1-3
「なんでこんなことに……」
——いきなり中庭に連れてこられた少女は、困惑しきっていた。
「というか、周りの目がどうとかいいながら完全に晒し者じゃない……」
周囲は校内一のモテ男として評判の男子と、学園のアイドルとされる女子のカップル誕生を今か今かと見守る野次馬たちで一杯である。
だがそんなつもりは全くない彼女からすれば、今の状況は迷惑極まりないものだった。
「あの、すみません。ちょっとこんな場所では……」
「ハハハ、有名人は辛いね。人知れずの逢瀬も皆の注目を奪わずにはいられないようだ」
「あの、だから……」
「天橋雪さん。僕とお付き合いしましょう」
「え……」
「僕はずっと探していたんだ。僕に相応しい女性を……君が入学して間もない頃から、僕はずっと君を見ていた」
「あの……」
「この一年間、君を見てわかったよ。君の美貌・成績・生活態度……全て合格だ! 君こそが僕の隣に立つに相応しい!」
「あの……」
「さあ、僕たちが歩くこの先の輝かしい未来を、共に進んでいこうじゃないか!」
——そんな歯の浮くセリフによる告白劇が、多く生徒の見守る中繰り広げられていた。
「なんだあいつ……まるで自分の眼鏡に敵ったから彼女にしてやるみたいな言い草じゃねえか。気に食わねえ」
「そう思うなら助けにいってやったらどうだ? 天橋のヤツ喜ぶぜ、きっと」
「……」
弄杉先輩に好意を告げられ困っている天橋を、俺は成す術もなく二階から見ている。
——なんだよ。これじゃあ俺も、周囲の野次馬連中と何も変わらねえじゃねえか。
「——ごめんなさい」
「は?」
「あの、ごめんなさい……わたし、あなたとは付き合えません」
「なんだって……?」
「その、気持ちは有難いんですけど……わたし、他に好きな人がいるんです! だからごめんなさい!」
……天橋から出てきた答えは、『NO』だった。安堵すると同時に、別の衝撃が俺を襲う。
えっ? 天橋、好きな奴いるの? と、俺が混乱し始めたその時だった。
「……ふざけんなよ?」
「えっ……?」
「この俺の女にしてやるって言ってんだ。良いから黙って俺のモンになれってんだよ!」
「ちょっと、何を……!」
交際の申し込みを断られた弄杉先輩が突如逆上し、天橋の腕を乱暴に掴み上げた。
アイツ……振られたと思ったら八つ当たりかよ!
「おい、あれまずいんじゃ!」
「誰か助けてやれよ!」
周囲の生徒がどよめき始め、乱暴されそうな天橋を助けようとする空気が流れ始めた。
「おっと、そうはいかないぜ」
「坊ちゃんの邪魔はさせねーぞゴラァ!」
「げ! なんだあのガラの悪い連中は!?」
だが助けに入ろうとする男子生徒たちの前に、突如としてガラの悪い男の集団が現われ、その邪魔をする。どうやら弄杉の取り巻きらしい……ていうか今時あんな時代錯誤なヤンキーが存在するのかよ!
「いや! 離してください!」
腕を掴まれ抵抗しようとする天橋だが、男女の腕力の差は如何ともし難く、振りほどくことができない。あの野郎、天橋になんてことを!
「ちょっと、あれ、やばくない?」
「このままじゃ天橋さん……」
周囲の生徒が何か言っている。だが既に俺にはそんなことはどうでもよかった。
天橋が……俺の好きな子が、危ない目に遭わされようとしている。そう思った次の瞬間、俺の『理性』は完全にブッ壊れていたのだから。
「お、おい、戒!」
律が制止をかけるが知らない。そんなものは、知らない。
「やめ、ろぉぉぉぉぉ!」
「ん? なん……だぁぁぁぁ!?」
そうして気が付くと俺は二階から飛び降り、落下していくそのままの勢いに、天橋の腕を掴む弄杉をぶん殴っていた。
「池場谷……くん」
「先輩……いくらなんでもみっともなくないすか? 振られたからって、女の子に手を上げようとするなんて」
「くっ……! なんなんだよ、お前は!」
突如現れた
「俺っすか? 只の彼女のクラスメイトっすよ」
そう言って俺は、天橋に乱暴しようとした敵を睨み返した。
「ふざけんな! 恥をかかせやがって……おいお前ら! こいつをやってしまえ!」
「あいよ!」
——と、俺が粋がっていられたのもここまでだった。
威勢よく出てきたはいいものの、そもそもこのヤンキー達に勝てる見込みなど、まったくなかったのだから。
「がはっ!」
「池場谷くん!」
いきなりヤンキーに殴られる俺を見て、天橋が悲鳴を挙げる。
くそっ、ダメじゃねえか俺! カッコつけて出てきたくせに、逆に天橋に心配かけてどうすんだよ!?
