第194話 さんしゃさんよう

 ユリと蘭との格闘戦は丁々発止の伯仲した戦いを見せていた。『互いに退けぬ理由わけがある』女同士の戦いは激しさと同時に悲壮感も醸し出している。

『改造人間』の蘭と『勇者』のユリ。実力は互いに譲らず戦局は千日手の様相を呈してきた頃、蘭が口を開いた。


「ねぇ、その聖剣って飾りなの? 使ってるの見た事ないんだけど?」


 前回の戦闘ではユリの聖剣は遥か後方に置きっぱなしになっていたが、今日はきちんと腰の鞘に収まっている。武器がありながら使う素振りを見せないのは、蘭にとって侮辱とも思われた。


「そりゃあこのユリちゃんは勇者で正義の味方だからね。丸腰の相手に武器を使ったりしないよ」


 半分は本気だが半分は嘘である。ユリ自身、剣よりも素手の戦いの方が得意な為にケンカゴロのバトルスタイルを採っているに過ぎない。

 ただまぁ「こう言っておけば『ユリはまだ戦力を温存している』と相手がビビって、あわよくば手を退いてくれるかも?」という淡い期待は無きにしも非ずだ。


「そう…」


 蘭が呟いて大きく飛び退り間合いを広く取った。蘭との戦いを望まないユリは一瞬、『お、手を退いてくれるかな?』と期待したのだが、蘭は肘を張って右と左のてのひらを合わせた合掌のポーズを取る。

 

 謝罪のポーズかとユリが誤解して警戒が薄れた瞬間に、蘭は「赤巻紙、青巻紙、黄巻紙…」と呪文を唱え終わる。そのまま両手を離しながら広げると、蘭の手には氷で作られたと思われる突剣が握られていた。


「わぁお、カッコいい事してくれんじゃん。私もそれ真似したいな、どうやってやるの?」


 ユリも聖剣を腰から抜き、両手で構えて蘭と対峙した。


 ☆


 油小路は攻めあぐねていた。液体の悪魔である彼は物理攻撃や火炎攻撃に対して盤石の防御力を誇る。

 防御に於いては鉄壁ではあるが、攻撃力は高くない。それがかねてからの油小路の悩みでもあり、魔王ギルの体を奪おうと画策した原因でもある。


 油小路の本質は『暗殺者』であり、液体の体を駆使して相手の懐に潜り込み、毒や酸に変質させた体の欠片を標的に取り込ませて命を奪ってきた。

 直接的には腕を変形、錐条にして刺突する戦法が得意だが、あまり優雅エレガントではないので油小路自身は好んで使う事は無かった。


 久子の拳打やアンドレの通常の斬撃ではダメージを受ける事の無い油小路だが、体内を無造作に流動させている『邪魔具』だけは話が別だ。一撃二撃なら避けられても、何十何百と連打されたら一発くらいまぐれ当たりで邪魔具にヒットする可能性がある。

 

 もしも邪魔具によって魔法から守られているアドバンテージが無くなったら、厄介な睦美の『固定』の魔法に絡め取られて身動きが取れなくなる。それだけは避けたい。


『その為にまず仕留めるべきはアンコクミナゴロシの王女なのですが…』


 前述した様に油小路は正面からの闘いを得意としない。かと言って魔王城まで進撃してきた相手の隙を窺っていたら、敵の手が魔王ギルにまで届くかも知れない。

 睦美やアンドレの力量で魔王をどうにか出来るとも思えないが、就寝中に襲ったりユリの勇者や勇者化した大豪院が共にいれば安心しては居られないだろう。


 仮に侵入者を撃退できたとしても、次はザルな防御を魔王ギルから叱責されるのは必定だ。自分よりも知能レベルの劣る相手から受ける説教はプライドを痛く傷付ける。油小路はそれが我慢できない。


『その為には、今ここで踏ん張る事が重要であり必須であるのです。蘭さん、ユリの勇者の足止め頼みますよ…』


 前衛の久子やアンドレの(恐らくは牽制の)攻撃を避けたり液体の体で受けたりしながらも油小路は睦美への攻撃を優先させる。


 腕を降って指先から(自身を分散させた)水滴を飛ばす。その一滴一滴には油小路の体内で生成された毒や酸がたっぷりと含まれている。『一発必滅』の威力では無いが、一発でも当たれば行動力をかなり奪う事が出来る。何より毒や酸に冒された体は外見からも認識でき、攻撃された当人や周りの味方の士気を落とす効果もあるのだ。


 だが相手が悪かった。


「✪✷✼❂」


 睦美が一言唱えると、油小路の飛ばした水滴は全て空中で静止した。言うまでもなく睦美の『固定』の魔法だ。

 油小路の体から離れた水滴は『邪魔具』の影響を受けない。従って個々の水滴は魔法の対象になるのだ。


 睦美の周りに揺蕩う水滴を、アンドレが対油小路用に開発した秘剣『翠波撃』で抜かりなく灼き尽くしていく。

 アンドレが秘剣を使った隙を突いて攻撃しようにも、邪魔具を狙った久子のパンチキックがそれを妨害する。


『良い連携してるじゃねぇか、せめて四天王のうちもう1人でも生き残っていれば簡単に形勢逆転出来たのに、全く役立たずどもが…』


 油小路も上品なキャラを演じる余裕が無くなって来たようだった。


 ☆


 そしてこの戦場に重苦しい空気が充満する。まるでここだけ重力が強くなったような、体重が一気に3割ほど増加した様な感覚に陥る。睦美達だけでは無い。この場にいる全員が共有する感覚だ。


 大豪院が急に顔の前に両腕を並べて防御の構えを取る。次の瞬間、大豪院の身体は猛スピードで後方に飛ばされ、轟音を立てて城門に激突した。


「今のは目覚めのストレッチってやつだ。ようこそ魔王城へ。歓迎するぜ『勇者様』ぁ…」


 目にも止まらぬ速さで大豪院を殴り飛ばしたのは、この上なく嬉々とした表情で現れた魔王ギルその人であった。

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