第27話 助けるため

「アマデウス様、お迎えにあがりました」


眠るアマデウスの指がピクリと動く。

その直後、ジンは距離を取った。

頬から血を流し、アマデウスを見つめる。


「アマデウス様、私は敵ではありません。貴方を助けに来たのです」


「気配は薄いが、貴様は神だな。神は全て……俺が殺す」


闇を纏いアマデウスはジンを睨んだ。


まずいな完全に敵対した。

気絶させても起きればまた敵対するか。

捕えておけるようなもの持ち合わせてはいない。

結果にはつながらないが、今を乗り切るなら一度気絶させた方がいいか。

上手く手加減できると……。


無数に分かれる闇がジンを襲う。

まるで包囲するように迫る闇の間を身体を回転させながら通り抜けていく。

闇は次々と増えていくが、周囲を完全に把握し避け続ける。

その時、アマデウスと眼が合った。

嫌な予感がした。

何かはわからないが、ここにいてはまずいという予感があった。

咄嗟に全力の回避行動をとる。

先程までジンがいた場所で炎が上がった。

それはシヴァの持つ消えることなく永遠に燃え続ける炎。

火の粉すら危ういそれを何とか回避するが、避けた炎が歪んで見える。

蜃気楼というわけではなく、完全に、空間が歪んでいた。

空間には亀裂が入り、その中へと辺りのものが吸い込まれる。

炎も、そしてジンも。

抵抗空しく引き寄せられ、亀裂の中に光を見た。

その正体が何であれ、まずいものなのは確かであった。

腕を前に防御の態勢を取り、吹き飛ばされた。

血を流しながら地面を転がるがすぐに立ち上がる。


まずい、まずすぎる。

手加減とかしてる場合じゃない。

さらに言えば全力出しても勝利どころか生き残れる気がしない。

成程、主様の言っていた意味が分かった。

確かに異常なほど強い。

ゼウスが衰弱による死に頼ったのもうなずけるほどに。

だけど、ここで負けたら、此処で死んだら、全部終わりなんだ。

助けたかった人を助けられなかった。

けど、その人が助けてくれと願ったのなら、俺はその願いを死んでも、いや違う。

死んだら叶えられないから、俺は死なない‼


「主様。必ず俺が、救ってみせます――――――⁉」


地を蹴りアマデウスに殴り掛かる。

だが、アマデウスの包囲は完璧であった。

逃げられない、避けられない、防げない。

待っているのは触れることすら許さない闇による死の檻。

闇が眼前へと迫った時、視界が暗転した。

まぶたを上げると、真っ白な世界に倒れていた。


「……ここは」


「やぁ、いらっしゃい」


白い椅子に座る男が話しかけてきた。

どことなく、自分に似ている。


「お前は?じゃなくて、主様を救わないと」


「今のお前が行って何ができる?殺されるのがオチだ。まぁ、此処でのんびりしていきな」


何も言い返せることは無かった。

だが、誰ともわからぬ輩にそう言われては腹が立つのも当然だった。

ジンは地を蹴り男に殴り掛かる。

だが、簡単に受け流されそのまま投げられた。


「弱い弱い。少し修行を付けてやる」


ジンの攻撃はどれも早く、重く鋭い。

だが、全く足りていない。

神どころか天使であったアズリエルにさえ効いてはいなかった。

それが此処にきて、殺さないように、まるで手加減でもするかのように軽くあしらわれ続け理解させられた。


確かに相手が強かった。

だが、それ以上に、俺が弱かった。


「…………お前は、何者だ?」


ジンはようやく落ち着きを取り戻し質問する。


「ただの可能性だ」


待ち望んだ質問をされ、男は笑って答える。


「朧気で不確かな、君の可能性だ」


「未来の俺?」


自分と似ていて自分よりも強い存在。

そのうえ可能性と言われればそこにつなげるのは当然のこと。


「いいや。未来の君ではなく、未来の君はこうなっているかもしれないという可能性だ」


だが違うのだ。

これはヴィシュヌがアマデウスに残し、アマデウスが人に託した力。

ただ飛ばすだけでは死地へ送るも同然。

故に自分の底に眠る可能性を相手に修行をさせる。

強くなければ、納得などさせられない。

救うことなど出来はしない。

それを説明する気も無ければ、知る気もない。


「……まぁ何でもいい。俺はお前と戦って強くなれるんだな?」


強くさえなれるのなら、救えるのなら、詳細なんてどうだっていい。


「さぁ、それは君次第だよ」


「なら問題はないな。何せ強くならなきゃ救えないのなら、俺は必ず強くなるんだから」


それからは永遠ともいえる時間を修行に費やした。

ジンが強くなればなるほどに男もまた強くなる。

どう足掻いても越えられない故に、無限の修行さえ行える。

これこそヴィシュヌが残しアマデウスが託した可能性を信じた力であった。

いつからかジンは男を相手に互角に戦えるようになっていた。

簡単に受け流せるような甘い攻撃などなく、視野は今まで以上に広く、そして見える全てに対応できるようになった。


「さすがに呑み込みが早い。たかだか数十年打ち合うだけで追いつかれるどころか抜かされるんだもの。強くなったな」


そう言って男は靄のように霧散する。


「よし、勝った。んで……戻れないんだがどういうことだ?」


男は消えた。

だが、この真っ白な世界から出ることはできない。

男の余裕を信じるなら外では時間の経過は無いと言っても過言ではない程だろうが、早く出たい。

その時背後から声がした。

今まで戦っていた男よりも少し低い声。


「戻れないに決まってんだろ。可能性は無限に広がってんだから」


「あぁそう。まだ足りないわけだ」

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