第50回 『分裂』

50-1

 ありえねぇ。マジでありえねぇ……

 頭を抱えながら下を向き、再度顔を上げる――これは実は夢なのではないかと期待してのものだ。


「紹介します。うちのクラスの『池場谷戒』くんの、ご兄弟たちです」


 だがその期待は呆気なく裏切られ、俺の眼前ではもはや悪い冗談としか思えない光景が、現実のものとなっていた。



「……池場谷『カイジ』だ」

 いや無愛想過ぎんだろ! それよりなんだそのどっかのギャンブル漫画みたいな名前は!?


「池場谷『カイゾウ』です……よろしくお願いします」

 猫被ってんじゃねぇぞオイ! あとなんだその後発作品で『絶望した!!』とか言い出しそうな名前は!?


「フッ……我が名は池場谷『カイシロウ』。この身に雷神を纏いし異能者である!!」

 頼むから恥晒すんじゃねぇよ! てかなんだその胸に七つの傷を持つ暗殺拳の使い手みたいな名前は!?


「おっす、おれは池場谷『カイゴ』! よろしく頼むぜ、みんな?」

 馴れ馴れしすぎだろ! つーかなんだその日本の社会福祉問題みたいな名前は!?



「……先ほども言った通り、彼らはそこの池場谷『カイ』くんのご兄弟です。家庭の事情で生き別れとなっていた一卵性の五つ子で、みんな最近それぞれの存在を知ったらしく、折角再会できたのだからと一緒の学校に通いたいという5人の想いを汲み、特例として全員同じクラスとなることが認められてこのような次第となりました」 

 4人が自己紹介を終えると、サヤ姉が先ほど親父と話して決めた『事情』を無感動に読み上げる……平静を装ってはいるが、今回ばかりは流石のサヤ姉もだいぶ困惑しているようだった。



「ど、どういうことなのですか? これは」

「さ、さあ……」

「……」

 ハナと松島さんは、目を泳がせながらひそひそと何かを話している。天橋も無言ではあるが驚きの色は隠せておらず、みんな困惑しきっているようだった。

 まあ当然の反応だよなぁ。当の俺たちも完全についていけてねぇんだから……

 


 ――ことの始まりは数十分ほど前に遡る。

「丁度いいって……どういうことだよ? フリー出し物の参加者に心辺りでもあるってのか?」

 件の爆破予告状に記されていた『所定の条件』のうちの一つであるフリー出し物の参加者について頭を悩ませる中で発された親父の発言に聞き返す。


「ああ。だって、5人だろ?」

「何言ってんだよ? そりゃあ人格は五つだけど……」

 だが親父の返答はイマイチ要領を得ない。そもそも俺たちの体は一つしかないのだ。いくら人格が五つあるからといって、5人に数えるなんて話にはなる筈もない。


「ああ、そうか。まだ細かい話をしてなかったな。丁度いい。このまま例のブツの説明に移るぞ」

「へ?」

 だが親父はそんな俺を意に介さず、部屋の中にある五つの段ボール箱の方を見て、何やら語り始める。


「ま、とりあえずその箱に入っているものを出しな」

「なんだってんだよ……」

 そうして言われるがまま、段ボール箱を開けると――

 

「……なんだこりゃ? 人形?」

 中に入っていたのは、やけに精巧な小型の人形だった。



「ただの人形じゃないぞ。そいつらの名前は『repli-kaiレプリ-カイ君』1号~5号……お前たちのだ」 

「新しい……体?」

 親父の言う言葉に全くついていけず、呆けた様に繰り返す……それって、一体?



