第六章 高貴な大罪人

 五の姫君白耀がその命を狙われてからというもの、連続妃殺しの下手人は、〈花嫁〉一人に絞られたように思われた。

「妃と白耀さま双方に恨みを持っていて、しかも宮中の奥に自在に出入りできる人物となると、そうは思いつきませんな」

 班仲が、素振りの手を休めて言った。その手には太い木刀が握られており、この寒い日に、むき出しの腕や胸には大粒の汗が流れている。

「やっぱり、〈花嫁〉が犯人なんでしょうね」

 手拭いを姉さんかぶりにした杜陽は、雑巾を桶の上で絞りながら言う。

「おい杜陽、甘いものが食べたい」

「へいへい」

 六花の命令に、杜陽は桶を提げてしぶしぶ立ち上がる。

 六花は、庭で翠薫と弓の練習をしている。日頃座ったまま、甘いものを食べてばかりの姫君である。お手並み拝見、と多少意地の悪い気持ちで見ていると、六花は次々と的に誤らず当てるので、杜陽は素直に感心した。

 姫君は、弓に新たな矢をつがえながら口を開く。

「姉上も妃たちと同様、帝に取り入る仙丹売りを快くは思っていなかったが、それを表立って発言したりはしなかった。仙丹売りが、わざわざ暗殺しようとするとは思えぬ」

「そうですなあ。やはり、犯人は〈花嫁〉で決まりでしょうなあ。……しまった。してやられましたぞ」

 ぴしゃり、と額を打ったのは、碁盤を前にした志和である。芳樹仙が、盤を挟んで向かい合っている。仙人は、酒の入った瓢箪を片手に、うひゃひゃひゃと有頂天になって笑う。

「油断したのう。これでわしの勝ちじゃ!」

「楽斉はどう思う?」

 文机に向かって静かに写経をしていた楽斉は、筆を休めて顔を上げた。

「五十手前の志和どのの選択は、悪手でしたね」

「碁の話じゃねえよ。てか、五十手前とか読みすぎなんだよ」

 杜陽は、一旦台所に行くと、菓子鉢に饅頭を盛って戻ってきた。若者は、六花が普段座っている屏風の前に鉢を置くと、饅頭を一つ取って、姫君の射撃を見ている翠薫に手渡した。

「風邪、治ってよかったな。翠薫も饅頭食えよ」

「ありがとう、杜陽さん」

 翠薫は、饅頭を受け取って微笑んだ。その笑顔の美しさに笑い返すのも恥ずかしく、杜陽は楽斉のほうを向いた。若き僧侶は、泰然と正座してお茶を飲んでいる。

「私にはまだ、〈花嫁〉が犯人であるということが腑に落ちません」

「なんで? 四度が四度とも、〈花嫁〉の怪異を完璧に予測するなんてこと、人間にできるわけがないだろ」

 杜陽は、屋敷の廂の上を見上げた。いくら意識の外に出そうと試みても、目線は自然と上がってしまう。そして、変わらず空を遮るようにそびえている、禍々しい建造物が否が応でも視界に入るたび、不快なような、それでいて少し安心するような、奇妙な感情を抱くのだった。まるで、腐ったにおいがするとわかっているごみの穴のそばに、あえて何度も近寄ってにおいを確かめてしまうようなものだ。

 今日の天呪閣は、分厚い灰色の雲にすっぽりと覆われている。層状になった雲の中で、ときどき小さな稲妻が光る。雲にはところどころ裂け目があって、そこから大きな切れ長の目が覗いていた。見えてはいけないものを見てしまったような感覚に、杜陽はぞくりと体を震わせて、慌てて目をそらす。

 楽斉が反論する。

「しかし、どうにも引っかかるのです。最後の白耀さまの場合だけ、なぜ〈花嫁〉は確実に仕留めようとしなかったのでしょう。なぜ、剣を投げつけるなどという、失敗する確率の高い手段をとったのでしょう」

 誰も答えられない。杜陽が、饅頭をもぐもぐと噛んで飲み込むと、六花に話を振った。

「それも問題だが、〈花嫁〉が、あなたの首を差し出すよう命じている期限は四日後ですよ。こんなにのんびり饅頭を食っている暇があるんですか?」

「饅頭なら、おぬしも食っておるだろうが。作戦なら既にある」

「え?」

 六花は、的に向かって構えていた弓を下げ、後ろ手にして、かわいらしい顔ににっこりと笑みを浮かべた。杜陽は背筋がぞっとする。

「だが、まだ教えない。敵を欺くにはまず味方から、だ」

「絶対、ただの意地悪ですよね?」

 志和が、盤上の碁石を片付けながら言った。

「明後日は、元旦の朝賀でございます。諸国からの使節が都に滞在しているいま、皇帝陛下は、何としてでも姫さまの首を〈花嫁〉に取られまいと、焦っておいででしょうな」

 六花の闇色の瞳が、暗く輝いた。姫君はゆっくりと矢をつがえ、的に狙いを定める。

「帝国の体面を気にかけているうちに、自分の首を失わなければよいがな」

 タンッと小気味良い音が響く。的の中央には、六花の放った矢が震えていた。


 新年の庭には雪が降っていた。

 南洋の植物の大きな緑の葉にも、池を縁取る奇岩にも、東屋の反り返った瓦屋根にも雪は降り積もり、風景を水墨画のように見せている。

 空は、降りしきる雪のために一面灰色で、飛ぶ鳥の姿も見えない。今日ばかりは、天呪閣もその異様な姿を雪のとばりの向こうに隠し、ときどき巨大な影をぼうっと映すにとどめていた。

「きええええええっ」

 降りしきる雪も意に介さず、楽斉は日課の体操を励行している。

 杜陽は、台所から運んできたお茶を皆に配った。お盆を抱えて外にちらと目をやる。

「今日は新年の儀だというのに、あいにくの雪だなあ」

「大極殿の前庭に並ぶ各国の使節は難儀するでしょうな」

 志和が、杜陽に礼を言ってから茶をずっ、とすすると、班仲が笑いながら応じた。

「私としては、雪が碧翠雲の隠れ蓑になって、都合がいいですが。南郊祭天のときは、怪しい雲と気取られぬように、随分高くまで上らねばなりませんでしたからな」

「杜陽! 茶菓子はないのか?」

 几帳の向こうからの高い声に反応して、杜陽はすぐに声を張り上げた。

「かすてらを用意してありますよ」

「杜陽にしては、なかなか気が回るではないか」

 かすてらは、金平糖に次ぐ六花の好物である。

 六花が、座敷の上座に立てた几帳の後ろからててててと走ってきて、菓子鉢の前にすとん、と座った。萌黄色の上着は前がはだけていて、緋色の裳を締める帯紐は、解けて床に引きずっている。もちろん、長い黒髪は櫛も通さぬまま背中にかかっている。

