第195話 かんき

 魔王ギルの攻撃により魔王城の城門壁にめり込んだ大豪院だが、ガードが間に合ったおかげで大きなダメージは負ってはいない様だった。

 

 ただ大豪院自身はともかく、その衣服は魔王と戦うために作られてはいない。城門に叩きつけられた衝撃で大豪院の着ていた学生服に似せたタイトなコートとインナーは爆ぜ、下半身のチノパンも膝から下が弾け飛んでいた。

 対する魔王ギルは元よりビキニパンツ1枚という『背中が冷蔵庫!』なボディビルダーも真っ青なスタイル。


 共に上半身裸の筋骨隆々とした2人の巨漢バトルは、ギルの不意打ちから始まり、今ギルは城門に体を半分埋めた大豪院に向けて力の限りのラッシュを叩き込んでいる。

 ギルの攻撃は前回の様な様子見の戦いでは無く、最初から全身全霊の打ち込みを大豪院に見舞っていた。


 ガードの上から容赦なく連打される大豪院、ガードした腕で防いでいるとは言え、魔王に殴られて痛くない訳がない。その証拠に大豪院の体の埋没具合が段々と深くなっているのが、傍目にも容易に見て取れた。


「どうしたどしたーっ!? 『勇者』に目覚めたくせに防戦一方かぁーっ!?」


 大豪院の纏うオーラの変質は、過去何人もの勇者を返り討ちにしてきた魔王ギルには肌でビンビンに感じ取れていた。

 

 ただここで説明が必要であろう事が一点、勇者への覚醒は必ずしも戦闘能力の向上を意味しない。

『魔王』とは擬似的な『神』でもあり、滅するためには特殊な攻撃方法が必要となる。

 それこそが『勇者の力』であり、勇者の力を以て初めて魔王や神に有効打を与え、かつトドメを刺せるの仕組みなのである。


 バトルマニアである魔王ギルは大豪院が己の命を奪い得る『勇者』と化した事がこの上なく嬉しかった。命のやり取り程に彼の心を燃えさせる娯楽は無かったからだ。

 今の大豪院ならギルの命に届く攻撃を繰り出せるだろう。それはとりもなおさず大豪院との『命のやり取り』が出来る事に他ならない。ギルは殴り続けながらも嬉しさで破顔していた。


 魔王ギルの攻撃は止む事なく、大豪院の体は完全に壁に埋まってしまっている。それでも続けられる連打、連打、連打。


 そのあまりの攻撃の激しさとギルの歓喜の叫びは、周囲で戦っている面々の注目を引いていた。 


「ね、ちょっとめない…?」


 拳や蹴りの戦いから互いに剣を使ってに移行していたユリと蘭との戦いは、変わらず伯仲したまま大きな動きを見せなかったが、そこでユリが大豪院達を横目に蘭に話しかけた。


 蘭もユリの思惑に気付いて、振り上げた氷の剣の動きを止めた。そもそもユリも蘭も『強い敵を足止めする』為に戦っているのであって、どちらも相手を殺したい訳では無い。


 ここで大豪院が勝利すれば、魔王の討伐完了となり早晩魔王ギルによって治められていたこの地は消失する。蘭も沖田と2人でこの地にとどまる計画は達成不可能となる。

 逆に大豪院が敗北すれば、ギルの次の標的はユリであろう。ギルと蘭、2人同時を相手取ってユリが勝利する確率は限りなく低くなる。


 かと言ってユリも蘭も、ギルと大豪院2人の戦いに自らの今の対戦相手を無視してまで介入出来る程の余裕は無い。

 なので『ここは休戦して私達は大人しく彼らの戦いを観戦しませんか?』というユリの気持ちが先般の「ちょっと止めない?」に掛かってくるのである。


「…………」


 無駄な血を流したくないのは蘭も同様である。蘭は「了解した」と答える代わりに手にしていた氷剣を無造作に投げ捨てた。主を失った氷剣は地面に落下する前に霧の様に溶けて消えた。


 ☆


 魔王ギルの攻撃の苛烈さは、当然睦美達や油小路ユニテソリの注意も引いた。ただ睦美らはユリと違い攻撃の手を緩めたりはしない。的確な連携で油小路の体力を少しずつだが削っていくのに成功している。

 

 むしろ気が気でないのは油小路であった。油小路の目的は「魔王ギルの体を乗っ取って我が物とする」事であり、万が一大豪院或いはユリによってギルの命が断たれてしまう事があったら、これまでの苦労は全て水の泡となってしまうだろう。


『アンコクミナゴロシの連中を捌いても、今の私では彼らの戦いに介入する力はない。もっと削り合って貰わないと手が出せん… ここはしばらく守りに徹して期を待つか…』


 油小路も睦美らを相手しつつ、大豪院とギルとの戦いを注視する選択をした。


 ☆


「らぁっ!!」

 

 遂に魔王ギルの気合の一撃と共に、大豪院が壁の反対側まで貫通して彼の体が5mほど吹き飛んだ。

 大豪院は地面に倒れたが、あれだけの連打を受けたにも関わらず、吹き飛ばされるまで腕でのガードの姿勢は崩されてはいなかった。ガードを突き抜けたダメージ量は計り知れないが、少なくとも致命傷は回避できた様に見受けられた。

 

「立てよ。大して効いてないんだろ…?」


 ギルが倒れた大豪院を煽るように声を掛けた。


 その一瞬後、ギルはシャドーボクシングの要領で眼前に拳を繰り出す。と同時に「ボシュッ」という何かが砕ける音がギルの腕の先から鳴り出した。

 そのままギルは1人高速でシャドーボクシングの動きを続け、彼がパンチを打つ仕草をする度に「ボシュ」とか「パン」という音が鳴っている。


 ギルの前方で大豪院がムクリと上半身を起こし立ち上がろうとする。だが両の手は固く握られたまま地面スレスレに置かれ、動いている様には見えない。

 しかしそれは間違いだった。よくよく注意して見てみると、大豪院の両手の親指が超高速で動いているのが分かる。


 自身の体と共に吹き飛ばされた城門の瓦礫を手に取って、大豪院は横たわったままギルに向けて指弾を飛ばし続けていたのだ。

 

 ギルのシャドーボクシングに見えた動きは、大豪院から飛んで来た石礫いしつぶてを尽く迎撃する所作だった訳だ。

 かつて四天王のドレフォザの頭を投石一撃で破砕せしめた大豪院であるが、今魔王に向けて放った指弾の威力はそれほど大きくはない。

 ギルとしては無視して受けても大した痛痒にはならなかったのだが、魔王の渾身のラッシュを耐え抜いた大豪院に敬意を表し、敢えてパンチで迎撃してみせた、というカラクリである。


「ねぇ、今の見えた…?」

 

「ま、まぁね。半分くらいは…」


 すっかり観戦モードに入っていたユリと蘭も、また互いを牽制する素振りを見せながら解説モードに移行しつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る