「悪く思うなよクソガキ、これであの坊ちゃんから金貰えるんでな」
「ごはっ!」
「おらぁ!」
「げほっ!」
殴られる。そしてまた殴られる……すごく痛い。
「池場谷くん!」
ああ、やばい。意識が朦朧としてきた。俺、死ぬかも……
「お願い! もうやめて! それ以上は!」
そうして天橋が声を上げようとした次の瞬間だった。
「なにをやっていらっしゃるんですか! カイさまぁぁぁぁ!」
——突如校内全体に、スピーカーにより増幅された特大の叫び声が響いた。
「えっ、何? 今の……」
——叫び声に周囲の連中が呆気を取られているが、『オレ』には今の声が誰のモノか、ハッキリと分かる。間違いない、あの金切り声は『アイツ』のモノだ。
「あぁん、何だ今の声は? うっせえな……うぼぁ!」
「ったく、『ルナ』のヤツ……相変わらずうるせえ女だぜ」
呼び声により目を覚ました『オレ』は、とりあえず目の前にいた邪魔くせえヤンキーをブッ飛ばした。
「さてと……『オレの体』を虐めてくれたのはテメェらか? よくもやりたい放題やってくれたなぁ」
「な、なんだアイツ……一発でまさやんを」
「オイ、お前らの中で一番強い奴はどいつだ?」
首を鳴らしながら辺りを見回すが、どいつも大したことはない。ただ喧嘩慣れしているに過ぎない、粋がっているだけの連中だ。
「なにぃ……」
「ブッ飛ばしてやるから出てこいよ。勝てる自信がないならまとめてかかってきてもいいぜ」
別に全員ブッ飛ばしても構わないが、弱い者虐めは趣味じゃねぇ。頭を潰せばこのテの奴らは恐れをなして逃げ出す場合がほとんどだ。ならそれで済ませた方が楽だろう。
「おう兄ちゃん、ずいぶんと舐めた口利いてくれるなあ」
「テメェが一番強いのか」
「おうよ。俺に喧嘩を売ったこと、後悔させてや……!」
そう言って男が殴りかかろうとした瞬間だった。
「うぶぉ!」
ドスゥゥゥン!
オレの突き出した拳で男は吹き飛び、取り巻きのヤンキーたちを巻き添えにして完全に伸びていた。
「さあ、雇い主はお前か?」
「ひっ……」
ヤンキーどもの雇い主らしきボンボンの方を見ると、そいつは今にもションベンちびりそうな様子で、怯え切っている。
「これに懲りたら金輪際その女に近づくんじゃねえぞ。二度目があったら、マジでぶっ殺すからな」
「ヒィィィィ!」
少し睨みつけると、ボンボンは怯え切った様子で逃げ出していった……ったく、この程度の脅しであの醜態か。歯応えがなさ過ぎんだっつーの。
「あ~あ、暴れ足りねえなぁ……」
背伸びしながら辺りを見回す——そうしてオレは初めてあることに気が付いた。
周囲の連中が完全にドン引きしている……どうやらやり過ぎたらしい。
「さて、どうしたもんか……」
一応自分がやったことである以上、落とし前をどうつけるべきか考えてはみた。
「……めんどくせぇな」
だが十秒ほどで考えるのをやめた。
——この状況は元はと言えば『戒』が招いたものだ。『オレ』はソレを助けてやったに過ぎない。だから後始末はアイツの仕事だ。ということでオレは悪くない。それにさっきの声……どうやら『あの女』が近くに来てるみたいだし、ともかくめんどくせぇ。
「よし。後は任せたぜ、『戒』」
そう呟くとオレは意識を消し、『戒』に後をぶん投げ……じゃない、後を託した。
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