 几帳の裏から、困り顔の翠薫が、腕に紗の布をかけて追いかけてきた。

「姫さま、お着替えの途中で抜けだされては困ります。はしたのうございますし、そのような格好ではお風邪を召されますよ」

「翠薫はうるさいな。余は、堅苦しい礼服は嫌いなのだ」

 六花は、大きく切ったかすてらを指でつまんで、もぐもぐと頬張った。

 着替えを嫌がる子供に手こずる翠薫のほうは、すでに身支度を終えている。足首のすぼんだ、ゆったりとした丁子色のズボンに、振袖を持つ短い朱色の胴着。西域風の、皿のように平たい方形の帽子を被り、ビーズをつないだ首飾りをかけている。

「というか、あなたは何でここで着替えているんです。ほかにいくらでも部屋はあるでしょうに」

 杜陽があきれて言うと、六花がぎろりと睨みつけた。

「何を言う。余を凍えさせる気か」

「いくらでも火を焚いて、暖めたらいいでしょうが」

「一箇所に集まったほうが、炭を節約できるではないか」

 変なところで経済観念の徹底した姫君である。

「しかるべきときが来るまで、財布の紐は固く締めておくことだ。古来、王朝を打ち立てる英雄は吝嗇と決まっておる」

「じじい、あんたの戦術でぱっとあったかくできないのか?」

「修行を積んだ神仙は、寒さなど感じないのじゃ」

 杜陽に答える芳樹仙は、綿袢纏ををしっかりと着込み、だるま火鉢を抱えて離そうとしない。

「しかし、凡俗どもがうるさいからのう。仕方がない、わしの力を見ておれ。……あれはどこにやったかの」

 と、老仙は、汚い綿袢纏の袖を探り出す。お目当ての物が見つからないと見えて、芳樹仙は庭で体操中の弟子に向かって大声で尋ねた。

「おーい、馬鹿弟子! 取っ手をぐるんと回すと、あれがああして一気にあったかくなる感じのあれを知らんか」

「おお、すげえな。そんな便利なあれがあるのか」

 楽斉はちょうど、勢いよく逆立ちをするところだった。そこへ突然お師匠さまからお呼びがかかったので、反射的に首を縁側のほうへねじむける。たちまちバランスを失って、青年僧は受け身を取る余裕もなく、背中を固い地面に打ち付けた。

「ぐはッ」

「楽斉⁉︎」

 楽斉は、班仲によって座敷に運び込まれた。幸い、頭は打っていないようだ。

「いたた、まことに面目ありません」

 若き僧侶は、翠薫に背中を濡れた布巾で冷やして手当てしてもらいながら、渋面の六花に頭を下げた。六花が叱る。

「このように大事な時期に不注意だぞ。おぬしらしくもないではないか。もうすぐ新年の儀のために呼ばれる。使者が来るまでに、立って歩けるようにしておけ」

「それが、腰を強く打って、歩くどころか、しばらく立つこともままならぬようなのです」

「そうとなれば致し方がない。医者を呼んでやるから、屋敷でおとなしくしておれ。芳樹仙、楽斉に軟膏でも作ってやれ」

「いえ、こんな有様ではありますが、私も新年の儀に参加しとうございます。儀式には、必ずや〈花嫁〉が何か仕掛けてきましょう。姫さまの身にも危険が及ばぬとも限りませぬ。もちろん、翠薫どのも班仲どのも武術の達人ですが、魔物を調伏するには、何よりも法術が確かでございます」

 珍しく楽斉が反抗した。六花が反論する。

「しかし、あの魔性の女の妖力に太刀打ちできる者が、何もおぬしだけというわけではない。じいさんを連れていけば、事足りるであろう」

「お言葉ですが、お師匠さまは、姫さまに羽衣を奪われて仙界へ帰れぬ身です。決して姫君の徳を慕ってお仕えしているわけではありません。わが師匠ではありますが、肝心なときに姫さまの助けとなりましょうか、信用が置けません」

「よくぞ言ってくれた。そうじゃぞ、わしはそなたなど見捨てるかもしれぬぞ」

 芳樹仙は、嬉しそうに言う。その顔には、『しゃちほこばった儀式などに出るのは面倒くさい』と書いてある。

「何を言う! 羽衣を返してほしくないのか?」

 目を三角に吊り上げる六花を、楽斉はまあまあとなだめた。

「ですから、新年の儀には私をお連れください。ここに残されては、白耀さまより六花さまの身の安全を託された私に立つ瀬がありません」

「楽斉さま、無理をおっしゃらないでください。お怪我に障ります」

 そう引き止める翠薫の手を、楽斉が押さえた。

「翠薫どの、どうかあなたが私をおぶって、儀式に連れていってはくれませんか。新年の儀の間、あなたが私のそばにいて、もし異変が生じたときには、私を運んでほしいのです」

 翠薫は困惑して、楽斉の大きな手の下から自分の手を引こうとした。

「しかし、それなら班仲さまの碧翠雲に乗せてもらったほうがよいのではありませんか」

「私と一緒となれば、屋外にいるほかないが、この降りしきる雪だ。私のようにむやみに頑強な者なら雪ざらしにしておけばよいが、怪我を負った僧侶どのを、吹雪の中に長い間置いておくのはいかがなものか」

 班仲が、意を唱える。

「僧侶どのが建物の中にいるべきなのはいいとして、僧侶どののような背の高い男は、翠薫では背負えないだろう。となれば、杜陽どのに運んでもらうというのが順当ではないだろうか」

「あ、ああ、わかった」

 班仲の提案に従って、杜陽が試しに楽斉を背に乗せようとしてみると、いくらうなってみてもちっとも立ち上がれないことが判明した。

 ぜえぜえと息を切らしてしゃがみこむ杜陽の横で、楽斉をおぶった翠薫は、骨と皮だけの老人を乗せているかのように、楽々と立ち上がる。杜陽は、敗北感と情けなさで言葉を失った。

 翠薫は楽斉を背負ったまま、ますます困ったようにうつむく。六花の表情をうかがうようにちらりと目をやり、また地面に目を戻す。

「しかし、私は」

 六花が足を踏み鳴らして、杜陽の後ろに立ち、その背中をどついた。

「翠薫に楽斉を運ばせることは、承服できぬ。怪異が起こったとき、翠薫には身軽に剣を振るわせたい。楽斉には、誰か適当な下男でもつければよかろう。こいつのような貧弱なもやしではない男をな」

「おれが貧弱なんじゃなくて、翠薫が怪力なんですってば!」

「うるさい」

 六花は、杜陽をげしげしと足蹴にする。楽斉は、姫君の案に納得しなかった。

「ほかの者では、いざというとき恐慌に陥って任を果たせぬ恐れがあります。その点で、やはり翠薫どのにお願いしたいのです。狙う敵が同じであれば、いるべき場所も同じでしょう。翠薫どのが、怪異に対応して姫さまを守る間、もちろん自分の身は自分で守ります。六花さまにはほかに、何かご心配なことがあるのでしょうか?」

