに圧を感じた。

これがこの街における最強。

全てが無に帰すような出鱈目が登場するまで頂点に君臨していた者。

誰一人として傲慢ではなかった。

世界を救わんと戦った者達であり世界最強であることは紛れもない事実。

だがしかし、アストライアという男は世界最強であるはずの骸達を凌駕していた。

たった一歩の踏み込みが、格の違いを理解させる。

辛うじて見えても反応することなど到底できない速度で繰り出される拳は、防いだ両腕を粉砕する程の破壊力。

強くなって、強くなって、強くなって、それでも上には上がいる。

見えたのは、ひっくり返され背を地面に向けたアストライアの姿。

ギルティが手を伸ばし、時間が飛ぶようにして、アストライアの身体が宙に浮かびひっくり返った。

しかしアストライアは何が起きたのかも、これから何が起きるのかも、すべて理解していた。

胸の前で腕をクロスされ防御の構えを既にとっている。

そしてそこに叩き付けられるギルティの拳。

強い衝撃と共に地面に落とされたアストライアだが、地面に触れると同時に身体を回転させ無茶な体勢から回し蹴りを放った。

当然の如くギルティは防ぐが、ギルティを越えてその先のビルが爆発するように砕け、その出鱈目な威力を示した。


「街を壊すのは正義に反しないの?」


「お前を相手に、手加減など出来るはずもない」


「そう…………」


ギルティの姿が消えたかと思えば、既に距離を詰め回し蹴りを放っている。

そしてアストライアはそれに反応し、蹴りを腕で防いでいる。

出鱈目同士の戦い、しかしそこには大きな力の差があった。

蹴りは振り抜かれ、アストライアの身体が宙に浮く。

周囲に衝撃を放つようにアストライアは蹴り飛ばされ、無数のビル群を地面に崩し、瓦礫の下に埋まった。

弾け飛ぶ瓦礫の山、一瞬にしてアストライアは飛び込むように距離を詰める。

握られた拳を振りかぶり、異様な気配を感じさせる。


「これが俺の異能だ」


放たれた拳をギルティは簡単にいなす。

地面にクレーターを作る出鱈目な破壊力。

しかしその破壊の仕方は、どこかおかしかった。

完璧にいなしたはずだというのに、ギルティの手からは血が流れていた。


「触れれば傷付く破壊の異能。攻撃をした僕の方が死に近付くとそう思っているのなら甘すぎる」


拳を握り一歩踏み出す。

足が地面に触れると同時にギルティは転移するかのように距離を詰め、突如アストライアは血を吐き地面に膝を付いた。


「さすが。僕の攻撃を二発防いだ」


目で追うことの出来なかった高速の攻防。

アストライアの両腕は、防いだという二発の攻撃に寄って砕かれていた。

そして三発目が腹部を直撃し、意識を保つことが奇跡と呼べるほどの状態となっている。


「いいよ、じゃあ、殺さないであげる」


そう言ってギルティはアストライアの額を軽く押す。

ただそれだけでアストライアの身体は地面に倒れた。

圧倒的な力の差による完全なる勝利。

出鱈目の上をいく出鱈目。

しかし、その出鱈目に食らい付く出鱈目は、根性だけは勝っていた。

地面を擦る音。

地面を踏みしめる音。


「俺は…………正義を遂行する」


男は折れていなかった。


「…………ソルト、ちゃんと生かしてね」


立ち去ろうとしていたギルティは振り返り、黒いナイフを取り出す。

そして…………音一つ立てず、アストライアの身体を細切れにした。

誰もとらえることの出来ない神速の殺し。

そしてソルトはその殺しに合わせ、細切れにされたアストライアの身体を、作り出した糸によって捕縛し繋ぎ止めると修復を開始した。

今度こそ振り返ることなく立ち去るギルティ。

残された者達は今の戦いを目に焼き付け、強さを渇望した。

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