第2回 『松島月』
2-1
「『おれ達』にもいるんだよ。『約束の子』が」
「で、今からだいたい一年後……おれ達は一つの人格に『統合』されるらしい」
「『主人格』として生き残るための条件はただ一つ。『五人の中で、この世に最も強く自身の存在を刻み付ける』ことだそうだ」
「ま、つまりおれ達は生き残りを懸けて争うライバルってことだ。よろしく頼むぜ? 兄弟」
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「はぁ、はぁ……」
絶叫とともに、俺は目を覚ました。
「夢……じゃねえんだよな」
脳裏には未だ、昨日のロクでもない記憶がこびりついている。
「くそっ、勘弁してくれよ……」
『多重人格』——いきなりそんなことを言われても、そう簡単に信じられる筈もなかった。
「ちょっと兄さん! うるさいですよ!」
叫び声が迷惑だったのか、怒鳴り気味にサトルが部屋へ入り込んできた。
「あ、ああ。すまん」
「まったくもう……それより兄さん、起きたならちょっと玄関まで来てください。兄さんにお客さんですよ」
咄嗟に謝る俺を呆れた様子で見降ろした後、サトルは来客の旨を告げる。
「俺に……? 誰だろう?」
そう言いながら俺は、玄関へと向かった。
カンカンカン!
しかし先程からやたらと外がうるさい——お隣さん工事とかしてたっけ?
「カイ様! おはようございます!」
「へっ?」
玄関で満面の笑みと共に俺を迎えてくれたのは、昨日空から降ってきた女の子だった。
「き、君は……」
「はい! 貴方の許嫁、松島月ですわ!」
そう言うと、松島さんは間髪入れず俺に抱きついてきた。
「ど、どうしてここに……?」
「まあ、なにを言ってらっしゃるのですか。漸くカイ様のいる日本に住めるようになったのです。ならば居を共にするのは当然ではありませんか!」
「へっ?」
困惑する俺をよそに、松島さんは平気な顔をしてとんでもないことを言いだした。
「……なに? 君、うちに住む気なの?」
「あらあらご冗談を。もちろん本音を言えばそうしたいのはやまやまなのですが……カイ様のご都合もありますのに、そんな一方的なことはできないでしょう?」
「そ、そうだよな。ハハハ……」
よかった。どうやらそこまで常識のない子ではなかったようだ。
「ですから……」
と、安堵したのも束の間——
「わたくし達の未来の新居を、この家の隣に新築させて頂きましたわ!」
「へっ?」
連れて行かれるがまま玄関を出ると、そこには昨日まであったお隣さんの家ではなく、巨大な豪邸が姿を現していた。
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ!」
——こうして、俺の春休み初日は幕を開けたのだった。
「で……なんでこんなところに?」
朝の騒動から約一時間後——俺は近所の公園を松島さんと共に歩いていた。もちろん最初は断ったが、彼女の従者らしき人たちに有無を言わさず車に連れ込まれた……完全な拉致である。
「あら、カイ様。何をおかしなことを……わたくし達は許嫁同士ですもの。こうして休日を共に過ごすのは当然のことでしょう?」
……もはや何が当然なのか、俺にはわからなかった。
「つーかありえねぇだろ。うちの隣数世帯分をごっそり立ち退きさせるなんて……」
どうやら彼女は俺の家の隣に家を建てるために、近隣住民に大金を払って急遽立ち退きを要求したらしい。私物でヘリ持ってるくらいだし、金持ちだろうとは思ったが、話を聞くとどうやら彼女は世界でも有名な『松島財団』の一人娘らしい。金持ちどころか超セレブじゃねぇか……
「あら、皆さま快くご承諾頂きましたわよ?」
……いや、そういう問題じゃねえだろ。
「でもいくら金貰ったからって、元々住んでた人達からしたら迷惑極まりないだろ……」
余りの傍若無人ぶりを見かねた俺は、強くは言わないもののやんわりと彼女を批判する。
「ええ、そうでしょうね。横暴だと非難されても仕方ないと思います」
「え……」
だがそんな俺に対して彼女が返してきた言葉は、少々想定外のものだった。
「『使えるものは、なんでも使え』……我が松島財団の創始者である、先祖の教えですわ。確かにわたくしのやり方は少々強引かもしれません。でもそうしてでも、わたくしはカイ様の傍に居たかったのです。『それ』が叶うのでしたら、近隣の苦情ぐらいお安いことですわ」
松島さんは自身の身勝手さを十分に自覚していた。その上で——恥じることなくそう言い切った。
「松島さん……」
「ふふっ。これでわたくしが真剣だということ、分かって頂けましたか?」
「……」
思わず俺は黙りこむ
……まあ、こうハッキリ言われたらそこについては認めるしかないよなぁ。
「あっ、ごめんなさい。わたくしちょっとお手洗いに行って参りますわ。申し訳ありませんが少しお待ち頂けます?」
「あ、ああ」
「……逃げないでくださいね?」
「わかってるよ!」
自分で言って照れてしまったのか、若干顔を赤くしながら松島さんは駆け出して行った。
「参ったな。本当に覚えてないんだよな……」
どうやら彼女は冗談でうちの隣に越してきたわけではないらしい。ああまで言ってくる彼女の想いには、真剣に応える必要があると思う。
だが生憎、俺に彼女の言うような記憶は全くなかった。
「待てよ、もしかして……?」
記憶を思い返しながら、俺が一つの可能性に至ったその時だった。
「池場谷くん……?」
「天橋!?」
——なぜか、天橋と出くわした。
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