 楽斉に澄んだ目を向けられて、六花は口をつぐんだ。姫君は、座敷の上座に敷かれた繧繝縁の畳にどっかりと腰を下ろすと、不機嫌な低い声で告げた。

「そういうわけではない。翠薫は、楽斉を背負ってやればよい。ただし、本来の自分の任をおろそかにするな」

 そう言うと六花は、翠薫をじっと睨みつけた。まるで、その視線に何かのメッセージを込めるように。主人の視線を受け取ると、翠薫はそっと緑色の目を伏せた。


 大極殿の壁際に座を与えられた六花のところからは、前庭を埋め尽くす近隣諸国の使節団の頭が見渡された。その数二千。

 整列した使節団から、国ごとに一人ずつ大使が帝の前に進み出て、新年を寿ぐ挨拶を読み上げる。皇帝は、天蓋のついた玉座に身を沈めてそれを聞く。

「今回の朝賀には、十年ぶりに西方砂漠の国王が使者をよこしたらしいな。献上品は、目も覚めるような大粒の紅玉だとか聞く」

 退屈そうに挨拶を聞いていた六花が、あくびをかみ殺して言った。

 姫君は、元旦らしく吉祥の図案を織り込んだ朱色の表着を、色合いの微妙に異なる赤色の裳の上に着て、膝にはお気に入りの扇を置いている。

「草原の騎馬民族の使節団は、生け捕りにした獅子に市中を歩かせて、そのまま献上したそうですな」

「諸国の使節団の、ことさら異国風な行列は、永安の正月な風物詩ですからね」

 低い腰掛けに座った楽斉が、志和に応じる。

 楽斉は、変装のために黒髪のかつらをかぶり、女房装束である。女装僧侶のすぐ横には約束どおり、翠薫が静かに控えている。杜陽は、彼女が思いつめた表情をしているのが気になった。

 芳樹仙は、「正月といえば、朝寝と酒に限る」とのたまって、六花の屋敷で酒を食らっている。任務に忠実な班仲は、空の上に粘っているだろう。灰色の雪の帳に閉ざされて、その居所はようとして知れない。

 朝賀の始まりには舞楽が行われて期待が持てたのだが、そのあとは単調な式次第が続いていけなかった。新たな年を言祝ぐための舞楽は、大極殿の前に据えられた白木の舞台の上で演じられた。

 杜陽は、五色の幕で飾られた舞台上の演者の装束に目を留めて、楽斉に尋ねた。

「随分と変わった格好だな。細長い頭に、背中には羽根か。何の役なんだ?」

「あれは、神鷹です。大夏の宗室を守護すると言われている神聖な鷹です。もともと北西の草原にいた皇帝の祖先が、白く輝く鷹に導かれて中原に大夏帝国を打ち立てたことを物語る舞楽なのです」

 白い羽根を背中に負った神鷹の役の演者を追って、金色の兜に弓矢を背負った武人が舞台上に現れる。二者は、お互いがお互いの後を追うようにしながら、非常にゆっくりとした動作で舞いはじめた。

 楽斉が舞を眺めながら補足する。

「伝説によると神鷹は、大夏が存亡の危機にあるとき、空から舞い降りてくるといわれています」

「ろくでもない法螺話だな。もしそれが真実なら、今このときに現れるはずだろう」

 神仏の加護の類が大嫌いな六花が、嘲笑した。

 雪は、後から後から地上に舞い落ち、露天の使節団の肩や帽子を白く覆い隠す。整然とした列のどこかで、誰かがくしゃみをした。

 最初、杜陽は違和感に気付きながらも、何がおかしいか判断することができなかった。自分と関わりのないところで進行する儀式から、いつのまにか意識は離れ、取り留めのない物思いに没入していたのだ。つまり、居眠りをしていたのである。

 想念の海から、重たい水を押しのけてゆっくりと浮上したとき、前庭の使節団の一部が、ざわざわと何事かささやきあっているのを見て、その異常さをやっと悟った。いぶかしさをはらんだざわめきは、広大な前庭全体に広がっていく。

 使節団の視線に従って、灰色の空を見上げた杜陽は、そこにおぼろげな赤い影の列を見出した。

「姫さま!」

 緊迫した声で六花を呼ぶと、姫君はすでに体を起こして、その闇色の瞳を上空に向けていた。

 鎧と槍をがちゃがちゃ鳴らして、衛兵が一斉に動き出す。

 天呪閣から下ってきた〈花嫁〉行列は、いまやその全貌を頭上に現していた。

そろって宝石を縫いつけた紅い衣の女ばかりが二十騎ほど。騎、といったのは、女たちがそれぞれ異形の獣に乗っているからである。三、四人の持っている旗が、長く緩やかに雪の風に波打つ。

「魔性の者といえど、元旦の扱いは別格と見える。親玉本人が登場とは」

 六花が、我を忘れたように空を仰ぎ、柔らかい真紅の唇の間から、白い息を吐いた。

奇獣を御した女たちに囲まれて、窓の桟から車軸まで朱で塗られた牛車が、空を下ってきていた。牛車を引くのは、飾り立てた二頭の犀である。

 〈花嫁〉を乗せた牛車と侍女たちは、空に向かって剣山のように突き上げられた槍を、あたかも葦の原をかき分けるようにして、地上に降り立った。興奮した使節団は自国の言葉でどよめいて、〈花嫁〉行列を中心にして左右にさっと分かれる。紅い衣のあでやかな女たちが、主人の牛車を囲んで並ぶ様子は、にわかに地上に咲いた巨大な牡丹のようである。

 大臣たちも、これには浮き足立った。ただ、白髯の宰相だけは動揺の色を見せず、〈花嫁〉行列の行く手を遮った。体つきは痩せて縮まろうとも、さすがに大夏帝国の大宰相である。

「新年のめでたき祝いの場に、卑しき魔性の身でありながらいかなる用か!」

 すると、前庭から大極殿までの隔たりを感じさせないはっきりとした声で、女がいらえた。

「われが廂を貸す大夏帝国の皇帝に、新年の挨拶に参った」

 涼やかな声には、聞く者の心を寒くせずにはおかない嘲りが含まれている。

 宰相は、その白いひげまで染まるのではないかと思うほど、顔を真っ赤にした。

「廂を貸すだと? 地の果てをも越えて、海に浮かぶ島に至るまで残らず支配下に置く聖上に、貴様がか! 貴様のほうこそ、聖上の宮殿の上空に、無賃で間借りする身ではないか!」

