第176話 おくば
「動くなよユニテソリ。今度は頭をグズグズのゼリーにしてやるからね?」
魔王の
そしてアグエラは油断なく集中警戒していた油小路に狙いを付けて指鉄砲の構えを崩さなかった。
アグエラの指先には太さ100
射程こそ短いが音も無く、至近距離ならば人間の頭くらいならミンチどころか霧の様に蒸発させてしまうほどの威力のある武器である。
現にアグエラは淫魔部隊の頭領として工作活動をしていた時は、並外れて意思の固い者や男色家等の魅了の効かない相手を、その手で直に暗殺してきたのだ。
「…そんな豆鉄砲が私に効かない事は大豪院の世界で実証済みでしょう? 全く… 魔王軍幹部ともあろう人が、よりにもよって主君を討った勇者と手を組むとは、呆れて物も言えませんよ。まさに『
油小路の言葉の終わりを待たずにアグエラの短針銃は油小路の頭を消滅させる。
「効かねぇって言ってんだろクソ女。お前じゃ時間稼ぎにも…」
「なるんだな、これが。破ァっ!」
アグエラの攻撃を物ともせず余裕の態度で頭を再生させた油小路だったが、今度は数十の剣の突きが油小路を襲った。
通常の剣撃であれば、アグエラの短針銃同様に油小路の体を削る事は出来るが、液体の体を持つ油小路には何らダメージとはならない。
しかし今、アンドレが放った技は剣の一撃一撃に気功の力を乗せて撃ち込まれ、高熱を帯びているかの様に刺した部分の体を蒸発させていた。
「なん、だと…?」
「ふん、僕だって16年間女性と遊んでいただけではないんですよ。秘剣『
長年無敵の体を誇ってきた油小路であったが、敵からの攻撃でダメージらしいダメージを受けたのはこれが初めてであった。
それでも狼狽する事無く冷静に頭を働かせる油小路。
『今の攻撃で受けたダメージは5%程度。あれは20回も連発出来るような技じゃない。だがあの男は今のうちに仕留めておかねば大豪院以上に厄介になる…』
『かつてアンコクミナゴロシ王国で唯一私が手こずりそうだった『勇者』と名高い
不協和音はまだまだ限定的で、油小路の策に対して大きな影響力を持ち得ない。しかしその小さな雑音が次々と集まって、次第に無視できない事態を巻き起こす。
油小路の頭の中は大きな苛立ちと微かな混乱で占められていた。
今の段階でその不協和音を全て排除する事は不可能ではないだろう。しかしながらその『成果』を得るために支払う代償が大き過ぎる。
油小路自身の労力だけならまだしも、魔王の命を秤にかけてまで無理をして手を出す価値も意味もない。
魔王への撤退の進言をするべく、油小路は魔王へと注意を向ける。
魔王と大豪院は未だ互いに体を大の字にしたまま、両手で力比べをしている最中だった。
互いに微動だにしない状況だが、2人ともが歯を食いしばって力を込めた表情をしている。その膂力が拮抗している為に、両者とも動こうにも動けない状況であるらしかった。
やがて魔王が大きく口を開け息を吸い込む。そして口を細く閉じると、その肺活量の全てを乗せて口の中から何かをプッと吹き出した。
その吐き出された『モノ』は大豪院の額に直撃し、大豪院の額に穴をあける。
額の傷口から鮮血を吹き出し、受け身も取らずに後ろに倒れる大豪院。その瞳には既に光が無く、額の傷は大豪院の頭脳にまで達していたのか、傍から見ても大豪院の命の灯し火は潰えてしまった様に見受けられた。
「所詮こんなもんか。命を掛けて獲った物が俺の奥歯1本だけとは気の毒に。期待して損したな…」
そう、魔王が吐き出して大豪院の額を割った『モノ』とは、魔王自身が大豪院との力比べの際に自らの力で思わず噛み砕いてしまった奥歯の破片であった。
「魔王様、お
目的の大豪院を倒したのであれば、魔王は既にこの場には用が無いはずだ。油小路としては消耗した魔王がユリに倒されないうちに退場して貰いたかった。
「…分かった。俺は帰るからまた新しい
油小路の返事を待たずに、魔王は上空から降って来た時を逆再生する様に、予備動作も付けずに遥か上空へと飛び去って行った。
『魔族軍の損害が想定以上に大きい。この場は捨てて仕切り直しますか… ちょっと真面目にユリの勇者をどうにかしないとですね…』
マジボラ一行はまさかの大豪院の敗北にショックを受け、全員が動けずにいた。
油小路はその隙を見逃さず、地面に潜り睦美達の前から姿を消した。
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