1.出港

 地球船籍の貨物船、アルシア3号は今、土星の近く停泊していて、燃料や食料などを補給している。火星にあるアルシア山にちなんだ名前を持つこの船は、インスパイア社の数あるコンテナ式宇宙貨物船のひとつで、三島型みしまがたという形をしている。



 これは3つの構造物を串刺しにした様な構造で現在の地球の貨物船では最もよく見られる構造である。一番前の円錐型の構造物に通信機器、ワープに必要な装置そして、宇宙船を守るシールド搭載されていて、後ろのパラソルの様な構造物に発電機やメインエンジン、その他関連機器が収められいる。 



 そして、真ん中の円盤が居住用のスペースでエアロックや非常用の食料や脱出装置も付いている。それらをつなぐのがコアで、太いパイプ状になっているので、中には通路も設置されている。また、船のなかで最も安全だと言われているのでコンピューターやブラックボックスが設置されていて、簡易的な避難所もある。



 構造物と構造物の間はコアが剥き出しになっているが、通常はそれを取り囲むようにしてコンテナが1周、2周、3周と年輪のように固定されている。ちなみにこのコンテナ、実は顧客のものだけではなく、乗員の食料や追加の燃料が入っているものもあって、運用を柔軟にすることができる。



 船体はアルミニウム合金とカーボンファイバーでできている。



 船の燃料は、重水素と過酸化水素だが、推進剤として、キセノンも使う。また、水は大部分が再利用できるようになっていて、船内では、少量ながら、野菜や昆虫の栽培もできるようになっている。



 全長は470メートルあり、直径は30メートル程だ。船体がコアを中心にして回転し、人工的に重力を作り出しているので、乗員が快適に生活できるようになっている。ただ着陸を想定していない構造とこの大きさとのために、地球船籍と名乗りながら、地球には近づくことさえ困難だ。



 それと、なぜ、わざわざ人間を乗せるかと言うと不測の事態に対応するためと、無人船は法律で危険物などを輸送できないと決められているのでなにかと不便だからである。










 今、船は補給を終えて、次の航海にでようとしている。補給船が切り離され、みるみる遠ざかっていく。放熱パネルがバサバサと揺れて羽ばたく鳥を思わせた。  



 行先は惑星ドートの宇宙港、太陽系を出た後、1日かけて加速を続け、ワープが可能な速度に達する。ワープを使って1か月という短時間で目的地の近く到着し、安全性を考慮して2日かけて減速する。宇宙港で貨物の積み替えと補給を済ませた後、6つほどの中継地に寄り、半年程かけて太陽系に戻る予定だ。今回は特に危ないものを運ぶわけではないし、この乗務を終えれば、全員が地球に戻り半年間の休暇を楽しむことができる。悪い仕事ではないはずだ。




 ベテランのエドワード船長はモニター越しに太陽系を眺める。何度も見慣れた風景だが、毎回これを見るたびに「必ず、ここに戻ってこなければならない。」という気持ちにさせられる。 


 船長は指令を出す。メインエンジンの出力が上げられ、アルシア3号はぐんぐん加速する。








 船長が窓の外を、時々強力な懐中電灯で照らしながら注意深く観察し、操縦士ヨウコがディスプレイを覗いている。 


 船長が指紋認証を行い、ヨウコがニッケル合金でできた奇妙な形の彫刻のような鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。これで、ワープができる設定になる。


 「ワープ決心速度に到達。計器類に異常なし。」


 「よし、船外にも異常は無い。続行する。」




 振動が一層激しくなる。



 「ワープ可能速度に到達。」


 「ワープ空間に侵入。」



 船長は確認ボタンを押し、赤いレバーを引いた。





 長い旅はまだ始まったばかりだ......


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