 虎のように吠え猛る宰相を太い手で制して、恵まれた体格を重厚な鎧に包んだ壮年の男が前に進み出た。皇帝の百万の軍を束ね、都の防衛を一手に任された大将軍である。

 大将軍は、人外の力を持つ魔族の集団を前に、一歩も退かぬ構えで〈花嫁〉の乗る牛車を見据えた。

「口では大言壮語を吐きおるが、化け物の親玉みずから、巣穴を離れて挨拶に来るとは、陛下に膝を屈するのと同じこと。恐れるには足らぬ」

 六花が、嘲笑するように唇をゆがめる。

「威勢のいいことだ。その化け物に、すでに三人の妃を惨殺されておきながら!」

「姫さま、あなたは一体どちらの味方なんです」

 杜陽が、辺りを憚って小声で突っ込む。

 大将軍は〈花嫁〉を詰問した。

「紅葉の宴に始まって、蕭夫人、蔡夫人、そして桓皇后さまをも亡き者にしたのはなぜだ!」

「さてなあ。われにそのようなことを尋ねるそちらには、永遠にわかるまいよ」

 牛車の中の美しき魔物は、くくくと楽しそうに笑った。

「貴人殺しに対する罰は、時間をかけて全身の肉を削り取った末の死刑だぞ!」

「人の法でわれを裁くことはできぬ」

 大将軍は、使い込まれて光沢を放つ大剣の柄に手をかけた。

「ならば試してみるか? その牛車から引きずり出して、命乞いをさせてやる!」

 天蓋つきの玉座の側に控えていた宦官が、大極殿から前庭に下りるきざはしの際まで歩み寄り、牛車に呼びかけた。

「皇帝陛下の仰せである! 新年の挨拶というなら、ただちに車と騎獣から下り、末席につけ。朝貢の品を差し出すこと、諸国の使節のごとくせよ」

 朝臣と六花の臣下たち、そして使節たちは、〈花嫁〉の反応を、固唾をのんで見守った。

 牛車の中から帰ってきたのは、嘲りの調子を隠す気配もない返事だった。

「飼い犬に、冠を取って礼をする主人がどこにおる」

「この下賤な化け物が!」

 そのとき、隕石のように、天からみどりに光るものが落ちてきた。

「怪物め! 成敗してくれる!」

「班仲どの!」

 志和が低く叫ぶ。

 両足を失った剣の鬼は仙雲を駆り、燕が身を翻す速さで〈花嫁〉の牛車を斜めに切り下ろした。牛車の正面を覆う厚い布が落ち、朱に塗られた体に深い傷が走る。

 大極殿と前庭にいる数千人が、一斉に息を止めたようだった。

 音という音の消えた真空の真ん中に、美しくもおぞましい魔物の女王は座っていた。

 何か強い圧迫を受けて、全身から血を噴き出したかのように真紅の、贅沢に布を余らせた衣。そこから覗く白粉をはたいた白い肌を目に捉えた次の瞬間には、〈花嫁〉はもう牛車の中にはいなかった。

 雷よりなお速い魔物の動きを目で追うことのできなかった者は、恐慌を来たした。しかし、杜陽は、移動した〈花嫁〉をいともたやすく見つけ出すことができた。彼の顔に赤い衣の裾が触れるほど近く、〈花嫁〉が浮いていたからだ。

「——!」

 杜陽は、金縛りに遭ったように動けなくなる。声もなく、ベールの下ろされた〈花嫁〉の顔を見上げた。

 腰を抜かす杜陽の隣で、六花はまっすぐ背筋を伸ばし、金剛石も打ち砕くような眼光を、自らの命を狙う魔物に向けていた。その小さな体から放たれているのは、紛うことなき王者の気迫である。

 幼い姫君と〈花嫁〉の視線が、ベール越しにかち合ったように思われた。

「姫さま!」

 翠薫が六花に覆いかぶさり、身をていして小さな主人をかばった。

 攻撃してくるかと思いきや、〈花嫁〉は衣を返して六花の前を飛び去った。大極殿の床の上を、皇帝の玉座のほうへ滑ってゆく。はためく紅い衣は、死を告げる神の大きなマントのようである。

 楽斉が、翠薫をきっ、と振り返って命じた。

「翠薫! 私を玉座の側まで連れて行ってください!」

「は、はい!」

 踊り子の娘は跳ねるように立ち上がると、僧侶を軽々と背負いあげて、〈花嫁〉のあとを追った。

「止まってください!」

 楽斉は、玉座からそう離れていないところで自分を下ろさせると、浅葱色の唐衣の袖を肘までたくし上げた。腕に巻いていた数珠を、てのひらでじゃりじゃりとすり合わせる。逃げ惑う朝臣の間を跳梁する〈花嫁〉を、澄んだ眼差しで見据えた。

「哈ッ!」

 数珠が、何倍もの長さに伸びて光りながら〈花嫁〉に襲いかかる。その数珠が〈花嫁〉を衣の上から固くいましめるのを、杜陽は見た。

 だが、数珠は、つるつるした玉の上を滑るように、ぱらぱらとほどけて落ちた。楽斉は低くうなり、長い黒髪のかつらを脱ぎ捨てる。そして、両腕を使って大弓を引くような仕草をした。しかし、その手には何も握っていないのである。

 ぱっ、と張り詰めた弦から手を離す動作をした瞬間、虚空に輝く矢が現れ、〈花嫁〉を指して飛んだ。杜陽は目を疑う。

 矢は、光の粉を撒き散らして一目散に紅衣の魔物を目指したが、〈花嫁〉は、振り返ることもなくその白い手を一閃して弾き飛ばしてしまった。

 唇を噛み締めた楽斉は、次々と見えない弓を引いては輝く矢を放つが、そのどれ一つとして〈花嫁〉の衣をかすめることすらできない。

 〈花嫁〉は、後ろ手に楽斉の矢を受け止めると、ばっ、と振り向きざまに投げ返してよこした。びゅん、とうなりを上げて飛んできた矢は、楽斉の顔のすぐ手前ではたき落とされた。

 楽斉の前から細身の剣を引いた翠薫は、息継ぐ間もなく飛来した二、三の火球を弾いた。火の粉がきらきらと翠薫の髪に舞う。

 素早い身のこなしに合わせてまくれ上がったベールから、〈花嫁〉の不敵な笑みが覗いた。

 踊り子の娘は、細いふくらはぎに力をためて、〈花嫁〉のもとへ一飛びに駆け寄り、剣を打ち下ろそうとした。しかし、柔らかな布靴を履いた床から離そうとした瞬間、たたらを踏んで踏みとどまる。

 苛立ちと困惑をないまぜにして目線を向けた先では、楽斉が翠薫の衣の裾をしっかりと押さえつけていた。

「楽斉さま……?」

 自分を捕らえる手を振り払うこともできず、翠薫はただ楽斉の目を見つめて立ち尽くした。

 魔物の急襲に散り散りになっていた近衛兵たちは、ようやく統率を取り戻した。わっという喚声とともに一挙に〈花嫁〉を取り囲み、長槍を突き出す。一分の隙もない環状の槍衾に取り巻かれて、〈花嫁〉は初めて動きを止めた。

 そこまでしてもなお、万全を期したとは言えないことを近衛兵たちは、肌身に染みて知っていた。槍を握りしめる彼らの息は荒い。

 一方、大将軍による死の宣告を待つばかりであるはずの女囚人は、自分の城で召使いにかしずかれているかのように、くつろいだ雰囲気を漂わせている。

 〈花嫁〉は、ゆっくりと口を開いた。

「人の子に膝を折るなどありえぬが、贈り物なら与えてやろう。ほら、ここに」

 言うが早いか、〈花嫁〉の真っ赤な袖が異常な速度で伸びて、正面の兵士の体を紙のように切り裂いた。それに留まらず、赤い刃は、背後の仙丹売りの首を勢いよく跳ね飛ばす。

 我が身に起こったことを理解できず、ただ目を見開いた仙丹売りの首が、天蓋つきの玉座の前に転がる。侍女の誰かが、甲高く悲鳴を上げた、噴き上がった鮮血は、天井の梁を濡らした。

