神様の通り道

きさらぎみやび

第1話 前編

 最近、平日にうちの庭にゴミを捨てる人がいるのよ。なんとかならないかしら。


 リビングで漫画を読んでいたところで母親から相談を受けたのは週末のことだった。高校生の息子にそんなことを相談されても、と思ったので聞き返してみる。


「父さんに相談したら?」

「したんだけどね。じゃあ俺が見張って追い払ってやる、って言うのよ。逆に危ないじゃない?」


 それは確かにそう思う。そもそも僕がゴミを捨てられているのに気づかなかったということは、おそらくゴミは昼間に捨てられていて、その日のうちに母親が片付けているのだ。父親だって平日の昼間は仕事で家を空けているはずだ。一体いつ見張っているつもりなのだろうか。


「お父さん、そういうとこあんまり考えない人だから」


 父親が良くも悪くも直情家なのは僕も理解している。いったん怒り出すと手が付けられなくなるタイプだ。

 僕も中学生の頃はだいぶ苦労したけど、高校生になって距離の取り方を掴んでからはなんとかうまくやっている。


「そうだね、なんか考えてみるよ」


 そうは言ってみたものの、その場では特に良い案は思い浮かばなかった。



 翌日。学校での昼休み。

 スマホで検索してみようかと思ったけど、そもそもどんなワードで検索していいのかがよく分からない。

『庭』、『ゴミ』…。刈った庭草の捨て方とか、ゴミ屋敷の片付け方が出てきた。そうじゃないんだよなぁ。

 腕組みをして考え込んでいると、クラスメイトで中学からの友人の武史が声をかけてきた。


「博之どしたん、なんか悩んでるみたいだけど」

「いや、実はさ」


 庭にゴミが捨てられて困っている、という話をすると、武史は納得したようにうなずいた。


「ああ、確かに博之んち、庭の境に木はたくさん植わってるけど、塀がなくてばれずにゴミ捨てやすそうだもんな」

「納得すんなよ、解決策を考えてくれよ」

「塀でも建てたらいいんじゃないの」


 お前さ、人の家だと思って気軽に言わないでくれよ。


「いくらかかると思ってんだよ」

「さあ?俺んちマンションだしな。博之はいくらかかんのか知ってんの」

「いや俺も知らないけどさ、結構かかりそうじゃん?親父が納得しないよ」

「博之んちの親父さん、恐そうだもんな」

「もっとこう、なるべくお金のかからない解決策ってない?」


 二人してうーんと悩んでいると、提案は意外な方向から聞こえてきた。


「あの…、鳥居とか、どうかな」


 振り向くと、後ろの席の高橋さんがこちらを見ている。席は近くだけど、僕はあんまり話したことはない。昼休みはいつも静かに小説を読んでいるみたいだけど、さっきの武史との会話が聞こえていたのだろう。

 確か武史と同じマンションに高校入学前に引っ越してきて、武史とは知り合いだったはず。

 僕は彼女の言っていることがよくわからなかったので聞いてみる。


「鳥居?鳥居って、あの神社にあるでっかい赤いやつ?」

「そう、その鳥居」


 神社の入り口に立っている鳥居はわかるけど、それとゴミの問題がどう結びつくのかがわからない。

 武史も同じことを思ったようで、彼女に問いかける。


「その鳥居がなんでゴミ捨て対策になんの?」

「私も聞いたことがあるだけなんだけど…」


 彼女の話によると、ゴミの不法投棄に長年悩まされていたとある自治体が、

 住民の発案で30㎝ほどの小さな鳥居をゴミ捨て被害のあったところに建てたところ、ぴたりと不法投棄が止まったとのことだった。

 武史が感心したように言う。


「へー、そんなんで対策になるんだ。幸子ちゃん、よく知ってんね」

「私、神社とか好きだから、道端に建ってた小さな鳥居が気になって前に調べてみたことがあるの」

「いいじゃん、今度の土曜日に一緒に作ってみようぜ、博之」


 そう言われても、考えてみると鳥居の形ってなんか色々あったような気がする。そう思ってためしに高橋さんに聞いてみると、待ってましたと言わんばかりに解説が始まった。


「そうなの、鳥居にもいくつか種類があって、神明鳥居とか鹿島鳥居とかあるんだけど、よく見るのは明神鳥居かな」


 嬉しそうにスマホの画像を見せてくれた。彼女のカメラロールには不機嫌そうな野良猫のスナップに交じって、色んな神社の鳥居が写っている。彼女は神社を巡るのが趣味らしい。全然知らなかったけど、鳥居ってこんなに種類があったのか。


 しかし鳥居の形までこだわりだすと作るのはそれなりに面倒そうだった。

 高橋さんには悪いけど、なるべく簡単な形にしようと思って見比べてみると、教えてもらった中では鹿島鳥居が一番簡単そうな形をしていた。

 よし、これにしよう。

 そんなことはおくびにも出さず、ありがとう、やってみるよと高橋さんに告げたのだった。



 その週末の土曜日。

 お互いの家のそばにあるホームセンターで武史と待ち合わせた。事前に二人で相談して、安い木材を切り出して作ることにしていた。木工道具は物置にあることを確認していたので、材料だけそろえれば準備は十分。適度な木材と塗装用のスプレー缶を事前に母親から調達した軍資金を使って手に入れる。塀を作るのに比べれば安いものだと思う。


 材料を買い込んだ後は問題の庭で作業を行うことわずか30分。採寸もろくにせずに適当に作ったわりには意外とそれっぽくできていた。高橋さんのようにこだわりだすとたぶんきりがないと思うけど、いわゆる鳥居の形をしていて赤ければ十分それっぽく見えた。


 僕らは出来上がったミニ鳥居を最も道路から近い庭木の隙間に適当に設置した。いざ設置してみると思った以上にこじんまりとしていて本当に効果があるのか不安になったけど、母親に見せてみるとそれなりに満足そうだったのでまあよしとする。


 そのあとは二人でゲームで遊び、夕方ごろに武史は歩いて帰っていった。

 武史を見送るついでにミニ鳥居にちらりと目をやると、意外としっかりと鎮座しているように見えた。



 次の月曜日。夕方に家に帰ると、母親がにこにこ顔で迎えてくれた。


「あの鳥居、効果あったわよ」

「え、本当に?」

「本当よ、今日はゴミが捨てられていなかったの」


 あんなもので本当に効果があるものなのか。僕自身半信半疑だったけど、母親が言うのだからそうなのだろう。

 夕飯の席でもその話題になり、めずらしく父親からよく思いついたなと褒められた。高橋さんに感謝しなくては。


 翌日の学校での昼休み、さっそく高橋さんにお礼を述べる。


「ありがとう、例の鳥居、うまくいったみたいだよ」

「本当に?よかった」


 お礼をしたいのはこちらのほうだけど、予想以上に彼女も喜んでくれた。


「手作りの鹿島鳥居だって一応は鳥居なんだから、大切に扱ってね」


 言われてみると確かに自分で作ったものなのに、なんとなく粗末にできない気がしていた。ゴミを捨てる人なんてそんなの気にしないと思っていたけど、作った僕がそう思うのだからきっと相手もそうなのだろう。


 これで無事に解決したと思っていたのだけど、実はそのあとに別の異変が起きたのだった。

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