第134話 しきりなおし

『やっぱり告白は男の子の方からして欲しい…』

 

 その為にキレイになってお洒落して、必要ならば嘘をついたり猫を被ったり… 好きな男の子に自分の事を好きになってもらい、その上で相手の方から「好きだよ」と言って欲しい… あまねく女子の夢である。

 

 もちろんそれは理想形ではある。その様な戦術が遂行困難、或いは不可能であると判断されれば、柔軟な対応を以て臨機応変に攻撃パターンの変更が求められる。

 現在のつばめの様に二進にっち三進さっちもいかない状況に於いては、敢えてこちら側から奇襲的に『告白』し、迷いを見せている相手に対し思考に刺激を与える事で、事態を好転させ……。

 

「ごめん…」

 

 沖田から放たれた、たった3文字の答え。勢いで告白してしまった事を恥じて血の気の引いていたつばめは、その答えの絶望感から本当に貧血を起こしてふらついてしまう。文字通り目の前は真っ暗だ。


 倒れそうになったつばめを咄嗟に支え、ベンチに座らせる沖田。自身もすぐに座り直し、やがて言葉を選ぶ様にゆっくりと語り始めた。

 

「…つばめちゃんの事は『好き』… だと思う。でも俺、ホント恋愛とか全然分かんなくてさ… この『好き』もさっきつばめちゃんが言ってた『同志』みたいな感じが強いと思うんだ…」

 

 なんとか意識と落ち着きを取り戻し始めたつばめ。

 自分に対し不器用に、しかし真摯に懸命に説明をしようとしている、隣に座る男の横顔を呆然と眺めていた。

 

「恋愛を知らない俺がさ、仮に彼氏だ彼女だなんて言う関係を作ったとしても、上手く対応出来る訳が無いと思うんだよね… そしてそれは結果的に付き合った女の子を悲しませる事になる。それがつばめちゃんでも陽子ちゃんでも同じ様に…」

 

 沖田は言葉を切り、隣の少女つばめに向けて力の無い笑顔を向ける。

 

「『お試しで付き合う』なんてのも真面目に考えていなかった証拠だよね、反省してる… だから今は誰とも付き合えない。だから… だから『ごめん』…」

 

 そう言って沖田は座ったまま両膝に手を付き、つばめに対して深く頭を下げた。

 

 今のつばめには頭に血液が回っていない。半ばぼんやりとした状態で沖田の考えを聞いていた。

 

 そのぼんやりした頭で理解できた事は、『告白したけど振られた事』『友人としてではあるが、好きだと言ってもらえた事』『自分も振られたが、同時に武田も振られた事』そして『それでも沖田の事が好き』と言う事だ。

 

 振られた身ではあるが、今の彼の話を聞いて前よりもっと沖田が好きになった。

 結果としては散々であったが、沖田はつばめの気持ちを正面から受け止めて、誠実に返してくれたのだ。

 

 以前につばめから魔法少女の不妊化についての相談を受けた時も、沖田は理解が追い付かないまでも理解できる範囲で答えを探してくれた。

 その2件の結果がつばめの意に沿わない物であったとしても、それに至るまでの道筋に真剣に向き合ってくれていた。つばめにはそれがとても嬉しい。

 

 彼の顔を見るたびに、彼の声を聞くたびに、彼への『好き』が現在進行系でどんどん深くなっていく。

 

 これまで俯いて思案していたつばめだが、何やら思いを決めた様に力強く前を向く。そして沖田に向き直ると、眉をいからせ口元を歪め、思いっ切り不敵な表情を見せる。

 

「『今は・・誰とも付き合えない』って言ったよね? ベクトルはともかく、わたしの事は『好き』なんだよね? わたしが嫌いだから断るんじゃ無いんだよね…?」

 

 つばめの質問に沖田は黙ったまま、真面目な顔で首を縦に振る。

 

「そしたらさ… そしたらわたし… 待ってても良いかな? 沖田くんが女の子と付き合いたくなるまで。その時にまた改めて立候補しても良いかな?」

 

「でもそれじゃいつまで待たせるか分からないし、その間のつばめちゃんの人生も…」

 

 不安を孕んだ沖田の返答を、つばめは手を上げて遮った。

 

「わたしの人生でしょ? ならわたしが『そうしたい』の! いつか沖田くんが恋を知った時に、沖田くんとその女の間にズカズカと乗り込んでくる女がこのつばめちゃんなのです! 覚悟して下さい」

 

 つばめ自身、自分でも何を言っているのか分からない面も否めないが、振られたからと言ってそのまま沖田と疎遠になってしまう様な事態には、つばめの心が耐えられそうに無い。

 早いところ気持ちを仕切り直して、沖田との新しい関係構築に励むに限るのだ。

 

「フッ、アハハハハ! つばめちゃんは変わってるねぇ。俺はてっきり泣かれるか怒られるかどっちかと思ってたけど…」

 

 沖田に笑顔が戻る。その笑顔がつばめは大好きなのだ。

 

「そりゃ今でも泣きたいし怒りたいよ! 女に恥かかせるなんて最低だゾ?! …でもそれ以上に沖田くんの優しさに触れて心がポカポカしてるんだ!」

 

 つばめは立ち上がり再び沖田に向き直る。

 

「わたしね、今まで女なんて弱くて面倒くさくて男に比べて色々不便で最低だなぁ、ってずっと思ってたの。でもね、今日沖田くんと話せて前よりもっと沖田くんを好きになった。これほど深く人を愛せるなんて、わたしってこんなにも女の子なんだなぁ… って思ってる。女の子に生まれて良かったって思ってる!」

 

 つばめの言葉は男である沖田には今ひとつピンと来ない感覚であるが、今のつばめがとても幸せそうである事は沖田にも容易に察せられた。


「わたしは沖田くんが大好きです。これまでも、これからも! だから改めてヨロシク!」

 

 沖田に対して握手を求めて手を伸ばすつばめ。沖田も微笑みながら立ち上がり、つばめの気持ちに応えるべくゆっくりと手を差し出す。

 

 2人の手が触れた瞬間、遠方から飛んできた何やら大きな丸い物体が沖田を直撃、巻き込んでそのまま数十m転がって行った……。

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