 〈花嫁〉は、狂ったように哄笑する。

「大永安を支配する、魔族の王からの献上品!」

 〈花嫁〉はなおもけたたましく笑いながら、中空に飛び上がって包囲から抜けると、大極殿から前庭に出た。

 そこでは、お付きの侍女二十余騎が、すでに宙に浮いて主人を待っていた。

 〈花嫁〉は侍女の群れに合流すると、真紅の衣をなびかせて、慌てふためく朝廷の臣を睥睨する。

「こちらからの贈り物は、確かに献上したぞ。返礼品は、明夜までに必ず届けよ! 六の姫君、六花の首だ!」

 〈花嫁〉は侍女たちとともに、凶鳥のように飛び去った。

 禍々しい赤い影がすっかり雪の向こうに隠されてから、やっと人々は、金縛りが解けたようにざわめき出した。

「仙丹売りが死んだ! ああ、そちが約束した不死の薬は一体どうなるのじゃ……!」

 天蓋つきの玉座に、帝が顔を覆い身を沈めていた。その姿は、杜陽が見るかぎり、各国の使節団から挨拶を受けていたときよりも醜く縮んで、十も二十も老け込んだようだった。

 六花は相変わらず端座したまま、実父を冷酷に批評する。

「あの男、そらごとを真に受けて、仙丹売りが不老不死の秘薬を持ってくるのを、虚しく待っていたようだな。おそらくは、すでに代金も渡しているのだろう。澄んだ目すら曇らせる、老いとはむごいものだ。その目は、その気になれば、万里四方に広がる国土を一望することもできたはずだというのに」

「六花さま! 申し訳ございません。賊を取り逃がしてしまいました」

 肩と頭に雪を積もらせた班仲が、碧翠雲を飛ばして、六花の前に戻ってきた。寒さに鼻を赤くして息を弾ませる雲上の剣士を、横合いから志和がねぎらう。

「いいや、皇帝陛下のお命が守られたことだけでもよかった」

「むしろ、ここで殺されたほうが幸せだったかもしれぬぞ。使節たちが故国に帰って此度の騒動を報告すれば、大夏の評判が下がり、生きて恥をさらすことになろう」

 六花は、たっぷりの嫌味を込めて言ってから、鋭い視線を翠薫にくれた。〈花嫁〉を逃したことが悔しいのだろうか。踊り子は、まだ楽斉に衣の裾を取られたまま、がっくりとうなだれている。

 杜陽が、しびれを切らしたように両腕を上下に振りながら言った。

「帝の心配なんかしてる場合じゃないですよ。〈花嫁〉が、あなたの首を要求してる期限は、明日の夜なんですよ! 一体どうするつもりなんですか」

「策なら、もう考えてあると言っただろう」

 六花は、紅い唇の端をふっと上げた。

「だったら、おれたちにも教えてくださいよ」

「杜陽以外の者は皆知っておるぞ」

 気の毒そうにしながらうなずく班仲、志和、楽斉を見て、杜陽は頭をかきむしった。

「あああ! なんでそういう無意味ないびりをするかなあ! いい加減にしてくださいよ!」

「嫌だ。杜陽には教えてやらぬ」

 べえ、と舌を出す幼い姫君に、このくそがき、と杜陽は拳を固める。

 無益な掛け合いをする主従のもとに、一人の宦官がやってきて、一礼して告げた。

「六の姫君、陛下がお呼びでございます」

 六花と臣下一同は、宦官について大極殿にのぼった。

「陛下、お召しにつき六花が参上いたしました」

 鈴を振るような声で言って、六花は手を組んで顔の前にかかげ、最高の礼をとった。天蓋つきの玉座の前である。先ほどまでの騒ぎで倒れたり壊れたりした幟や調度は、すでに片付けられている。

 六花に倣って、その背後で同じようにひざまずきながら杜陽は、そっと帝を伺おうとした。だが、床より数段高く造られた玉座に腰掛ける帝の、絹の靴を履いた足しか見ることがかなわない。

 玉座の隣に影のように立つ宦官が、皇帝の意を代弁する。その宦官の装束は、居並ぶ大臣のそれの雅さに勝るとも劣らない。

「陛下は、六の姫君の心中を非常に心配しておいででございます。皇女さまにおかれましては、いまだ幼くあらせられながら、いとわしき魔物にお命を狙われ、白昼でも闇夜の心地がするような、恐ろしい思いをされておられるのではないかと。無論、大夏の姫君を卑しき人外に差し出すなど、あってはならぬこと。代わりの者の首をもって、魔物に差し出すつもりでございます」

「陛下」

 昂然と上げた六花の横顔をひそかに見て、杜陽はひやひやした。その幼顔にあらわに浮かんでいるのは、不遜と呼ぶしかない表情である。

 一句一句をしっかりと発音して、小さな姫君は言った。

「とんでもございません。六花は、あの化け物をほんの少しでも恐れたことはありません。几帳の陰で我が身を嘆いてすすり泣くどころかむしろ、功を立てる機会が降って湧いたことに喜んでおります。代わりの首を偽って渡すなど、万が一真実が露見したら、どんな流血の事態を招きましょう。どうかこの六花に、かの呪われた城へ赴かせてください。さすれば、必ずやあの化け物の首級を討ち取ってまいりましょう。

 それに先立って、この六花に三十の兵をお与えください。陛下から精兵を賜れば、方角の見当のつかぬ墨を流したような暗黒の夜にも、北極星を見るような心地がいたしましょう」

 六花が、恐れる様子もなく言い切ると、玉座の周囲に沈黙が降りた。六の姫君の大胆きわまりない上奏に、姫君の正体を知らない群臣は、多く目を見張っている。

 宦官が、帝をうかがった。

「——よかろう」

 意外に張りのある深い声が応えた。

 幼き実の娘を、魔物の生贄として差し出すことは、いかに苦しみに満ちた決断だろう。

 杜陽はこらえきれなくなって、ついにこっそりと頭を上げた。


「それにしても、帝がまさか、ああまで無表情だとは思わなかった。金の冠の下に、紙みたいにのっぺりした顔を見たとき、心臓がひやっとしたよ。あのときばかりは、あの生意気な姫君に同情したな。実の娘にああまで無関心でいられるものかね」

「一国の主ともなれば、我々と同じようには感情を表に出すこともままならぬのでしょう」

「臣下の前では、懊悩する素振りは見せられないってか。その割には、不死の薬が手に入らなくなったとき、あからさまに悔しがってたけどなあ」

 杜陽と楽斉は、天禄閣の大書庫を歩いていた。杜陽がここを訪れるのは初めてである。杜陽の身長の二倍ほどもある書棚が、細い通路に影を落としている。需要のない区画なのか、二人のほかに、書物を探している学士も見えなかった。

「〈花嫁〉をやっつけるのに役立つ、仙術の本があるっていったって、何も天呪閣に乗り込む前日に探さなくったっていいじゃないか。付け焼き刃は役に立たないぞ。それと、お前の腰、復活したのか」

おぶわれないと動くこともできなかったはずの楽斉はいま、普段通り姿勢よく歩いている。僧侶は、あたりかまわず浮かべる、例のミステリアスな微笑で、「もういいのです」と言った。

