第133話 こくはく

 弁当を平らげて満腹になった沖田は、隣に座るつばめに朗らかに問いかけた。

 

 「ねぇ、つばめちゃんっていつも俺の事を気にかけてくれてるよね? あれはどうして?」

 

 そしてその沖田の唐突な質問はつばめの心を大きく揺さぶる。

 

「え? は? えと… え? あれ…?」

 

 つばめにしてみればそんな事は考えるまでも無い。『好きだから』それ以外に無いではないか。 

 これまで何度も、いや顔を合わせる毎に『好きオーラ』を全開にして接してきたつもりであったが、沖田にはまるで気付かれていなかったとでも言うのだろうか?

 

 軽い失望がつばめを襲う。先程の言葉はその気持ちの表れだ。

 だからと言って今ここで自分の気持ちを沖田にぶつけられる程、つばめの度胸は座ってはいない。

 

「…い、いやー、沖田くんとは入学初日から色々あったからさぁ、なんか『同志』? みたいな感じで放っておけないって言うか… アハハぁ…」

 

 ヘタれる。そして沖田の次の言葉は比喩抜きでつばめの心臓を止める程の威力があった。

 

「実は陽子ちゃんから『好きです』って告白されてさ…」

 

「え?! 蓉子よーちゃんが?!!」

 

 ここで注釈が必要と思われる。実は当作品には『ようこ』という人物が2人登場している。

 

 1人は『武田 陽子たけだ ようこ』 沖田親衛隊のリーダー格であり、つばめに対する嫌がらせの先陣も大体彼女が行っている。

 もう1人は『前川まえかわ 蓉子ようこ』 つばめの中学時代の旧友であり、魔法少女候補でありながら、話も聞かずにマジボラへの参加要請を却下した人物である。

 

 沖田の言う『陽子』は当然武田の事であるが、つばめは武田の下の名前を知らない… いや正確にはクラスメートなので知ってはいるが、興味が無いので覚えていない。

 一方つばめの想定する『前川 蓉子』は旧友ながらも終始つばめに懐疑的で、ついには絶縁宣言まで申し渡してきた人物だ。

 

『今まで影も現さなかったくせに、よーちゃんの奴、いつの間に沖田くんと…?』

 

「へぇ、『よーちゃん』なんて呼んでるんだ? ずっと喧嘩してたみたいに見えてたけど、実は仲が良いとか?」

 

 沖田の茶化す様な言葉で我に返るつばめ。微妙に話が噛み合っていない事を実感する。


「えーと、ゴメン沖田くん。その『ようこちゃん』って『何ようこちゃん』?」

 

「うん? 蒲田さんだよ、いや滝田さん… あ、武田さんだ。いつも3人とか4人で応援してくれる…」

 

 ようやく話の齟齬に得心がいき『おぉ』と手を打つつばめ。沖田の名前ボケも相変わらずの様だ。

 

『言われてみれば武田のバカの名前も陽子だったわね。そうよね、ここで蓉子よーちゃんが出てくると、とんでもなく話がややこしくなるわ…』

 

 …うん? ここでつばめの頭は更なる情報を整理する。

 

「ええーっ! あの武田の…さんが沖田くんに告白したのーっ?!」

 

 先を越された… だがしかしあの手の親衛隊は抜け駆け禁止では無いのか…? いや、そうだ。武田が他の2人に対して抜け駆けしたのだ。どこまでも小狡い女め!

 

 もう1つ得心した事がある。いつもなら沖田の試合後に親衛隊が群れなして沖田を襲撃するのだが、今日はそれが無かった。

 恐らくはリーダーの武田が沖田と顔を合わせづらい乙女心の事情があったからだろう。

 

「だからそう言ってるじゃん。誰の事だと思ったのさ?」

 

 沖田のやや呆れながらも優しい笑顔に見惚れるつばめ。

 

「あ、あはは… わたしの知り合いにもう1人『ようこ』ってのが居るのよ。その子の事かと思って…」

 

 乾いた笑いで返答する。しかし言いたい事はそんな事では無い。

 

「そ、そそそ… それで沖田くんはその告白になんて答えたのかなぁ…?」

 

 声が震える。唾を飲み込む。沖田の答え如何によっては先程の幸福感など幻の様に消え失せてしまうだろう。

 

「いやそれがさ… 俺、恋とかしたこと無いからこういうのよく分かんなくて… 『とりあえずお試しで良いから付き合って』とか言われたんだけどさ、そういうのどうなんだろう? って思って保留にしてあるんだよ。つばめちゃんに女の子としての意見も聞きたくて…」

 

 残酷な話である。好きな男から他の女との色恋沙汰の相談をされるとは… 徐々に血の気の引いていくのを感じるつばめ。

 

「そんなの… 沖田くんはどうしたいの…? 沖田くんが武田と付き合いたいなら、わたしには何も… 何も言えないよ…」

 

 最後には涙声になってしまう。ここで泣いたら沖田を困らせるだけだと分かっているのに、つばめには涙を止めるすべが無かった。

 

「…あー、そうだよね… 急にこんな事相談されても迷惑だよねぇ… うーん、まぁそうだなぁ、分からないなりに『お試し』って事なら付き合ってみるのも…」

 

「…わたしはっ!」

 

 つばめが立ち上がり大きな声を上げる。つばめの急激な変化に驚き戸惑う沖田。

 つばめは沖田へと向き直り再び口を開いた。

 

「わたしは… わたしはっ!」

 

 そこから先の言葉が出てこない。まるで魔法によって言葉を奪われたかの様な苦しさを感じる。しかし、つばめは胸に手を当て息を整え、強い意志の力で次なる言の葉を紡ぎ出した。

 

「わたしは、沖田 彰馬しょうまくんが好きです! 初めて会った時からずっと… ずっと貴方だけを見ていました。沖田くんと会う時はいつも頑張ってお洒落して、今日だって頑張ってお弁当作って… 女の子は好きでも無い男子にこんな事しないよ…?」

 

 つばめからの涙ながらの突然の告白。まさに青天の霹靂であった沖田は瞬きすらも出来ないでいた。

 

「だから… だから… 武田なんかとくっついちゃイヤだよ… アイツ性格悪いし… それに沖田くんさっきわたしに『良い奥さんになれるよ』って言ってくれたよね? ねぇ、わたしじゃダメかなぁ? 沖田くんの彼女になるのはわたしじゃダメかなぁ?!」

 

 気持ちが前に出すぎるあまり、段々と暴走気味になるつばめ。

 つばめの語気に圧されて青ざめている沖田の顔を見て、ハッと我に返る。

 

『ギャーッ、やっちまったー!!!! わたし、終わった…』

 

 つばめも告白前の3倍ほど青ざめていた。

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