第90話 たいよう
「いや〜、マジヤバかったね。怪我してない?」
それでも『人のいる場所』に出られた事で、少しずつ落ち着きを取り戻している最中であった。
普段おちゃらけているまどかも、今だけは警察官の顔になって、市民の保護を最優先事項として野々村に接していた。
「あ、ありがとうございました… もし助けて貰わなかったら私…」
そこまで言って野々村は再び先程の恐怖を思い出す。本人の意思とは無関係に体が震えだして止められなくなる。
『怖かった… 襟首を掴まれただけでも息が止まるくらい怖かった。でも芹沢つばめはこの何倍も恐ろしい目に… 私は… 私は何て事を…』
恐怖と後悔で涙が溢れ出し立っていられなくなる。野々村はその場にしゃがみ込んでさめざめと泣き出した。
「あっちゃ〜、泣きだしちゃったか… まぁ怖かったよねぇ、分かる分かる」
まどかも態勢を下げて野々村と目線を合わせる。
まどかとしてはここで軽くハグして頭をよしよしと撫でてやりたい所ではあるのだが、他者からの暴行を受けた女性は下手に接触すると、事件の記憶をフラッシュバックさせてパニックを起こす事がある。その為この場は本人が落ち着くまで寄り添って経過を見るやり方を採用した。
数分後、野々村が落ち着きを取り戻したくらいのタイミングでちょうど武藤も戻ってきた。
「お待たせ。そっちはどう? その子、怪我とかしてない?」
「あ、ハイ。こっちは大丈夫っス。そっちは何か収穫ありました?」
「ええ、やっぱり『勘』は馬鹿に出来ないって分かったわ。例のM(魔法少女)についてもいくつか。あとちょっと確認したいんだけど、あんたM達の顔って覚えてる…?」
途端に心細い話し方になる武藤。捜査官にとって他人の顔や名前を覚えるのは仕事に於いて大きな割合を占める。
武藤もまどかも他人の特徴を捉えて覚えやすく脳内で処理する訓練を受けてはいるのだが、武藤は『はっきりと見た』はずの魔法少女らの顔つきを誰一人思い出す事が出来なかった。
それでも武藤は変身を解いた魔法少女の目撃には成功していた。名前こそ未だ不明だが、やはりあの
本格的な捜査は明日からになるだろうが、青い魔法少女が敵になるのか味方になるのか不透明な状況に、武藤は高揚感を隠せなかった。
「あ、あの…! 助けて頂いた事は感謝します。そ、その上でお聞きしたいのですが、貴女達はどなたですか…? 普通の生徒じゃないです、よね…?」
野々村が正気に戻り武藤らに質問を投げかける。一般生徒なら礼だけ伝えてそのまま帰るのであろうが、この風変わりな2人組に野々村のジャーナリスト魂がいたく興味を覚えたのだ。
『ヤバっ!』
野々村の言葉を聞いてまどかの顔が青ざめる。野々村を保護してここまで連れてくる間に、頭が完全に仕事モードになっていた。潜入捜査の事が
一方の武藤も仕事モードで話していた事は慚愧に感じたが、経験の差でそれを
「…これ以上怖い目に遭いたくなかったら私達の事は忘れなさい。でないとさっきのチンピラよりも余程おっかないオジサン達が貴女を狙う事になるわ。そんな事より、貴女こそなぜあんな危険な場所でコソコソしていたの? 隠れてチラチラ見ていたのは知っているから、『偶然』とは言わせないわよ?」
まさかの質問返しに恫喝のおまけまで付いて返ってきた言葉に野々村は戦慄する。
つい先程怖い目に遭ったばかりだ。目の前の小柄な少女は眉一つ動かさずに、その怖い状況を打開して見せた。そして彼女の属する組織は更に恐ろしい物であるらしい。
恐らくは彼女の言う通り、何か一般人の知れない大きな組織が死闘と暗躍を繰り返しているのだろう。
ジャーナリストとしての好奇心と一般女性としての恐怖心とを
野々村は武藤らに事の経緯を正直に語った。自身の嫉妬心から招いた事件である事も含めて。そして結果論ではあるが、不幸な結末にならなかった事を心の底から喜んでいた。
「まぁ、貴女の行いは確かに褒められた物じゃないけど、事情は大体分かったわ。さ、今日はもう帰りなさい。これからは陽のあたる場所だけを歩きなさいね」
武藤はそう言って野々村を送り出した。今日の収穫は『1年C組 芹沢つばめ』と『謎のスケバン』が魔法少女の正体だと確定した事だ。とても大きな収穫であったと言えるだろう。
☆
独り帰途につく野々村。しかし今の彼女は寄る辺ない孤独感に大きく
『私は
悶々としながらも自宅への歩を進める野々村。ふと立ち止まり天を仰ぐ。
「『陽のあたる場所』かぁ…」
今の野々村には、もうすぐ夕陽に変わる春の太陽がとても眩しく見えた。
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