「杜陽どのは明日、〈花嫁〉を倒しに行くのですか?」

 杜陽は、ぴたっと足を止めた。前を行く楽斉が、立ち止まることなくすたすたと歩いていくので、杜陽も仕方なく歩き出す。

「俺が死んでも嫌だって言ってみたところで、どうせあの姫君が無理やり引っ張っていくだろ」

「そうでしょうか。六花さまに従って〈花嫁〉と戦うかどうかは、杜陽どのがご自分で判断することだと思います。生死に関わることなのですから」

「え?」

 杜陽は急に、突き放されたような寂しさと頼りなさを覚えた。

「杜陽どのが、死ぬほど嫌だと言い張れば、六花さまはきっと無理強いはなさらないでしょう」

 確かに合理主義者の六花なら、積極性のない者を強いて連れていくなどという無駄なことはしないだろうという気がした。一言もくれず背を向けて、杜陽などよりよっぽど役に立つ臣下とともに、淡々と天呪閣のきざはしに足をかけるだろう。堂々と胸を張って。杜陽を後ろに残して。

 なんだか情けない気持ちになった杜陽は反論した。

「いや、別に天呪閣に行こうって気持ちが全然ないわけじゃねえよ。叔父さんに似た奴の正体も見きわめなきゃならないしな」

 言葉の後半は、自らに言い聞かせるような口調になる。杜陽は、振り向かずに前を行く楽斉に追いすがるように歩調を速めた。

「でもおれは楽斉や翠薫みたいに、法力で魔物をやっつけるだとか、剣術が得意だとか、そんなことはねえから、ついていっても足手まといだよな。はっきり言ってくれよ。おれがいても邪魔になるだけだって楽斉が言うんだったら、おれはおとなしく下で待つよ」

「私には、杜陽どのの力を測ることはできません」

 やんわりと返されて、杜陽はぐ、と言葉に詰まった。〈花嫁〉に立ち向かうことが怖い。化け物の前から逃げることを、自分の怯懦のせいではなく、人から下された判断のせいにしたかった。それでいて、六花や楽斉に置いていかれると想像しただけで、強さへの羨望と悔しさで、胸が溶岩に焼かれるようだった。

 杜陽は、頭をかきむしった。

「あー、おれも行くよ。結局、行かなきゃ気持ちの収まりがつかないんだよ」

 感情を、声という小さな器に盛りきれないように、杜陽はいらいらと続けた。

「だからおれは、楽斉たちみたいに、あの姫君を守るために行くわけじゃない。ただ、残されるのが悔しいから行く」

 顔から火が噴くほど惨めで、恥ずかしかった。紅葉の宴で、皇族と高官に囲まれながら、一言も違えず朗々と詩を詠じた才ある若き僧侶に、こんな自分はどれだけ哀れに見えるだろうと思った。

 楽斉が立ち止まる。そして次の瞬間、流れるような動作で、振り向きざまに衣の袂から仏具の三鈷杵を取り出して、杜陽に向かって投げつけた。

「おっわ、あっぶねえな!」

 杜陽は不意をつかれたが、きらきら光りながら飛んできた三鈷杵を、反射的に右手で受け止めた。杜陽が訳を問う暇もなく、次々に五鈷杵、独鈷杵がくるくると回って襲いかかる。

 杜陽は、五鈷杵を左手で受け止め、次に独鈷杵を取るために、右手の三鈷杵を一旦上に放り投げた。独鈷杵を無事に受け止めた一瞬後に、一時的に放り投げた三鈷杵も右手に収まる。

「おい、急に何だよ」

 両手に仏具を持って憮然とする杜陽を見て、楽斉は微笑した。

「杜陽どのの反射神経と咄嗟の判断力は、素晴らしいと思いますよ」

「そんなこと試すためにやったのかよ。商売道具は大切にしろよ」

 そういう褒め言葉は、もっと先に言ってくれよと不満に思いつつ、〈花嫁〉を倒しに行くかどうかは、きっと自分自身で判断しなければならなかったのだ、と杜陽は思った。

 楽斉は微笑する。

「杜陽どののような反射能力があれば、どこからともなく〈花嫁〉の攻撃が飛んできても、真っ先に姫さまの前に立ち塞がることが可能だと思います」

「やっぱりおれは弾除けなのかよ」

 二人は、天禄閣の広い中庭に出た。

 朝からの雪はやんで、空には十六夜の月が冴冴と光っている。積もった雪に月の光が反射して、白く明るかった。

「杜陽どの。あなただけに打ち明けたいことがあります」

「何だ、改まって」

 楽斉は立ち止まって、杜陽をじっと見つめた。唇から漏れる息が白い。

「連続妃殺しの犯人を突き止めました」

 突然の宣言に、杜陽は「はあ?」と声を上げた。

「あれは、〈花嫁〉の仕業ってことで話が決まったんじゃなかったのか?」

「いいえ、妃たちを次々と手をかけたのは、明確な動機を持った人間です。そしてその動機とは——母親を殺された恨みです」

 僧侶は、これまでにないほど強い光をたたえた目で、杜陽を捉えた。

「この事件の犯人は、六花さまです」

 杜陽は目を見開いた。一月の夜更けの寒さが、急に肌身にしみてきた。

「い、いや、だって、あんな小さな姫君が、一体どうやって三人もの人間を手にかけるっていうんだ」

 楽斉は後ろで手を組んだ。

「実際に凶行に手を染めたのは、翠薫でしょう。六花さまの恐るべき頭脳で立案された計画を、翠薫が実行に移したのです。

 考えてもみてください。姫さまは我々に、妃たちへの憎しみを一度だって隠しはしなかった。姫さまの母君は、皇帝からのひとかたならぬ寵愛のために、彼女よりも位の高い桓皇后、蔡夫人、蕭夫人から激しい嫉妬を受けていました。その災禍は六花さまにも及び、一度ならず幼い命を狙われたのです。そしてついに母君は、三人の妃の手に落ちました。こういった経緯を持ちながら、殺したいほどの恨みを妃たちに持たずに、どうして成長することができましょう」

 いくら六花が、冷酷無血な人間だからといって、あんなに幼い姫君が殺人を犯したなどと、信じられるものではなかった。

翠薫が手を下したということは、なおさら信じたくなかった。紅葉の宴で、偽物の商店街の橋の上で踊っていた翠薫の、すべての重荷を忘れたような楽しげな表情を思い出して、杜陽はぎりぎりと拳を握りしめた。

 楽斉は、推理をつまびらかにする。

「六花さまが計画し、翠薫が犯行に及んだのであれば、〈花嫁〉による怪異の直後に殺害が起きるという、最も大きな障害を乗り越えることができるのです。宮廷で大きな行事が行われるときに、怪異が発生することは周知の事実でした。そして、そのような行事には六花さまは必ず招かれます。妃の居所の近くに翠薫が侵入できさえすれば、計画は完成します。その証拠に、殺人が起きたとき翠薫どのはいつも、温かい飲み物の用意だの風邪だのと理由をつけて、席を離れていました。

二回めの殺人、つまり蔡夫人殺しのときは、蕭夫人が亡くなって間もないなか、蔡夫人が都合よく詩の宴を開いてくれたように見えましたが、これも仕組まれたことです。宴のときの様子からうかがわれたように、志和どのは、蔡夫人の侍女たちに顔がききます。侍女を通じて、夫人が詩の宴を開催するように焚きつけたのでしょう」

