第34話 墓
…………?
「今、声がした」
イザヤは足を止める。
「声?こんな森の中で?」
「あぁ、聞こえた。声と言っていいかもわからない程に不明瞭で不確かなものだったけれど、確かに聞こえた」
辺りを見回すが木々が邪魔をする。
だが、自然の音に交じる不自然な音が聞こえる。
耳を澄ませ聞こえる音を頼りに森の中を歩いていくと、それはあった。
「……これは、墓か?」
それは名の刻まれていない墓。
ただ石を意味ありげに地面に突き刺しただけともとれるような墓である。
「これを、あなたはお墓だと言ってくれるのね」
「それで、誰の墓なんだ?」
「……旅人。この地で死んだ王様のお墓」
「そうか。では次は何処へ向かって歩く?」
手を合わせることもなく、イザヤは踵を返して歩きだす。
「もういいの?」
「あぁ、俺は呼ばれただけだ。これ以上は何かする必要もないだろう」
魂はすでになく、手を合わせたところで意味はない。
だが、疑問を疑問のまま終わらせるべきではなかった。
止まる事を、停滞することを、選択するべきではなかった。
人は進み続ける生き物だ。
進化とも呼べるほどの速度で成長を続ける種族だ。
今日を繰り返すのではなく、明日へと歩むべきだった。
そうすれば、あれほどの悲劇は起こり得なかったのだから。
「表情が暗い。あの墓に眠っている人物とは深い関係だったのか?」
「……そんなことない。私は、彼女に対して無頓着だもの」
「そうか。それなら、よかった………いや、何でもない」
ホッとする感覚と口からこぼれた言葉を理解できない。
それについて考えるよりも、少女の頭に手を延ばした。
「別に気にしていないと言ったわよ」
「そう聞いた」
上目遣いの少女の言葉を、青年は理解していた。
だが、その言葉を聞いたうえで少女の頭を撫でた。
「じゃあ、ありがと」
「ん………ん⁉さすがに予想外だ」
頭の腕を押し退け少女は青年に抱き着く。
それどころか地面に押し倒し馬乗りになる。
「あなたは私を知っている?」
「いや、知らないさ。アウル。それが俺の知る全てだ」
「ええ、そうでしょう、そうでしょうとも。私は私、ただそれだけだもの」
アウルはイザヤの胸に身体をあずけ、目を瞑る。
「今日は、ここでお昼寝がしたいわ」
「今日のお前は、特にわがままだ。だけど、なぜかお前のわがままは聞いてやりたくなる」
アウルを抱きしめ、ゆっくりと目を閉じ眠りについた。
………剣?
目を開くとそこは暗闇だった。
眠った場所とは違うことを理解し何者かに移動させられたことを警戒するがすぐに夢だと知覚する。
だが以前見たものとは違う。
知らない場所、身に覚えのない事象、それ以前に意識しても動かない肉体。
だが此度は違う。
自分の事だ。
自分の身体だ。
意のままに動くいつもとは違う夢だ。
そして暗闇の中には何者かがいる。
「誰だ」
声は出る。
「誰かは関係ない。俺は俺、お前の身体を使い神を殺す者だ。その身体、我に寄越せ‼」
一気に距離を詰め剣を振るう。
手に持つ剣で弾くと後方に飛ぶ。
暗い暗いと思っていたが、目が見えないようだ。
音は聞こえるが、これだけでは戦えない。
どうしたものか、想像以上に危機的状況なようだ。
「俺は天才だが、驕ったが故に敗北した。今の俺は、弱者が相手だろうと全力で仕留める。残念だったな三下」
見えない。
声は聞こえるが、足りない。
腰を落とし構えをとる。
待ちの姿勢。
息を大きく吸い込み、呼吸を止める。
暗闇は何も映さないが、何処までも静かで、音がよく聞こえた。
足音が、風を切る剣の音が。
首に触れる冷たい剣、身体を回転させその刃を肉まで届かせない。
身体を安定させ返しの攻撃を繰り出す。
一撃で仕留めるつもりの相手は予定が狂い攻守が逆転する。
完全には掴めずとも、出来る限り近い位置に刃を通す。
連撃の中でより正確に位置を掴み、頭の中には見えない相手の姿が映し出され、攻撃は鋭さを増していく。
吹き飛ばすような薙ぎ払い、身体に穴を空けるが如き突き。
だが、それらは届かない。
攻守を逆転したが、相手の護りを貫けない。
力強く振り下ろした剣を避けられた時、一気に空気を吐き出しす。
肩で息をしながら耳を澄ませる。
音に頼る関係で出来る限り自分の音を小さくしたかったが呼吸を止めるのにも限界がある。
そして限界を迎えれば、再び攻守は逆転する。
一度防がれた、二度は無い。
首を狙ったフェイント。
防ぐために動かした剣を避け、腹を貫く。
呻き声と共に腹に力を籠める。
剣を両手で握り、一気に振り下ろす。
小さな舌打ちと共に音が離れた。
「剣が抜けないってんならよぉ、さらに押し込むだけの話なんだよッ‼」
腹を貫く剣を蹴り飛ばされる。
身体を後方へと吹き飛ばされ口から血を吐き出し剣を杖替わりに身体を支える。
「油断しないんじゃなかったか?」
血を溢しイザヤは笑ってみせた。
力強い音、予想通りの音。
ここから出る術はわからないが、目の前にいる何者かを倒すのが一番出られる可能性が高そうなことだけはわかっていた。
鍔ギリギリまで腹を突き刺した剣の血塗れになった柄を握る。
杖替わりにしていた剣から手を放し、自分の腹を切り裂きながら血塗れの剣で迫る誰かを一刀両断した。
夢は終わり、現実へと帰る。
目を覚ませば森の中で、胸の中には少女の姿。
手に握られているのは、家に置いてきたはずの剣があった。
あれは一体何者だ?
まぁ一先ずは、身体に傷が無いようで何よりだ。
考えるのは、まだ先でもいいだろう。
今はこうして温もりを感じていたい。
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