第88話 ごめんね

「一体何が起きているの…?」


 つばめを助けられないまでも、せめて警察への通報だけでもしようと現場に赴いた野々村。

 そこで彼女が見たものは、不良達に拘束されたピンク色の魔法少女、そして彼女を助けるべく乱入した赤と黒の魔法少女の姿だった。


『黒とピンクは先日の騒ぎにも居たけど、まだ仲間が居たの…? そして… そして本当に芹沢つばめが魔法少女だったの?!』


 野々村は壁新聞でつばめを魔法少女に仕立て上げた。だがそれは彼女の私怨から発生した『でっち上げ』であり、野々村自身は魔法少女の存在すら本気で信じてはいなかったのである。


 しかし、現実は野々村の予想を遥かに上回っていた。今このシーンを撮影して新聞のネタにすれば大反響間違いないのだが、今の野々村にはそんな事も思いつく事なく、ただ物陰に隠れて呆然と状況の推移を見守る事しか出来なかった。


 ☆


「わたこぉ… らんちゃん…」


 つばめの目に涙が浮かぶ。もう駄目だと諦めかけていた最後の最後で助けに来てくれた。この2人がつばめの目にキラキラ光って神々しく映ったのは、涙によるプリズム効果だけでは無かっただろう。


「武田さん達の口が固くて遅れちゃったけど、ギリ間に合った感じ?」

「大丈夫? 酷い事されてない? 立てる?」


 蘭の差し出した手を取り、ゆっくりと立ち上がるつばめ。


「うん、大丈夫… ありがとう、2人とも大好きだよ…」


 涙を拭いながら、つばめはようやく笑顔を見せた。


「話は後。とにかくこいつらを何とかしましょう」


 蘭が再び不良達に視線を戻し戦闘態勢をとる。


「なんなんだ…?」

「魔法… 少女…?」

「これヤバくねーか?」


 一方、不良達も状況を飲み込めずに混乱していた。綿子に殴られた男は腹を押さえながらも何とか立ち上がるが、蘭に殴られた男は完全に気絶、あるいは死亡しているらしく、ピクリとも動かなかった。


 明らかに不良達の士気は落ちている。想定外の事件が連発し、明らかに彼らの対処能力を超えていた事で、軽いパニック状態になっていたのだ。


「おいっ! 何やってんだよ?! 女はまだなのかよ?」


 そんな彼らの心を現実に戻したのは彼らの後方、空手部部室から聞こえた野太い声だった。


 のそり、と姿を現した人物、名を桜田さくらだ 貴一きいち。身長は190cm、体重は130kgを超える巨漢である。趣味は喧嘩で暴力事件ばかり起こしているが、祖父が県議会議員を6期も勤める地元の大家でそのほとんどは隠蔽されてきており、警察も手を出せない問題児だ。


 本来瓢箪岳高校に入学する学力は無かったのだが、祖父のゴリ押しで半ば厄介払いの様に学校に押し込まれた。

 学校としても桜田の人間と揉め事を起こす事を嫌って、廃部によって放置されていた空手部部室の周辺を治外法権的に使わせる事で、一般生徒との隔離をしようとしていた。


 桜田本人も自身の体力と家の威光を傘に横暴な振る舞いを続け、いつしか『瓢箪岳高校の裏の王』とまで囁かれる存在になっていた。


 その彼が今、満を持して動き出した。外にいた不良達は桜田が動き出した事への安堵よりも、後の自分達への叱咤(という名の暴力)を予見して余計に震え上がる。


「何だぁ? 今日の獲物はコスプレ3人娘なのか? なかなか面白い趣向じゃねーか…」


 つばめ達を睥睨しながら余裕たっぷりに話す桜田。その巨体から繰り出される膂力は計り知れず、蘭の力を持ってしてもパワー負けしてしまうかも知れない。


 強敵の出現にゴクリとツバを飲み込む3人。油断していたら間違い無くこちらが狩られてしまうだろう。


「俺は女相手でも力の加減が出来ねーからな。泣いて土下座するなら今のうちに……」


 ガァァンッ!!


 桜田の言葉はそこで途切れた。相手を女と見てニヤニヤと余裕の顔で喋っていた桜田の顔面に植木鉢が激突していたからだ。

 そのまま後方へ受け身も取らずに昏倒する桜田。今の一撃だけで完全にグロッキーの模様である。


「みんなをイジメたら許さないんだからね!!」


 つばめ達の後方に睦美、久子、御影の3人が現れた。今の植木鉢は久子が投げつけた物であろう。

 3人とも変態済で、少なからず状況は理解しているようだ。


「…アタシらに喧嘩売るとはいい度胸だよ。その軽そうな首、そこの物置きに並べて飾り付けてやろうか?!」


 一瞬でボスを倒された恐怖と、久子と睦美の啖呵に不良達は完全に戦意を喪失し、一気に逃走に掛かる。


 彼らを追う素振りを見せた御影に、睦美が軽く手で制止する。


「良いわよ、あんな雑魚は放っておいて。それより…」


 睦美はつばめを冷ややかに睨みつけ近づく。何らかのお仕置きを予感しておののくつばめ。


 しかし、その睦美に先んじて目に涙を蓄えた蘭がつばめの正面に立つ。


「バカっ!!」


 蘭の平手打ちがつばめの左頬を打つ。蘭としては十分に手加減したつもりだったが、衝撃で右を向いたつばめの首から発生した『グキッ!』という骨の鳴る音がその場の全員に聞こえた。


 その後で蘭はつばめに抱きつき号泣した。何度も「バカ、バカ…」と呟きながら。


 一瞬意識が飛んでいたつばめだったが、やがて首の痛みと蘭の体の温もりを感じながら「ごめんね、ごめんね…」と蘭同様に号泣していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る