「じいさんも一枚噛んでたってことか。侍女たちは、詩が詠めて、しかも若くてきれいな楽斉に興味津々だったからな。楽斉が来ると約束すれば、大喜びでその役目を引き受けただろうな」

 楽斉は咳払いする。

「志和どのが、姫さまの計画を知っていたことは疑いを入れません。何と言っても、翠薫どのと並ぶ姫さまの腹心なのですから。彼は、白耀さまの殺害未遂事件にも関わっているはずです」

「犯人が六花姫なら、白耀さまに向かって剣を投げつけることなんてしないんじゃないか? 六花姫は口こそ毒舌だが、姉君を信用して慕っているのは周りの目にも明らかだ」

「六花さまが犯行を決意したのは、聡い白耀さまが、連続殺人事件の真相に気づいてしまったからです。しかし、誰よりも早く動いて、六花さまが白耀さまを守ったことからもわかるように、もちろん本気で殺そうなどとは考えていませんでした。六花さまの計画を邪魔するなと、白耀様に警告すると同時に、私たちが真犯人にたどり着かないよう、目くらましの意味合いがあったのです」

「じゃあ、あのときの怪異は、翠薫が用意したものだったんだな」

「その通りです。雲に乗って賊を追った班仲どのは、私たちに『花火を打ち上げた筒が残っていて、足元が危ない』と報告しました。〈花嫁〉が妖術で花火を上げたのだとしたら、筒は必要ありません。続いて数十のぼんぼりに灯を点して飛ばす作業は、さすがに翠薫どの一人では手が回らないので、志和どのが手伝ったはずです。

 このようにして、母君の仇である三人の妃を始末した六花さまですが、最も憎しみを抱いている人物が、まだ生き残っていました」

「……皇帝か!」

 楽斉は、雪の光を目に映して頷いた。

「母君を偏愛して、後宮の宮女たちの嫉みの渦の中に置き去りにした上に、妃たちから母君を守りきれなかった男。そして、最愛の寵姫亡き後も、依然として妃たちをもとの地位に留める皇帝を、六花さまは妃たちにも増して憎みました。実の父親を殺すことが、殺害計画の華々しい終焉となるはずだったのです」

「姫君は、新年の儀で帝を殺そうとしていたのか?」

「はい。私はそれを防ぐために、腰を痛めた振りをし、翠薫どのを拘束する口実を得て、彼女が帝に接近する機会を奪いました。しかしそれと同時に、私と杜陽どのが真相を探り当てたことを、姫さまと翠薫どのは知ってしまいました。おそらくは姫さまに命じられて、すぐにでも翠薫どのが我々の口封じに来るでしょう」

 楽斉の言葉におかしな部分を発見して、杜陽は眉をひそめた。

「何で始末される対象に、おれも入ってるんだ」

「杜陽どのも、真相に気づいていたのではありませんか」

 楽斉の透きとおった目で見つめられて、杜陽は言葉に詰まった。

 そうだ。杜陽はそれを認めざるを得なかった。本当は、ずっと前から恐ろしい真相を悟っていたのだ。金魚の夜の、最初の殺人のときからずっと。

 蕭夫人の死体が発見される直前、帝のテントに駆けつけた翠薫が髪につけていたのは、滴るように赤く染まった花だった。江南の商店街を模した通りの橋の上で、踊っている翠薫に杜陽があげた花は、白かったのに。

「——あなたがただけには気づかれたくありませんでした」

 不意に澄んだ女の声がして、月光の庭に影が差した。ぼんやりとした廂の下の闇から、翠薫が現れる。腕に薄い布を掛けている。

 杜陽は思わず身構えた。楽斉は、平常のごとく力を抜いた姿勢である。

 冷たい月の光の下の翠薫からは、ここ最近の自信なさげな面持ちが消えていた。傾いた器に張られた水のような、奇妙な静けさが彼女を覆っている。翠薫の細く開いた唇から、かそけき白い息が漏れた。

「母君を失って以来姫さまは、皇帝と妃たちにどうやって復讐しようかとばかり思いをめぐらせておられました。〈花嫁〉が永安にやってきて、宮廷に害をなすようになると、姫さまはわたしと志和さまに計画をお話しになりました。そして、わたしに初めて暗殺をお命じになったのです」

「妃殺しもそうだが、帝の命を狙うなんて、ばれたら拷問されて、簡単には死なせてもらえないんだぞ。わかってただろ」

 杜陽が声を荒げると、翠薫はきっぱりと言った。

「姫さまの望みを叶えて差し上げることが、臣下たるわたしの務めです。けれど、わたしは失敗しました。帝を暗殺し損ねたうえに、あなたがたに真実を看破されてしまいました」

「だからおれたちを殺して、口を封じようって腹なのか」

 意外にも、踊り子の娘はふるふると首を振った。

「いいえ、わたしはただ、お別れを言いに来たのです」

 そう翠薫はささやくように言って、腕に掛けていた薄い布をしゅるしゅると広げた。

「それは、芳樹仙の羽衣じゃないか」

 神仙の羽衣は、夜空から降り注ぐ月光を受けて、金粉を振りまいたような淡い光を放った。

「この衣をただの人間が着ると、その人がその人であることを成り立たせている記憶が消えてしまうと、芳樹仙さまはおっしゃいましたね。その人がその人であることを成り立たせている記憶は、当人だけが持つものではありません。わたしが羽衣を着れば、周りの人の記憶からもわたしが消えるのです」

 そこまで聞いて、杜陽にも翠薫のやろうとしていることが飲み込めた。

「翠薫が殺人を犯したことだけじゃない、そもそもおれたちが、翠薫に出会ったことさえなかったことにしようっていうのか!」

 握った拳を震わせる杜陽と対象的に、楽斉は冷静にあらを突く。

「我々の記憶から、翠薫どのの存在が残らず消え去ったとしても、一連の事件の首謀者が六花さまであるということは忘れません。姫さまを守ろうとする、あなたのその行動は無意味です」

「姫さまが犯人であるという記憶だけが残っても、姫さまには自分で暗殺を実行することができません。いくら調べても、姫さまがどうやって妃を手にかけたのか、答えを見つけ出すことはできないでしょう。結果としてあなたがたは、すべて〈花嫁〉がやったことだと納得せざるを得なくなります」

 若い僧侶は口をつぐんだ。翠薫が微笑む。

「完全な犯罪でしょう?」

 杜陽が、わなわなと肩を震わせた。

「完全なんかじゃねえよ。翠薫のことを誰もが忘れちまうっていうのに、何が完全なもんか! 翠薫一人が苦しい思いをするなんて、おれには許せねえ」

「その苦しみも悲しみも、皆忘れてしまうのですよ。わたしは自分をなくしてしまうのですから」

「そんなひどいことを、あの姫君が命令したっていうのか?」

「いいえ、わたしが自分で決めたのです」

 杜陽は、かっとなって怒鳴った。

「自分の罪をかばってくれた人がいたことすら、あの姫君は忘れるんだぞ!」

「かまいません。姫さまさえ、これまでと同じ暮らしを続けられるのでしたら」

 ことも無げに言って、翠薫は付け加えた。

「——それにわたしは、杜陽さまと楽斉さまの正しくて温かい心の中に、罪人として生きていたくないのです」

「おれたちの頭の中を勝手にいじるなよ! 翠薫の舞を一目見たとき、泥沼に沈んでた心にぱっと光が満ちて、羽みたいに軽くなる気がしたんだ。その記憶まで、消さないでくれ」

