第181話 かつぼう

「な、な、な、な、な… え…?」


 アグエラの言葉が一瞬理解できずに言葉に詰まるつばめ。

 アグエラの言う「一晩の相手」が将棋やトランプの対戦相手という意味では無い事くらい、いくらつばめでも十分に理解している。

 ましてやアグエラは淫魔部隊を率いる『夢将』である。男性の精気を吸収して栄養としたり、魔力の源とする輩なのだ。


 狼狽えるつばめの横で御影が何らかのフォローに入ろうとするのだが、御影自身が男性と交際した経験が無く男女関係は全くの素人であり、いつもの気の利いたコメントが出てこない。

 

 そもそも御影には男女の恋愛の概念からして理解できていない節がある。

 御影の身体能力は、筋力以外は他の男子生徒を凌駕しており、ほとんど全ての男子は御影から見ても『劣化した自分』に過ぎず『憧れ』の対象にならない。これは周りの女子の反応を見ても明らかである。

 従って『恋』をした事の無い御影には、その先の展開も非現実的な光景でしか無かった。


 つばめと御影、何かを言いたいのだが口に出す言葉が見つからずに挙動の怪しくなる少女2人を前に、楽しそうに2人を見比べていたアグエラが我慢できずに笑いを吹き出した。


「そんなに警戒しないで。別に今すぐじゃなくても良いの、何年後かに貴女達が倦怠期で疎遠になったくらいのタイミングでも全然構わないわよ」


 楽しそうに話すアグエラであったが、つばめも御影も『疎遠な時にこんなセクシーな美女と一晩過ごしたら、それこそ帰ってこられなくなるのではないか?』という疑問を隠す事が出来なかった。


 ☆


「おい! また牢屋に入れるとはどういう了見だコラ! せめて説明の1つくらいしろよ!」


 魔王城の下層、地下牢獄ダンジョンの中から囚人にしては元気な声が、明かりの少ない通路に虚しく響いていた。


 声の主はもちろん沖田である。メイドさん(蘭)付きのお屋敷暮らしから一転、またしても何の説明もないまま禄に寝具もない牢屋に入れられてはキレ散らかすのも無理のない話であった。


「なぁカイちゃん(蘭)、聞こえているんだろ? せめてこうなった理由くらい教えてくれよ…」


 段々と細くなっていく沖田の声にいたたまれずに目を閉じ耳を塞ぐウマナミ改(蘭)。

 蘭は今、油小路とともに魔王城の「中央監視室」に居て、油小路と共にモニター越しに沖田を見て、スピーカー越しに沖田の声を聞いていた。

 

 その部屋はまさに現代の監視室の様に各房が映し出された、恐らくは魔力によって作動するモニターやスピーカーで文字通り『監視』されたハイテクな代物であった。


 森の屋敷から撤退して魔王城までやってきた蘭達であったが、油小路ら魔王軍としては既に沖田は用済みであった。

 油小路にしてみればメインターゲットたる大豪院はたおされており、大豪院への撒き餌という存在価値しか無かった沖田を敢えて生かしておく理由は無いのである。


 現に油小路の部下である3人のイケメン魔族達は、魔王城に帰った暁には沖田の体を引き千切って皆で食すパーティを行うつもりであったのだ。


 ただ勇者ユリに鎧袖一触の元に敗れ去るであろうと予想されていた蘭の予想外の善戦に、今度は蘭に対する人質として沖田を使う事を思いつき、


沖田かれをまともな部屋に住まわせたければ、更に魔王軍に貢献して下さいね…」


 と蘭に通告したのである。

 さすがの蘭も腹に据えかねる物があったのだが、抗議する前に沖田と離されてしまった。


『これじゃ振り出しに戻っただけじゃない。しかも今度は完全に私を戦力として取り込もうとしている… 反抗して沖田くんにこれ以上の危害を加えさせる訳にはいかない。私が居ないとまた逆さ吊りにされて今度こそ殺されちゃう…』


 蘭も蘭で懊悩していた。沖田を助けたいのはもちろんだが、ここ数日の蜜月生活を体験してしまった以上、それを取り上げられた事が悲しくて仕方ない。

 まるで薬物中毒の禁断症状の様に、沖田への渇望が蘭の体内を満たす。


『あの生活を取り戻せるなら勇者でも何でも倒して見せる。どうせつばめちゃんは魔界こんなところには来れっこないんだし、魔族の仲間として生きる覚悟を決めてさえしまえば私はずっと沖田くんと居られるんだ…』


 渇望に身を灼かれて徐々に正気を失っていく蘭。当然その選択は家族や友人等、過去の全てをなげうつ事を意味する。


 友人等の交友関係は、親友のつばめとは同時に恋仇でもある。つばめの事は『好き』だが、『愛している』のは沖田なのだ。どちらか1つしか手に取れないのであれば、手放す方がどちらなのかは自明の理だ。

 

 同様にクラスにもつばめ以上に親しくしている友人は居ないし、マジボラへの仲間意識も久子や不二子はまだしも、睦美とはハッキリ言って相性は最悪だと思っている。


 家族に関しても、既に両親の居ない蘭には家族と呼べるのは妹の凛と祖父の繁蔵だけだ。

 

 繁蔵は最初から見捨てるつもりだったからともかく、妹の凛だけは繁蔵に任せたりせずに、独り立ち出来るまでちゃんと世話をしてやりたいと思っている。


『凛を魔界こっちに呼ぶとか出来ないかなぁ…?』


 更に妄想が暴走していく蘭であった……。

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