第78話 はんせい

 放課後、蘭はひとり教室で黄昏たそがれていた。クラスの全員が部活、委員会、帰宅し蘭の他にはもう残っている生徒は居ない。

 その環境を利用して、蘭は本日の様々な出来事に対しての一人反省会を行っていた。


 つばめと談笑していたはずなのに、その直後に睦美に捕まり、本来はスパイする対象であるマジボラの為にシン悪川興業の情報を流す約束をさせられてしまった。


「はぁ… これって厄年とか天中殺とか大殺界とかなのかしら…? もう呪われているとしか思えない展開よね…」


 誰に言うと無く独り呟く蘭。持ち出す例えが結構古いが、蘭は正真正銘ピチピチ本物、15歳の女子高生である。


「でも、もしこれでお爺ちゃんや凛を改心させられるのならば、マジボラに賭けてみるのも悪い話では無いかも知れない。あの避妊具みたいな名前の先輩はどう煮ても焼いても食えないだろうけど、つばめちゃんや土方先輩とは良い関係が築けそうな気がするし…」


 意図せずつばめの名前を出した事で蘭は顔を赤くする。


「…なんで私、あの時急に恋バナなんてしちゃったんだろう? つばめちゃんに『サッカーくん』の事を聞いて欲しかったのかな?」


 サソリ怪人からピンチを救ってくれた名も知らぬ少年(沖田)に、蘭は密かに『サッカーくん』と名前を付けていた。

 センスもへったくれも無いネーミングではあるが、他の誰に聞かせる訳でも無いのだし、蘭の心にとどめて置くだけなら何の問題もあるまい。


「つばめちゃんもノリノリで食い付いてきたなぁ。やっぱり女の子はああいう話が好きなんだなぁ…」


 オッサンの様な感想を漏らす蘭。思えば蘭は今まで女子友達相手でも、あまりその手の話をしてこなかった。

 もちろん蘭とて木の股から生まれた訳では無い。素敵な彼氏は欲しいと思うし、中1の頃に部活の先輩に密かな恋心を抱いた事もある。


 単に蘭のタイミングが合わなくて、その時に好きな男子が居なかったり、家庭の事情でそれどころでは無かったりしただけで、蘭自身も恋に恋する純情可憐な乙女である事に変わりは無い。


「はぅぅ… なんか今になってめちゃめちゃ恥ずかしくなってきた… つばめちゃん、あんなこと言ってたけど大丈夫かな? …でもせめてサッカーくんの名前とか分かれば嬉しいなぁ…」


 蘭のこの淡い願望は明朝早速打ち砕かれる事になるのだが、今はまだこの薄幸の少女に束の間の夢を見させておきたい。


「それにもし、つばめちゃんに私の体を治す力が有るのならば、もうキモい怪人を連れて『恐怖のエナジー』集めなんてしなくても済むかも知れないし、そうしたら堂々とつばめちゃんとくつわを並べて戦えるわ…」


 ここまで独り言を続けていた蘭は、ふと繁蔵がマジボラを盗聴する為のマイクをオフにしていた事に気づく。


 元々は蘭とつばめの恋バナを聞かれない為のプライバシー保護措置だったのだが、後に控える睦美との会話全般を繁蔵に聞かれずに済んだ事は大きな幸運だったと言えるだろう。

 マジボラでの会話が繁蔵に知られていたら、全ての計画が水の泡となってしまっていたのは間違い無い。


「そう言えば近藤ひにんぐ先輩は私が『邪魔具』を持っているって言ってた。でも私には心当たりが無い。どういう事かしら…? …まさかまた私の知らない所で改造されている、とかなのかな…? だったら最悪…」


 考えられるとしたら、久子との頭突き勝負の後に繁蔵は蘭の額に「鉄板を仕込んだ」と言っていた。恐らくそれだ。この辺も問い詰める必要があるだろう。


 そこまで考えて蘭は大きく息をついた。とりあえずは帰って繁蔵と話さなければならない事がいくつかある。


「よし、帰るか!」


 続く戦いに備えて、蘭は気合を入れて立ち上がった。


 ☆


「ただいまぁ…」


「お姉、お帰り〜」

「帰ったか、蘭」


 増田家のリビングルームでは繁蔵と凛が対戦格闘ゲームで遊んでいた。


 志望校への偏差値が足りないと嘆いて、必死に勉強していた凛が堂々とゲームで遊んでいるあたり、繁蔵の改造手術に頼る気マンマンなのだろう。

 そして繁蔵も何かと反抗的で、躊躇なく老人に暴力を奮う野蛮な蘭よりも、たとえ打算であれ懐いてくれる凛を可愛く思っていた。


「ねぇ、お爺ちゃん…」


「なんじゃ蘭? 今忙しいんじゃが?」


 TV画面から目を離さないまま、文字通りコントローラーと格闘しながら繁蔵が答える。


「ごめんなさい。私、間違ってた… もっと真面目に『シン悪川興業』の事を考えたいの…」


 蘭の言葉に繁蔵は驚いた様に振り返る。繁蔵の隣に座る凛も何故か嬉しそうに蘭を見つめる。


「おぉ、蘭よ… 分かってくれたか…」

「お姉、ヤル気出たの?」


「うん、まぁ、そんな感じ… それでね、お爺ちゃんは研究と開発に忙しいし、凛は受験生だしで、それぞれの職務に集中してもらう為に、私が雑事を担当しようかな? って思ったのよ… 例えば窓口業務とか…」

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