第39話 熾天使
二振りの漆黒の剣を構える。
「私にはわからない。なぜ、ルシファーと代わった。あなたでは私を殺せないことくらい、わかっているはずなのに」
「俺の手で殺す。それだけだ」
地を蹴り熾天使へと距離を詰める。
それはルシファーと代わる前とは比べ物にならない程の速度であった。
祖の斬撃は重く鋭い。
そして何より、際限がない。
上がり続ける速度と威力、熾天使は剣を弾き返し距離を取るという選択をさせられた。
「なんだ、その戦い方は」
初めて使う剣、初めて二振り同時に剣を握る、重さにはもう慣れた。
ただ、この軽い体にはまだ慣れないな。
そして何より。
「二刀流とはどうすればいいんだ」
天使の持つ剣はロングソード、両手で振るう剣である。
それを片手に一振りずつ、二振り持つ。
二刀流という今まで見たこともない戦い方に戸惑いながらも持ち得る技術と力に頼り剣を振るってみたものの、その扱い方はショートソードすら越えてナイフのようであった。
順手で持っていたかと思えば剣を回転させ逆手に持ち替える。
その異端たる剣術は、ショートソード、ましてやロングソードでするような、出来るようなものではない。
むしろ剣術と呼ぶようなものではない。
「剣を使ってるだけで剣術じゃない。擦り合わせなきゃ、神を殺すために」
イザヤは確かに強くなっている。
だが、ルシファーほどではない。
熾天使にとって、目の前にいる堕天使は弱体化したと言ってもいい。
ただ、その戦い方は異端である。
あまりに非常識な戦い方、何処からともなく突然剣が飛んでくるような、今までとは全く違う戦いづらさがある。
勝てるはずの相手だが、何をしてくるかが読めず下手に動けない。
「とりあえずは」
動きを止めていたが故に近付いてくる天使たちを、左手に持った剣で一瞬の内に斬り伏せた。
眼にも止まらない早業。
「こっちの剣の使い方はわかった。熾天使、お前のその剣も、聖剣魔剣の類なのか?」
ルシファーの持っていた魔剣の性質を理解し使いこなす。
自身の剣が堕天したことにより黒く染まったのなら、ルシファーの剣もまた神に渡された物。
そして目の前にいる熾天使はルシファーと同等の武器を持っていてもおかしくない相手である。
「ええ、階級の高い天使には聖剣が渡されるのですよ。まぁ、ルシファーの持つ聖剣は魔剣となっているようですが」
「そうか………」
イザヤは自身の剣を空中に、さもそこに何かあるように置く。
置かれた剣は、剣身から闇を生み剣自体をその中へと取り込み消えた。
左手の剣を右手に持ち替え構える。
「ならその剣寄越せ。神を殺すんだ、攻撃手段は多いほうがいい」
両手で持ち、無駄のない流れるような動きで攻撃を繰り出し、受け流し、そしてまた繰り出す。
本来のロングソードの戦い方であった。
「型通り、それでいて強い。あなたはとても真面目だったのですね」
熾天使の攻撃を防ぎ、逸らし、剣では追いつかれるからと、蹴り飛ばした。
「誰が型通りの真面目だって?」
吹き飛ばされた熾天使は受け身を取りすぐに体勢を立て直し、目の前に立つ堕天使を見上げた。
その気配は膨れ上がり、異質なものへと変わっていく。
「ようやくこの力も馴染んできた。最後までとは言わない。死ぬまででいい、付き合え」
その発言は、イザヤが熾天使を上回る力を手にしたという確信であった。
ルシファーを無理やり押し退ける時点で、イザヤの魂は格が違う。
始めから素質はあったのだ。
同じものとして作られながら、周りよりも強く、才能と呼ばれるものを持っていた。
そして何より、周りと違うことに悩む心があった。
神との離別、神への反逆、それ即ち神の管理から外れることを意味する。
神にその命を握られながら、神の指を斬り、外へと飛び出した者。
それこそが堕天使。
神の手の内で何をするでもなく、そこにあるだけの天使とは違う。
自分で飛ぶことを知る堕天使は、強かった。
「私は………私は熾天使だぞ‼」
「だから何だ。階級が強さだって言うなら、俺は堕天使。その階級のどこにも属しちゃいねぇよ」
数度の剣戟、熾天使は圧され続ける。
型通りの剣筋。
それは無駄を最小限まで抑えた動き。
何処までも早く、何処までも美しい。
眼で追うことは出来ず、構えた剣が辛うじて受け止めているに過ぎない。
型通りの剣術は、綺麗な剣筋は、見えずともその軌跡を見せる。
お前には見ることすら出来ないと言う様に。
熾天使は地面を転がる。
もはや勝ちの目は無い。
「数度打ち合ってわかったが、お前の剣はルシファーのものよりも質が悪いな。これ以上やれば折れるぞ」
熾天使はむくりと立ち上がり剣を構える。
突きの構え、剣身に風が集まっていく。
「そうだ、それでいい」
漆黒の剣を片手で持つと突きの構えをとる。
動き出しは同時、しかし熾天使の攻撃は遠距離、その攻撃はイザヤよりも速い。
聖剣は暴風を放った。
だが、イザヤは止まらない。
暴風の中へと飛び込む。
その身を傷つける風を気にすることなく、漆黒の剣を聖剣へとぶつける。
漆黒の剣はその漆黒を聖剣にまで移していく。
まるで呑み込むように、まるで取り込むように。
一瞬の事であった、正面に突き出した聖剣は消え、熾天使の身体は貫かれた。
「お前の剣はもらってく。付き合ってくれてありがとな。なんとなくだが、どれくらい強くなったのかは理解できた。感謝しておく」
宙に浮く漆黒の剣から、熾天使から奪った聖剣を取り出す。
「私は………間違えたのだろうか」
「知らねぇよ」
熾天使の胸に剣を突き立てた。
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