第7章

第79話 しんぱい

 翌朝、平常運転でパンを咥えて走るつばめ。そんな彼女にはここ数日間、疑問に思っている事があった。


 それは『最近暴走ドライバーさんに会わないな』と言うものだ。


 入学初日から、執拗につばめを狙って轢き殺そうとしているかの様な運転を繰り返していた悪質ドライバーが居たのだが、この数日間は姿を見せていない。


 単純に時間が合わないだけかも知れないし、別の場所で事故を起こして怪我をしたのかも知れない。

 つばめとしては別に会いたい相手な訳でも無いのだが、居なければ居ないで仄かな寂寥感を感じてしまうのが乙女心の複雑さである。


 そして本日、遂にその謎が明かされる事になる。


「そこの暴走車両、左に寄って停まりなさい! …停まれっつってんだろゴルァ!!」


 いつもの遭遇地点である曲がり角、曲がる前からけたたましいサイレンと拡声器の声がご近所に響く。


 見ればいつもの暴走ドライバーの車が警察車両に追われていた。

 時速100km前後で爆走する暴走ドライバーの赤い車と、婦人警官2人を乗せたミニパトがほぼ同速度でチェイスしていたのだ。


 つばめの目の前を一瞬で過ぎ去った2台の車だが、その一瞬はとても強くつばめの脳裏に焼き付いた。


 いつもの赤いスポーツカーはともかく、それを追っているミニパトが強烈だったのだ。


 ハンドルを握る若い婦警は、ショートヘアで切れ長の目を持つクールビューティー。しかし今は狩人イェーガーの目つきで獲物を追いかけ、的確極まりないドライビングテクニックで暴走車両との差を縮めていた。


 そして相方と思われる助手席の婦警は、ロングの赤毛をポニーテールにした不二子を彷彿とさせる長身ナイスバディ。助手席の窓から身を乗り出しドアに腰掛ける、いわゆる『箱乗り』で拡声器トラメガを持って大声を張り上げていた。


『暴走ドライバーさん、見ないと思ったら警察が取り締まっていてくれたんだぁ…』


 走り去る2台の高速車両を見送って、悠然と道路を渡ろうとしたつばめに、横から爆音と共に2台目・・・の赤いスポーツカーが飛び込んで来た。


「っ!!!」


 某ゲームの緊急回避の要領で飛び退すさり事無きを得るつばめ。若干制服は汚れてしまったが命には代えられない。


『複数いたんかいっ!』


 心の中でツッコミながらつばめはのっそりと立ち上がる。とりあえず咥えていたパンを地面に付ける事は回避できた点は、静かな自慢点であった。




「おはよー、つばめっち。今日もギリギリで… って、何その格好? まさかいじめ?」


 久し振り登場の綿子の出迎えである。綿子は以前、沖田親衛隊に絡まれているつばめを助けた事がある。歩道にヘッドスライディングして汚れたつばめを見てその事を思い出したのか、明るい綿子らしからぬ心配そうな暗い顔になる。


「あー、違う違う。いつもの・・・・暴走ドライバーだよ」


 毎度毎度命の危険に遭っているのに、危機感の無いつばめの言葉。慣れとは恐ろしい物である。


「あっそ。なら良いけど…」


 綿子の中にも『つばめが毎朝交通事故に遭いかける』事は織り込み済みらしい。慣れとは恐ろしい物である。


「それはそうと今朝の壁新聞見た? …って今来たんだから見てるわけ無いよね。つばめっちスクープになってるよ?」


「へ…?」


 声をひそめる綿子。彼女の言う通り、つばめには何の事か分かっていない。新聞部による魔法少女(つばめ)への糾弾記事が発表された事など知る由もない。何なら前日の魔法少女を取り上げた壁新聞の記事すら知らなかった。そんなアナクロな物には興味が無かったから。


「何かつばめっち一人が悪者にされてるみたいな記事だったよ。ご丁寧に顔写真まで載っけてさ。名前やクラスは伏せてて顔モザイクも掛かってたけど、『つばめブーメラン』が写ってたら一緒じゃんねぇ? あたしも一応魔法少女なかまだから、擁護に回るつもりだけど…」


 事ここに至って、ようやくつばめは自分が新聞部に狙われている事を理解する。

 何故かは分からないが、マジボラの件でつばめを突き止め、バッシングのネタにしているらしい。


 確かに周りの気配を窺ってみると、以前よりも悪意の視線を感じる様な気がする。いつもは沖田親衛隊の3人だけなのに、今朝はその3倍くらいの邪視を感じた。


「1つだけ確認させて。『魔法少女が怪人らと組んで騒ぎを起こしている』って言うのはウソだよね…?」


 綿子の真剣な顔に、一瞬どの様なリアクションを取るべきか逡巡するつばめ。


「あ… 当たり前じゃない! わたし達は襲われている生徒達を助けようと…」


 反論しようとするつばめを、自分の口元に人差し指を立てた綿子が制する。「声が大きい」と言う事だろう。


「うん、オッケー、それ聞いて安心したよ。部活の先輩にも言っておくから… それでボディガードとかは要らない?」


「えー? 大丈夫じゃないかなぁ? さすがに学校内で石投げられたりしないでしょ」


 ここでチャイムが鳴って雑談タイムは終了し、綿子は自分の席へと戻っていった。

 そしてつばめは後に、綿子の申し出を断った事を大きく後悔する事になる。

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