第91話 しゃざい

 翌日、野々村は朝一番で昨日のつばめを糾弾する新聞記事を『誤報』として謝罪、訂正する旨の号外を作って貼り出した。

 もちろん部長の九条には相談せずの独断行動だ。これは野々村の新聞部への絶縁状たいぶとどけの意味も兼ねていた。


『これでもまだ贖罪は済んでいない。出来れば芹沢つばめに直接会って謝罪をしたい… でもC組には武田さん達親衛隊や沖田君本人もいる。あの人達には会いたくないなぁ…』


 教室で頭を抱えながら独り懊悩する野々村。つばめに頭を下げるのはやぶさかではないのだが、その様子を親衛隊や沖田に見られるのは気まずいし恥ずかしい。可能ならばその様な事態は避けたい。


 これが都合の良いワガママである事は野々村も承知している。これから謝罪するのに自分の世間体を気にしてどうするのか? ジャーナリストとしての彼女ならばそう記事にするだろう。


 しかし、人の心はそう単純な物でも無い。『謝罪』とはそれまでの自分の信念や生き様を、自分で否定する事と同義である。簡単に受け入れられる物では無い。


『ダメダメ! そんな事ばかり考えているから堂々巡りしちゃうのよ。でも何とかこっそり芹沢つばめにコンタクトを取る方法が無いかなぁ…?』


 ため息をつく野々村の耳に「ねぇ、野々村さんって来てる…?」という声が聞こえる。声の方に目を遣ると、E組の入り口で蘭が別のE組生徒に話しかけていた。


 ☆


「そう… 貴方も謝罪したいとは思っているのね?」


「ええ… ねぇ増田さん、厚かましい頼みなのは承知なんだけど、芹沢さんとの橋渡しをお願いできないかしら…?」


 当初は野々村を締め上げるつもりでE組を訪れた、いやカチこんだ蘭であったが、実際会って話した野々村本人の予想外に愁傷な態度を見て、いささか毒気を抜かれてしまった雰囲気があった。

 手を合わせて懇願してくる野々村を、蘭は無碍にも出来ないでいた。


「そ… それは構わないけど…」


 正直、野々村の言い分を蘭は気に入って無い。『恥ずかしい』とか『みっともない』を気にして謝罪の意思など伝わるはずが無いではないか、等と先程の野々村と同様の事を考える。


 しかしよくよく考えてみれば蘭自身、つばめには己の事を色々と隠している。つばめに不実な態度を取っているのは自分も変わらないのでは? と思い至るにつれて、野々村に苦言を言える立場では無いと判断した。


「…それじゃ放課後、あの子が部活に行く前に捕まえて話をしましょう。後でまた迎えに来るわ」


 ☆


 放課後、部活に出ようと部室長屋のマジボラ部室手前まで来た所で、つばめは蘭に呼び止められた。


「あ、蘭ちゃん! 部活なら一緒に行こ… って誰…? はっ! まさか…?!」


 蘭の後ろに佇む野々村の存在を感知して驚き顔を作るつばめ。

 そしてつばめの前に野々村が来て軽い会釈をする。長身の野々村からの会釈はそれなりに迫力があり、気圧されたつばめは一歩下がる。


「あの… はじめまして… 1年いーぐ…」


「まさか入部希望者?! …ダメだよ蘭ちゃん、これ以上不幸な女の子を増やさないで!」


「…え? あ、いや、そういうんじゃなくて…」


 つばめの頓珍漢な発想に一瞬我をくし、目が点になる蘭。つばめは野々村の手を取り、


「貴女もよく知らないで来ちゃったみたいだけど、ここは思っているような良い所じゃないよ? だから…」


「えっと… 違うよ、つばめちゃん。この人は別件でつばめちゃんに用事があるんだって。聞いてあげて」


 蘭のツッコミでボルテージを下げたつばめは、キョトンとした顔で野々村を見つめる。


「あの、私は『元』新聞部の野々村千代美といいます。芹沢つばめさん、貴女を陥れる記事を書いたり、不良達の元に誘い出す手紙を書いたのは私なんです。あの… 謝って許される事じゃないのは分かっています。それでもケジメというか何と言うか… とにかく反省している事を伝えたくて…」


「……………」


 つばめは野々村の顔を見つめながら、眉を寄せて何やら考え込んでいる。


 つばめのリアクションが見られない為に野々村だけで無く、蘭も不審に思いつばめを覗き込む。


「あー! 思い出した! こいつ親衛隊の4人目じゃん! え? なに? 蘭ちゃんから武田達も事件の事を知ってたらしいって聞いたけど、もしかしてわたしに意地悪したのって沖田くん絡みなの? …それって沖田くんは知ってるの…?」


 態度を豹変させたつばめに面食らう蘭と野々村。そしてここで沖田の名前が出てきた事に、蘭は別の意味でドキリとしていた。


「…はい。私の下らない嫉妬心で貴女に酷い迷惑をかけました。本当にごめんなさい… あと沖田君は何も知りません。私達も彼には汚い所を見せたくないですし…」


「ふ〜ん、で? どうしてくれんの? 用事がそれだけならもう帰って良いよ…? 正直顔も見たくないし…」


 野々村に対し辛辣な態度でツンとそっぽを向くつばめ。

 その様子を見ている蘭もすねに傷持つ身だ。いつか今の様につばめから「顔も見たくない」と言われるかも知れない、と身を固くしていた。


「はい… 本当にごめんなさい… とても償いにはならないでしょうけど、私はもう沖田君の事を諦めます。親衛隊も抜けます。それであの… 新聞部の伝手で集めた沖田君のデータとか、もし入り用でしたら…」


 そっぽを向いていたつばめの頬がピクリと動く。野々村の差し出したメモリースティックを、薄目でチラと見て無言で受け取り、


「こ、こんなアイテムで買収しようたってそ、そうはいきませんからね! と、とりあえずもっと追加情報が無いと信用できないし…!」


 と顔を赤くして満足気に答えていた。蘭も野々村も『なんてチョロい子なんだ…』と思ったが、共に口に出す勇気は持ち合わせていなかった。

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