第29話 不老不死の死神

「ん、うん?あるじさま?」


「起きたか。随分と長いこと目を覚まさないから失敗したのではないかと思ったぞ」


ジンが目を覚ますと、アマデウスに膝枕をされていた。

勢いよく起き上がると、自分の身体を確認する。


「なんで俺、生きてるんです?」


死んだはずだった。

生き残れるはずのない行動をした。

なのに、今もこうして生きている。


「下らない力を押し付けられてな、それを利用してお前に呪いを掛けた」


アマデウスは立ち上がり闇を変質させ上着を作り出すとそれを羽織る。


「不老不死。いや、一度死んだお前に掛けたのはそれ以上の、死からさえも蘇る終わりなき呪いだ」


不老不死、それは永遠の苦しみ。

どれだけ苦しくとも、どれだけ辛くとも、逃げることを許さない終わりなき路。

あぁだが、生きている。


「死んでしまっては、我の隣は歩けぬぞ」


その表情は、怒りにも、憎しみにも染まってはいなかった。

その瞳は、優しさを宿しジンを見つめていた。


「戦うことしか、殺す事しか知らない愚か者だ。怒りに呑まれ、心に空いた穴を憎しみで埋めるようなどうしようもない奴だ。それでも、俺の隣を歩いてくれるか?」


主を救うことは出来なかった。

目の前にいる魔王は主の過去ではなく、並行世界に存在する主と同一の魂を持った別人だ。

そう理解しているのに、姿形だけではない、言葉が、心の在り様が重なり、理解させられる。

世界が変われども、器が変われども、アマデウスはアマデウスである。

死神が憧れた人間であった。


「えぇ、もちろんです。俺は、貴方の隣を歩くためにここまで来たのですから。人間に憧れた死神ジン。永遠の時を、貴方と共に」


けれど、それでも、このアマデウスは主に託された相手であることに変わりはない。

どれだけ重ねても、消えたものは戻らない。


「これからよろしくお願いします、アマデウス様」


涙を流しながら、満面の笑みを浮かべてそう答えた。




「……それで、これからどうするんだ?お前は俺を助けに来たそうだが、何からどうやって助けるつもりだ」


「アマデウス様は嫌がるかもしれない。けれど、一度逃げます。この世界にはやがて他の神々も降りてくるそうなってはもう遅い」


「俺では神に勝てぬと?」


「ええ、アマデウス様なら神を殺すとは出来るでしょう。けれど、神に勝利することはできない」


ジンはそう断言した。


「殺せるが勝てぬと。その差はなんだ?お前の知りえる情報、洗いざらい吐いてしまえ」


「世界はたくさんあります。さらにその沢山ある世界の中にはたくさんの人間が住んでいます。その人間の多くが、神を崇め、信仰しているのです。そして神々は、自信を信じる者がいる限り何度も生まれます。倒しても倒してもキリがない、だから、殺せるけど勝てないんです」


「おいおい、人間殺さなくちゃ神には勝てないって?ふざけんじゃねぇ、そんなふざけた保険張りやがって」


アマデウスは舌打ちをして天を見上げた。


「一応、神を信仰する者を消す以外にも方法はある。神自身が生き返ることを拒否すればいい。そうすれば、生き返れずに神は死ぬ」


「……おい待て。それってつまりは、神に自殺させろってことだろ?いくら何でも無茶だ」


「神に心は無い。心変わりなどしない。だから、神が死ぬことが神にとって得の在ることとしなければならない。だが、神とは絶対であり、神の行いこそが正しきことです。何をしようにも、神と敵対する時点で悪であり、損なのです」


「ふざけた話だな。心のない奴に心を入れ替えるよう諭すなんざ無理に決まってる。だったら、どれだけいるかもわからない人間全部殺せってか?それやったらこっちも終わりなんだよ。どうやっても勝てないじゃないか」


悪態をつき、唇を噛む。


「だから逃げるんです。逃げて逃げて逃げて、いつか人類が滅びるとき、一緒に神々も滅ぼしてやりましょう」


何も無い世界を背後に、人類はやがて滅びると言う。

諦めが肝心で、どうしようもないものはどうしようもない。

だから、どうにかできるその日まで、逃げて逃げて、最後に笑って終わりましょうと、ジンは満面の笑みを浮かべた。


「……俺はやっぱり神が嫌いだ、大嫌いだ。神は全て滅ぼすし、神が消えるその日まで俺は生き続ける。けど俺よりも先に人類が、世界が滅ぶというのなら、全てが終わるその時まで、最後に残る者として覚えておかねばならない」


アマデウスはジンの頭をくしゃくしゃと撫でる。


「俺たちは世界を見て回る。道案内は頼むぞ、ジン」


逃げて、隠れた方が、神との戦いもずっと減るだろう。

神から逃げるなど、神から隠れるなど、言語道断だ。

勝手に探せ勝手に見つけろ勝手に来い、来たならば、闇へと呑み込んでやる。

アマデウスは最強の魔王であり、恨みと憎しみに呑まれながらも、失った全てを背負い、誇りを胸に、その命尽きる時まで戦い続けるのだ。


「………ええ、ええ、わかりましたとも。神を裏切って権能にちょいちょい不備がありますが、何処に行くかもわからないゲートくらいは開けますとも」


ジンは空間を裂き、先の見えぬ穴を生み出した。


「では、我等の旅を始めよう」


二人は穴の中へと消えていった。

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