第87話 あくい

 つばめの体を変態バンドがくるみ出す。つばめの腕を掴んでいた男子生徒も、つばめの頭から蛇の様に伸びてきたバンドに自身を取り込まれそうになり、慌てて手を離した。


 やがて等身大の包帯に巻かれた卵型を思わせるオブジェが作られる。

 そのオブジェの上部に生物が孵化する様に内側からヒビが入り、中からピンク色を基調とした魔法少女『マジカルスワロー』が誕生した。


 つばめに絡んでいた男子生徒達は、突然の出来事に誰一人反応できずに固まっていた。


 いち早く行動の主導権を得たつばめだったが、四面楚歌の状況は全く変わっていない。


 マジカルスワローに変態したは良いものの、武器に使える小杖を携帯している訳でなし、てのひらから殺人ビームを放てる訳でもない。

 変態して身体能力が上がっているかと言うと、実はそれ程でもなく、『今日は何か調子が良いな』とか『体が軽いな』程度の体力アップ効果しか発現しない。


『変身したは良いけど、そこからの展開を考えて無いなぁ… 何か攻撃手段、攻撃手段…』


 つばめが攻めあぐねているうちに男子生徒らが正気を取り戻してしまった。


「何だこいつ?」

「ふざけてんのか?!」

「すげー手品!」

「あ! こいつ噂になってた『ピンクの魔女』じゃね?」


 逃げられないまでもとりあえずは再び距離を取る事に成功するつばめ。

 仕切り直しとばかりに男子生徒らもじりじりと包囲網を狭めてくる。

 ただし変態したつばめがどの様な行動を取ってくるのか予想がつかない為に、彼らにも先程の様な捕まった獲物をいたぶる余裕は無さそうだった。


 つばめとしては、とにかく囲もうとしてくる男子生徒らの一角にでも隙を見つけて、互いの位置関係を逆転する事ができれば、部室長屋なり校舎なりへの逃走を試みる可能性が生まれる。


『誰か1人でもいい。気を逸らせて包囲を突破出来ればまだ望みはある…!』


 つばめの基本方針が定まった。問題はその手段であるが、未だ有効なプランは思いつかない。


『どうする…? 考えろつばめ! 何か… 何か必殺技的なパワーアップは無いの…?』


 変態した事、不良達と距離を取れた事で、つばめの心に若干ではあるが余裕が生まれる。


 そしてつばめが思案している間にも包囲網は徐々に狭まってくる。あまり時間的余裕は無い。


『考えろつばめ! つばめ…? つばめ… もしや?!』


 つばめが思考の檻から出た時には目の前に男子生徒が迫っていた。もう考える時間は限界だ。


「つ… 『つばめブーメランっ!!』」


 入学した日、クラスの自己紹介で使用した一発芸の『つばめブーメラン』を、つばめは今ここで改めて披露した。

 もちろん不良達に自己紹介をしたかった訳では無い。駄目で元々、一瞬でも気を逸らす助けになれば、との思いから出たほぼほぼ苦し紛れの『必殺技』であった。


 だがつばめの意に反してその『必殺技』は発動した。

 つばめ本人のイメージとしては『鋭利な刃物が宙を舞って敵を刺す』物であったが、実際には『つばめの投げる動作で、頭から発生した餅の様な物体が、相手の顔面にビッターンと貼り付いた』物であった。


 予想外の出来事に不良達はもちろん、つばめの意識も中断される。そしてこの場にいた全員が思考を共有する。『ナニコレ…?』と。


「…いってぇな! テメェマジふざけんなよ!」


『つばめブーメラン』の直撃を受けた男子生徒が激昂する。

 どうやら新必殺技『真つばめブーメラン(一発芸のつばめブーメランと区別する為の呼称)』の威力は一般女子のパンチ力程しか無く、男子相手を倒す程の威力は無かったらしい。

 むしろ相手の戦意を煽る効果の方が高いかも知れない。


 それでも一瞬の隙は作る事が出来た。つばめはその男子生徒の脇を走り抜けようと試みる。


 だがその考えは甘かった。つばめは脇を抜けようとした男子生徒に、あっさりと腕を掴まれて動きを止められてしまう。


「いやっ!!」


 振りほどこうと抵抗するつばめ。しかし男子の力には対抗できない。そうこうしている間に、横に居た別の男子生徒がつばめの逆側の腕を掴み、つばめは両腕を拘束されて今度こそ本当に身動きが取れなくなってしまった。


「手こずらせやがって!」

「そんなにお仕置きして欲しいのか? ああんっ?!」


 掴まれたまま耳元で大声を出されて萎縮すると共に、再び絶望の淵に追いやられるつばめ。


『もう駄目… もうこれ以上は無理だよ… お父さん、お母さん、沖田くん、ごめんなさい… わたしはもう…』


 その時、不意に『とある言葉』がつばめの脳裏に閃いた。


 いわく「可逆反応の逆不可逆反応」と……。


 絶望の中で神の啓示の如く授けられた新しい呪文。しかし、その呪文を唱えようと考えるだけで、つばめは背筋から凍る様な激しい悪寒に見舞われた。


『何この呪文…? この魔法を使えば恐らく今の状況を打開できる。理由は無いけどそれが分かる! でも多分だけどとても恐ろしい魔法だと言う事も分かる。一度使ったらもう二度と元には戻れなくなる様な感じ… でも… それでも今は…』


 つばめは口を開く。己の意思では無いかのような逡巡を全身に纏いながらも、『己の身を守る為に』他者への悪意を言霊ことだまに乗せて放出しようとしていた。


「…………かぎゃくはんのうの……」


「きゃりーっ! ぱみゅぱみゅっ!!」

「赤巻紙あおまきまき… ああもう噛んだっ!!」


 つばめの腕を掴んでいた不良2人が同時に吹き飛ぶ。

 片や振動によって威力を増したパンチと、片や魔法とは何の関係も無いゴリラパワーによるパンチだ。


 これまた予想外の事態に大きく動揺する不良達を尻目に、


「お待たせだよーっ!」

「もう、心配したんだからねっ!」


 赤と黒、2人の魔法少女がつばめを守る様に、その前に現れた。

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