 杜陽の言葉を聞いて、初めて翠薫の淡い笑みがゆがんだ。一度壊れてしまうと、業火の前に置かれた氷の彫刻のようにみるみる崩れていくその表情に、かえって杜陽が動揺したほどだった。

「髪に差した花さえ目に触れなければ、杜陽さまにまで気づかれることはなかったのに。けれど、あなたからもらったあの花を捨てることは、どうしてもできなかったのです。血にまみれても、萎れてしまっても、あれはわたしの踊りに対する、真心からの報酬だったのですから……」

 翠薫は、握り合わせた手を胸に垂れた首飾りの上に置いて、身を絞るように叫んだ。

「どうか、わたしの愚かな行動を許してください。わたしのことなど、忘れてしまってください。この身の罪を消し去るには、これしか方法がないのです。お願いです。あなたがたの中に生きているわたしを、殺してしまってください……!」

 娘を取り押さえようとするも、杜陽と楽斉は迂闊に動くことができない。

 羽衣を肩に掛けようとして、翠薫はふと動作を止めた。

 大きな緑の瞳が、杜陽と楽斉を越えて遠くを見やる。

「自分が誰だかわからなくなる前に、姫さまに一つだけお尋ねしたいことがありました。姫さまはわたしを、最初から暗殺者として求めたのでしょうか。それとも、本当にわたしの踊りに喜んだから、お側に置こうとしてくださったのでしょうか。もし、ほんの少しでも、わたしの踊りを必要としてくださったのなら、どんなに嬉しかったか……」

 翠薫の腕が、さっと動いた。杜陽と楽斉が娘を止める機会は、永遠に失われた。

 霜の花が咲いたようにきらきらと輝く羽衣が、ふわりと娘の背を覆わんとする。

「ばか、それは偽物だ。天衣無縫というだろう? よく見てみろ、本物の羽衣なら、一つもないはずの縫い目がある」

「え?」

 急に飛んできた声に、翠薫は思わず従った。羽衣が娘の肩をひらりとかすめ、背を完全に隠しきる前に、再び翠薫の腕の中に戻る。

 その機を逃さず楽斉が素早く動いて、羽衣を奪い取った。

楽斉から受け取って杜陽が確かめてみると、羽衣には一つの縫い目もなかった。

 うろたえた緑の瞳が、声の主を捉えた。

「姫さま、どうしてここに」

 白い寝間着姿の六花が、渡り廊下に裸足で立っていた。

 幼い姫君は、不機嫌そうに庭を見下ろす。

「念のため、寝る前に明日持っていくものを一つひとつ確かめていたら、羽衣が消えていたのだ。遠出前日の持ち物確認は、やはり怠ってはならぬな」

 六花は、泣き出しそうな顔の翠薫と視線を合わせて、「ばか」ともう一度叱る。

「〈花嫁〉との決戦は明日だというのに、主人を放り出す臣下があるか」

「……申し訳ありません」

 翠薫は顔を伏せ、凍れる庭に膝をついた。楽斉が、渡り廊下のほうへ一歩前に出る。

「六花さま、どうか妃たちを殺した罪をお認めになってください」

「罪だと? 余のしたことは罪などではない。単なる害虫駆除だ」

 六花の声音に隠すことなく表れた憎悪の深さに、杜陽は肌が粟立った。まるで、底なし沼に足を取られたようだ。

「帝の寵愛を独占する母上を妬んだ奴らは、執拗に余の命を狙った。たった一人の子供である余を亡き者にすることで、母上を苦しめるためだ。害虫どもは、刺客を余のためにこそやとえど、母上には直接手を出さなかった。母上は、余を守るために自ら命を絶ったのだ」

 六花は、ぎり、と奥歯を噛み締めた。

「余の腕に倒れる母上の体の重さも、この衣に染みてくる血の温かさも、すべて覚えている。覚えているぞ。母上が死んでから、憎しみを糧に余は強くなった。余から母上を奪った害虫どもをたやすく潰せるほど、強くなったのだ」

「ですが、それはもはや遅かった。幼いときに母上を守れなかったご自分を、責めておられるのですね」

 静かに言葉を紡ぐ楽斉を、六花は無表情な目で見た。

「ばかなことを言うな。余は満足しているのだ。妃たちはみんな、犬のように死んだ。帝に関しては、おぬしの邪魔立てのせいで失敗したが、気が変わった。奴には、これまでの人生で打ち立てた栄光を剥ぎ取られながら老いさらばえていくのが似合いだ」

 幼い殺人者は、冷ややかに笑った。

 杜陽は、この高貴な大罪人の心の闇を救ってやれる者が、はたしているのだろうかと自問した。

 雪まじりの激しい嵐が吹き荒れる、巨大で真っ暗な虚ろ。そこを一人歩む幼い旅人は、確かに道をたどっているのに、その先にたどり着きたかった場所は、もうとっくにこの世にないのだ。姫君の心を救ってやれたただ一人の女性は、昔にもう死んでしまった。

 楽斉は、低い声で言った。

「私たちは、姫さまを告発したりはしません。真相は、死ぬまで外に漏らしません」

 それから楽斉は、霜の降りた庭に膝をついてうなだれたままの翠薫に歩み寄った。

「あなたが妃たちを殺したことを知ったからといって、私の中のあなたが、殺人者としてすべて黒く塗りつぶされてしまうということはありませんよ。あなたの核となる部分は、そこではないと思うからです。木の幹から枝が出て葉が茂るように、あなたの核からはさまざまな面が開いています。数ある葉の中には、陽の光が届かないものもあるでしょう。しかし、私の知るあなたの幹は、太陽に向かって伸びているように見えますよ」

 翠薫は顔を上げた。見開かれた緑の瞳が、潤んで美しく輝く。

「楽斉さま……、ありがとう、ございます」

「あの料亭の二階で、初めておぬしの舞を見たとき、おぬしが暗殺者であることを、余は知らなかったぞ」

「え?」

 六花は、そっぽを向いて言った。

「腕のいい暗殺者というだけなら、別にお前でなくても、余はほかにいくらでも雇うことができたということだ」

「姫さま」

 翠薫は破顔した。

「はあっくしゅ!」

 六花が大きなくしゃみをして、薄い寝間着の腕を抱いた。翠薫は微笑み、すらりと立ち上がると、自分の上着を脱いで、幼い主人に着せかけた。

「そんな格好ではお風邪を召されますよ。さあ、館に戻りましょう。明日は早うございます」

 六花は、鳥の雛のようにぶるぶる震えながら、うむ、と偉そうに頷いた。

 月は虹色の光の輪をまとい、空は紺青に晴れ渡っていた。雪に覆われた庭のどこかで、せんせんと温泉の湧き出す音が聞こえていた。


第七章 魔城の天辺 に続く

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