第52話:冗談ですよ、もちろん
RAさん……いや瑠衣華が突然──
『まるでえんじぇるさんが彼にそのメッセージを渡してくれたみたいですね(笑)』
──なんてメッセージを書いたものだから、一匠の心臓は爆発するかと思うほど跳ね上がった。
『あ、冗談ですよ、もちろん(笑)』
『ああ、そうだね』
もちろん冗談だとわかっているが、それでも一匠の鼓動はまだドキドキして収まらない。
『あの……ところで、えんじぇるさん。これからも何かあれば、相談していいですか?』
これからも何かあれば相談──
一匠はこの一文をじっと見つめた。
そして返事を打つ。
『いや。これからは、できるだけ自分の力で解決しようよ』
『やっぱり……迷惑でしょうか?』
『そうじゃないよ。ホントに困ったことがあれば、いつでも相談してきてほしい。だけどRAさんは、もう既に素直に積極的に行動できるようになってる。だからこれからもそれを続けて、彼としっかりコミュニケーションを取れば、大抵のことは解決できると思うんだ』
『そうでしょうか……ちょっと自信がないです』
もしかして、瑠衣華はいきなり突き放されたように感じただろうかと、一匠は少し不安になる。
『大丈夫だよ。きっと彼も、RAさんに対して素直な気持ちで接しようと思ってる……はずだ』
一匠は、嘘偽りのない自分の想いをついつい書いてしまった。瑠衣華は、この言葉を信用してくれるだろうか?
『そうですね。彼の態度を見てると、私もそう思います』
RAさんの返事を見て、一匠はホッとした。
『でしょ? そうだと思ったよ』
『やっぱりえんじぇるさんって凄いです! 会ったこともない彼の気持ちまでわかるなんて』
一匠は一瞬ギクリとしたが、思わず苦笑いを浮かべる。
「……って言うか、本人だし」
そう呟きながらキーボードを打ち込む。
『まあ、なんとなくだけどね。そんな気がするんだ』
『わかりました。これからは、できるだけしっかりと、彼とコミュニケーションを取ります』
『うん、それがいいよ』
そんなやり取りをして、チャットを終えた。
もしかしたらこれが、RAさんとえんじぇるとの最後のチャットになるのかもしれない。
そう思うと、一匠は寂しいような、役目を果たしてホッとしたような、複雑な気分に包まれた。
◆◇◆◇◆
翌朝。登校すると既に瑠衣華は来ていた。
「おはよう瑠衣華」
「あ、おはよーいっしょー君」
ニコリと微笑む瑠衣華。
改めて付き合うことになり、そして周りに聞こえないよう小声ではあるが、教室内で名前呼びをする。それがこんなに恥ずかしくも、甘酸っぱい感情を溢れさせるとは。
中学の時は瑠衣華の方から告白して、一匠としてはなんとなく付き合い出したから、こんな気持ちにはならなかった。
瑠衣華も頬をポッと赤らめて、モジモジしている。同じような気持ちになっているのだろうか。
「白井君、おはようございます」
「あ、青島さん、おはよう」
「ん……?」
「えっ? どうかした?」
「あ、いえ。なんでも……」
(青島さんは鋭いから、何か感じたのかな?)
一匠は理緒の顔を見て、ちょっと複雑な気持ちになる。
理緒は一匠に、好意的に接していると明言してくれた。人として尊敬していると言ってくれた。
しかし一匠は瑠衣華と付き合うことを選んだ。
理緒は瑠衣華が一匠のことを好きだとわかっていたし、そのことをわざわざ一匠に言った時の態度を見ると、一匠を異性として好きというまでではないことはわかる。
それでもやっぱり、理緒が好意的に接してくれたことを思うと、少し罪悪感というか……瑠衣華とのことは、理緒には少し言い出しにくい。
(いや。青島さんには、瑠衣華のことをはタイミングを見て、ちゃんと伝えるべきだな)
一匠はそう思って、チラリと理緒の横顔を見る。
しかし理緒は、その後は特に何も言うことはなく、いつものような一日が始まった。
そして──昼休みを迎えた。
一匠は瑠衣華とアイコンタクトをして、さり気なく教室を出た。
中庭に着くと、そこには何組かのカップルがベンチに座ってる。
(うわっ……カップルだらけだ。ちょっと恥ずかしいな)
瑠衣華も周りを恥ずかしそうにキョロキョロ見てから、空いているベンチを指差した。
「あっ、あそこ座ろっか」
「お、おう」
二人並んでベンチに座り、弁当を膝の上に広げた。
一匠がふと気づくと、瑠衣華はピトっとくっつくように隣に座っている。肩が触れ合っている。
弁当を箸で口に運ぶ度に肩が当たり、なんだかドキドキする。瑠衣華は平気なのかと、一匠は横目で彼女の顔を見た。
瑠衣華は頬を赤らめて、無言で弁当を食べてるではないか。やっぱり瑠衣華も恥ずかしいようだ。
「あ、あのさ、瑠衣華……」
「ん? ……なに?」
「美味しいね、弁当」
「うん……いつもより美味しい」
いつもより、いいオカズが入ってるのだろうか?
なんてことを思い浮かべる一匠。
「い、いっしょー君と一緒に食べると、なんでこんなに美味しいんだろね?」
(あ……。そういうことか。バカだな俺)
そう言えば、一匠自身も今日の弁当はいつもよりも旨いことに気づく。
「そうだね。俺も、瑠衣華と一緒に食べると弁当が旨い」
──なんだろ、この感じ。
中学で付き合ってた1ヶ月では、こんな感情になることはなかった。
あの時は女の子と付き合うということだけで、なんだか満足してた気もする。
お互いに素直な気持ちを表現して、お互いのことをわかり合う。そして二人の絆が深まっていく。
それが本当の意味で、付き合うということなのではないか。
一匠はそんな気がしたし、これからは瑠衣華とそんな付き合いができるような気がする。
ふと瑠衣華の顔を見ると、彼女も一匠を見つめていた。一匠と目が合って、瑠衣華は慌ててまた弁当に顔を向ける。
その頬も耳たぶもうなじも真っ赤だ。
かなり照れている様子。
そんな瑠衣華の様子が、とても可愛く見えた。
一匠は瑠衣華の姿を見ているだけで、心臓の鼓動が高まる。
そしてじんわりと、胸の奥に幸せな気分が広がるのを感じた。
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