「まあ口で説明するよりやってみた方が早い。ちょっとお前らがつけてるアクセサリーを外して、こいつらに取り付けてみろ」

「ったく、なんなんだよホント……」


 カチャカチャカチャカチャカチャ


 愚痴を零しながら親父の指示に従い、五つの人形それぞれにアクセサリーを取り付ける。


「できたぞ。次はどうすりゃいいんだ?」

「この薬を飲んでみな」

 作業を終えて次の指示を仰ぐと、今度は何やら怪しげな薬を手渡された。


「……」

「別に危ないもんじゃねぇ。いいから飲んでみな」

「本当に大丈夫なんだろうな……?」

「ああ」

 見るからに怪しさ満点なその薬に不安を抱きながらも、それを手にし――


「くそっ……どうにでもなれ!」

 意を決し、勢いよくそれを飲み干した。


「……あれ、なんだ?」

 すると、ほどなく視界がおぼろげになり……そこで俺の意識は、一度途絶えた。

 



「ん……」

 ――そうして不意に目が覚める。

 そうだ、俺はさっきの薬を飲んで…… 


「なんだ? 俺、寝てたのか?」

「なんだよ、オレ寝ちまってたのか?」

「む……? 僕は寝ていたのか?」

「ぬ? 我は寝ていたのか?」

「おろ? おれ、寝てたのか?」

 そこへ、5人の声がに響く。


「「「「「って、え?」」」」」

 に違和感を覚え、一堂に顔を見合わせる……って待てよおい! って――



「「「「「えぇぇぇぇぇ~~~~~!?」」」」」

 揃って大声を上げる――眼前には、カイ議室でもないというのに他人格あいつらが勢揃いしている。

 それはつまり……それぞれの人格が、別々の体として存在していることを示していた。



「な、ななな、どうなってんだよ、これ!?」

「……何がどうなってんだ? 全く頭がついていかねぇんだが」

「まさか……こうくるとはな」

「おお、貴様ら愚鈍共か? どいつもこいつもアホ面ばかりだな、ガハハ!」

「ほぉ~、そういうことかよ」

 5人それぞれがリアクションを示す――なんというか、各自の性格がよく出ている。


「ま、そういうことだ。お前たちそれぞれの人格を、さっきの人形にのさ」

 事情を理解したらしい『乖』と『魁』の言葉に応えるように、親父が解説を始める……どうも理屈はわからないが、そういうことらしい。


「じゃあ元の体は……」

「そ、こうやってお休みモードってわけだ」

 戸惑いながら辺りを見回す中、親父に声をかけられ視線を止める――意識が途切れる前に立っていたその位置には、見慣れた自分の体が倒れ込んでいる……どうやら気を失っているようだ。


「だが、コイツをこうすると……!」

 親父の手には、どこから出したのかピコピコハンマーようなものが握られている。抜け殻のようになった元の体にそれが降り降ろされると―― 


「「「「「いでっっっっっ!!!!!」」」」」

 頭に衝撃を感じ、声を上げた。

 


「ってぇなぁ。なにすんだよ……って、あれ?」

 頭を押さえながら顔を上げる――すると、さっきと微妙に視界の位置が異なっていることに気が付く。

「……他の4人は?」

 そして同時に、他人格あいつらの姿が視界から消えたことに気が付いた。



「(ここだ。どうやらようだな)」

「……ショックを与えると戻る的なやつか?」

 頭の中に『乖』の声が響き、状況を理解する――どうやら人格を移している間は『本体』は眠りについており、そこへ何かしらの衝撃が与えられると、強制的に元に戻されるようだ。



「ご名答だ。この人形はお前達の『心石』に共鳴することで、人格を乗り移らせることができてだな……さっきみたいに『本体』の意識を眠らせている間、五つの人格それぞれが個別に行動できるようになるっていう、トンデモない代物よ。ちなみにさっきの薬は軽い睡眠薬な。本体が意識を失っていりゃ、経緯は問わねえ」

「マジかよ……」

 半分呆けながら解説に聞き入る――ほんとトンデモねぇな。どんな理屈だよ?


「……というわけで、これでだ。下手に事情を知らない人間を巻き込むより、よっぽどやりやすいだろ?」

「……」

 確かにこれで5人。

 フリー出し物の参加条件は、こうして満たされることとなった。

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