第141話 くも

「お前は、他人の怪我を治す力があるのか…?」


 迫る大豪院の言葉にどう答えて良い物か判断が付かずに迷うつばめ。


『あぁ、これきっと「出来ない」って言ったらそのまま頭をグシャっと握り潰されて、「出来る」って言ったらどこか山奥の作業所みたいな所に閉じ込められて一生「東京特許許可局」を唱え続ける人生が待ってるんだわ…』


 まだ大豪院が何も言っていないのに、己の人生を儚んで悲嘆に暮れる。

 そんなつばめを救ったのは傍らに立つアンドレだった。


「コラコラ大豪院くん、レディへのアプローチが少々強引すぎますよ。『だいごういん』だけに」


 その時、春と言うには少し冷たい風が公園を吹き抜ける。


 予想外のアンドレ製オヤジギャグに思わず真顔になるつばめ。アンドレはと言うと『やり切った』良い顔でつばめにサムアップ&ウインクをして見せ、つばめを大変苛立たせていた。


 アンドレとつばめの思惑がどうであれ、今のアンドレの一言でややヒートアップしかけていた大豪院も幾分か落ち着きを取り戻す。


「…驚かせて済まない。その… 怪我を治せる能力がとても珍しくて…」


「大豪院くん…?」


「どうにも子供の頃から俺の周りには常に怪我人や死人が溢れていてな…」


 寡黙な大豪院が自分の事で口を開くのはとても珍しい。つばめもアンドレも黙して大豪院の次の言葉を待つ。


「実は最近その理由が『呪い』のせいだと聞かされて、その呪いを解ける奴を探していたんだ…」


 「いたんだ…」と熱くつばめを見つめる大豪院だったが、つばめとしては逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


『いやいやいやいや、解呪なんてやったこと無いし、それでわたしが呪われるなんてゴメンこうむりたいんですけど?!』


「或いは怪我が治せるならそちらでも良い。どちらにせよ謝礼はする。金なら幾らでも払うし、なんなら一族に入って俺の子を産んでも良い…」


 大豪院のまさかの核爆弾発言に、実はこっそりとやって来ていた鍬形も含めて全員が固まってしまった。


 ☆

 

 雲となって空に浮かび、文字通り一段高い場所から事態を俯瞰して見ていた油小路。


「ほぉ、大豪院くんはあんなにも饒舌だったのですね。長生きはするものです」


 と、大豪院がかつて見せた事の無い感情の昂ぶりを現している事に、彼は驚きと共に歓喜を覚えていた。

 もちろん『子供の成長が感じられて嬉しい親心』的な物などでは無く、『大豪院の暗殺』という油小路の任務遂行に必要で、かつ邪悪で陰湿な作戦手順を思いついたからに他ならない。


『大豪院くんを処理する為にあの娘は使えますね。そしてあの娘を効果的に使う為には…』


 油小路は進行方向を変え、つばめ達がコントを繰り広げている公園を後にした。


 ☆


「この気持ちが『恋』ってやつなのかな…?」


 ほぼ同時刻、蘭は蘭で沖田の言葉に固まっていた。

 沖田はそんな蘭の戸惑いを無視する様に彼女の手を取り蘭に迫る。


「ねぇ君、あの娘の仲間なんだよね? 彼女にもう一度会えないかな? どうしてもあの娘に会って話がしたいんだ!」


 沖田の圧が強い。それは蘭にとって決して心地の悪い物では無かったが、今この場で続ける物でもない、というくらいの理性は蘭にも働く。


『う〜ん、でもこの言い方だと沖田くんはピンクの魔法少女がつばめちゃんだと気が付いて無いみたい。それにきっと…』


 蘭は沖田を見つめ、小さい子供を諭す様に沖田に語り掛ける。


「沖田くん、多分だけどそれはきっと『恋』とは違うんじゃないかと思うよ? 恋ってもっとこう、胸が締め付けられる様な…」


 自分で言いながら、蘭は目の前の沖田に胸が締め付けられる様な思いがして、彼を直視出来なくなっていた。


『もぉ、何なのよこの気持ちは…? つばめちゃんは沖田くんが大好きで、沖田くんは変身したつばめちゃんの事が好きなら、これはもう完全に両思いじゃない! 私が一言教えて上げればそれで済む。2人は付き合える…』


 急に黙り込んで考えだした蘭。沖田もそれを不審に思う。


『でもさっきつばめちゃんは「振られちゃった」と言っていた。つまり沖田くんに告白して失敗しているんだ… だとしたら、だとしたら私だって1回くらい…』


「あ、あのね沖田くん、あの、えっと実は私も…」


 蘭がそこまで言い掛けた所で、蘭の横に突然大きな水の塊が降ってきた。

 その水塊は地面に当たっても爆ぜる事なく、寒天の塊の様に大地にそそり立つ。


 すわ何事か? と仰天して動きの止まった蘭と沖田の横で、その水塊は徐々に動き始め、もぞもぞと形を変える。

 数秒後、そこに現れたのは蘭の良く知る男、油小路であった。

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