第95話 殺し屋
「街を案内しろと言われた。ちゃんとついてきて」
拠点に戻ると、その場にいた五人に一言告げると拠点を出て行った。
慌てて拠点を飛び出すが、ギルティを完全に見失った。
誰よりも速く動いたのはソルト。
地を蹴り、壁を蹴り、ビル街を縦横無尽に駆け巡る。
ソルトを追って、他の者もビル街を駆けていく。
いくらかビルを飛び越して、ギルティに追いついた。
ゆったりと歩いていくギルティだが、少し重心を前の方にずらしたかと思えば突如速度を上げて隣のビルに着地する。
その変則的な移動の変化になかなか慣れず、見えない程の速さで無いにも拘らず目で追いずらい。
「君達にも依頼を回さないとらしい」
街を見渡せる高さのタワーの頂上で止まると、ギルティは口を開いた。
「地図を覚える必要はない。此処から見渡して事件が起きてそうなところに駆けつければそれでいい」
街は入り組んでいることもあり案内は非常に面倒であった。
故にギルティは、街を見下ろし依頼された事件の場所を探して直線で迎えと説明した。
これならば、地図は必要ない。
取り敢えず高い所に行けと、それだけである。
そして電話を一人に一つずつ渡していく。
「それで連絡が取れる。依頼があれば伝えるから、一応肌身離さず持っておいて」
そう言って自分の持っている電話を見せて使い方の説明もせずにポケットにしまった。
面倒な案内は終わり、依頼もない暇な時間が始まる。
ただ何も考えず、この場所から街を見つめて、いつものように一日は終わる。
「ボス、チェスでも指しませんか?」
暇そうに道行く人を観察しているギルティを見て、ソルトはチェス盤を出現させた。
チラリとチェス盤を見つめ、視線をソルトへと移す。
しばらく思考し口を開いた。
「…………三十八手で僕の勝ち」
呟いたのは未だ指してすらいない状態で相手の手を読み切ったという宣言であった。
「ずらして四十二手。攻めを早めて三十手」
「……………………ああ確かに、私ならそうしますね」
唇に手で触れながら熟考し呟く。
自分が至ったギルティと同様の結論を。
「…………成程、これで三十手ですか。それを知った上だと……………………より読まれやすいですか。となるとこれは、ボスからしたらつまらないですね」
ソルトが触れると、チェス盤は風に吹かれ塵すら残さず消えていった。
ソルトの異能がどんなものかを気にしつつも街に視線を戻す骸とミカの肩に、ギルティの手が触れる。
その意味を二人はよく理解していた。
目に映るのは慌てふためく人の群れ。
聞こえてくるは危機に瀕した日の悲鳴。
救うと誓った者が、護りたいと思った者が、動かないはずがなかった。
「依頼がない今、僕らは動けない」
ソルトから聞かされてはいた。
この街では力ある者が力を振るうには組織に属し許可が無くてはならない。
そしてこのギルドでは捕らえることの出来ないと判断された犯罪者を殺すためにしか許可は下りず、基本的に動くことはできない。
たとえ目の前で人が襲われていたとしても、助けることはできない。
「誰かを護るための組織でしょ?今動けないんじゃ誰も護れない」
「貴方はきっと多くを救う。けれど、今誰かを救えない貴方に、私は従わない」
二人はギルティの手を振りほどきタワーを飛び降り駆けて行く。
二人の背を見るギルティの瞳には、最初の殺しが映っていた。
駆ける二人、視界の先で振り下ろされる鉈。
地面を蹴るも、鎖を伸ばすも、既に遅い。
あそこで何も言わずに向かっていれば。
義理でしょうか、一刻を争う状況で何も言う必要はなかったのに。
優れた身体能力も、突出した才能も、あと一歩届かなかった。
振り下ろされる鉈、少女の頭に触れる寸前で、鉈を持った男は大きな音を立てて地面に沈んだ。
「これで僕らは犯罪者だ」
白髪の少年は二人よりもずっと速い。
赤目の少年は二人よりもずっと強い。
圧倒的な出鱈目、それが殺し屋ギルドのボスギルティであった。
「全部護ろう、ちゃんと救おう」
そう口にしたギルティは、少し笑っているような気がした。
遅れてきたのはソルト達のそもそも救う気が薄かった者達。
そしてさらに遅れて今回の事件を任されたアストライアが到着した。
「これはどういうことだ?これは俺の案件、お前は動けないはずだが」
「君が遅いから僕がやった」
何でもないように平然と答えるギルティにアストライアは声を荒げる。
「わかっているのか?これは紛れもない犯罪だ‼殺しという時点でかなりお前とそのギルドについて譲歩しているというのに、犯罪組織にでも成り下がるつもりか‼」
「罪を負うだけで誰かを救えるのなら、僕は喜んで罪を負おう」
ギルティはアストライアを見上げ堂々と言い放つ。
互いに一歩引き拳を構える。
目を開き互いに見つめ合う。
この街最大の戦いが始まった。
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