第182話 ぼうそう

「陽動って言ってもどうすれば良いの? いつもみたいにドカーンってやっちゃって良いのかな?」


 アグエラの案内で魔王が住むとされる魔王城へとやってきたマジボラ一行。

 

 魔王城は典型的な山城だ。これもかつての支配者だった人間の使っていた砦を改修した物で、空を飛べない者は入り組んだ山道を登って攻め込まねばならない天下の要害であった。

 その山の入口でつばめ達と分かれた一行が最後の準備に掛かっている所でユリが声を発した訳だ。

 

 城への攻撃の先陣を切る指示を受けていたユリだが、今回はいつもとは事情が違う。敵を殲滅する為の戦いではなくて、つばめ達が沖田を救出するまでの陽動と時間稼ぎが主目的である。


「そうねぇ、あまり派手にやって魔王とユニテソリの両方を引き出しちゃうと、こちらとしても戦力的に手に余ると思うのよ。とりあえず奴らの気を引いて城の外に目を向けさせるのが第一、つばめ達が脱出するタイミングでもうひと揺らし出来れば重畳ね…」


 常に自信満々の睦美が彼女にしては心細い返答をする。

 睦美としてもつばめ達が城のどこに行っていつ帰ってくるのか予想がつかない以上、迂闊に考え無しに攻め込む訳にもいかない。


「やっぱり作戦変更、アタシが先鋒を務めるわ。油小路ユニテソリはまだアタシを狙っているはずだから、ユニテソリはおびき出せると思うの。魔王とユニテソリ、片方なら何とか対処できそうだし。もし魔王が出てきたらユリと大豪院に迎え撃ってもらうしかないわね…」


 ユリはともかく『勇者』として覚醒していない今の大豪院では魔王ギルには敵わないだろう。その場合ユリが1人で魔王とユニテソリの両方を相手取る必要がある。

 

 魔王デムスを倒したユリは確かに強い。だがそれが魔王ギルとユニテソリを同時に相手出来る程の強さであるどうかは不確定であり、全賭けオール・インするには些か心許ない。


 加えて魔王云々以前の問題として頑固な2人が立ち上がった。


「近衛騎士として睦美様を前に出す作戦には承服いたしかねます!」

「そうですよ睦美さま! 危険すぎます!!」


 睦美の唐突な作戦変更に異を唱えるアンドレと久子。彼ら2人の護衛対象はあくまでも王女である睦美である。睦美に何かあったらアンコクミナゴロシ王国の血筋はここで途絶えてしまうのだ。


「でもユリや大豪院では『程よい』混乱を起こすのは難しいわ。それにアンタ達、アタシが『か弱いお姫様』とでも思ってるの?」


 睦美に問われて息を呑むアンドレと久子。確かに睦美個人の戦闘能力は極めて高い。並みの魔族兵士なら一度に100人に襲われても難なく対処出来るだろう。

 だがそれも『雑魚相手』という条件があっての話だ。ユニテソリに『どうにか』一撃を入れられたアンドレや、魔王のパンチ1発で再起不能の重傷を負った久子と比べて睦美の戦闘力は卓越して高い訳では無い。


 魔族幹部がデフォルトで所持している『邪魔具』によって魔法を無効化されてしまう睦美は、彼らに対しては剣術のみでの相性の悪い戦いを余儀なくされる。

 

 ユニテソリを始めとする魔王軍幹部が出張ってきた場合、低くない確率で睦美は傷を負い、下手をすると命すら失いかねない。アンドレや久子には到底受け入れがたい作戦であった。


「少しでも成功率を上げる為の作戦よ。ゴチャゴチャ言ってないで従いなさい!」


 睦美の強権発動。しかしアンドレと久子は怯まなかった。

 両者とも服従の証として膝をつくも、2人の目は真っ直ぐに睦美に向けられていた。


「姫殿下の御意に。しかしながら…」

「私達もお供しますからね? 死ぬも生きるも一緒ですよ睦美さま!」


「…好きにしなさい」

 

 魔王城への先陣は暴走とも思える睦美の英断で、マジボラの3人が受け持つ事と相成った。


 ☆


「まずは城の足元まで来たけど、このまま潜り込んだとしてどうやって例の彼氏を探すわけ?」


 こちらは睦美達よりいち早く魔王城の麓に辿り着いたつばめ達。途中魔王軍の斥候に何度か探知されそうになるも、御影の幻術を駆使して見事にやり過ごしてきた。

 

 若い男が油小路や蘭と転移される瞬間をユリは見ており、それをつばめ達に話してはいたが、ユリは残念ながら沖田の顔を知らない。なのであくまでも仮定としてだが、その男が沖田であるならば『魔王城に居るに違いない』との思い込みでここまで突っ走って来た感は否めなかった。


 そしてアグエラの冷静な質問に対し、答えに詰まり顔を見合わせて首をひねるだけのつばめと御影。そんな2人を見てアグエラは『やれやれ』と苦笑する。


「まぁ緻密な計画を立てているとは思ってなかったけど、ここまでノープランだと呆れるの通り越して笑っちゃうわねぇ」


「ごめんなさい…」


 アグエラの嫌味とも諦めとも取れる言葉に意気消沈するつばめ。確かにここから先は隠れているだけでは決して沖田には辿り着けない。新たに策を練る必要があるのだ。

 

「いいわよ、想定内だから気に病まないで。恋する乙女の暴走しちゃう気持ち、私だって分かるもの。そこに魔族も人間も変わりはないわ… しょうがない、ここは全員で力を合わせて切り抜けましょうか…」


 何やらイタズラを思いついた子供の様な顔をしてアグエラが微笑んだ。

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