第14話 ゆうげ

 まだ寒さの残る4月、湯冷めした体でつばめは暖を取るべく台所のガスコンロへ向かっていた。


 別に暖房器具が無い訳では無い。平日の夕飯作りはつばめの仕事なのだ。料理をしながら暖を取れば一石二鳥なのである。

 正確に言うなら芹沢家のルールとして、平日の朝晩の炊事はつばめとかごめ、2人の娘の仕事と決められていた。


 毎日の炊事をする事で、冷蔵庫の中の限られた材料から作れる料理を選別し、その候補の中から自分の食べたい料理を作って家族に振る舞い、労働の対価として毎月の小遣いを貰う。というシステムになっているのだ。


 これは「働かざるもの食うべからず」の精神から来ており、芹沢家では単に小遣いを与えるだけの生活をしてこなかった。


 加えて、将来他家に嫁入りした時に台所を預かる身分となった場合、恥をかかない様にとの花嫁修業も兼ねていた。

 加えてもし結婚せずとも、外食や惣菜に頼らずに食生活を維持出来る事は、将来的に益にこそなれ損にはなる事は無い。


 何にしても料理は出来ないよりは出来た方が良い、男子もそうだが女子ならば尚更だ。そんな理念の元に育ってきたつばめは、その甲斐あってか同学年の女子の中ではかなり上位の料理の腕前を持っていた。


 万事『普通』のつばめだが、料理だけは得意と言っても良いだろう。問題はその料理の腕にしても妹のかごめの方がレベルが高い事であるが、まぁここで問題にする話でも無い。


 さて「夕飯作りはつばめ担当」と前述したが、これは正確ではない。制約上、夕飯を作らなかった方は翌朝の朝食作りが義務化されるのだ。


 かつて『つばめは朝の時間に1秒でも長く寝ていたいから家から近い高校を受けた』と書いた。即ちつばめは『朝ごはんなんて作るくらいならその時間分を寝ていたい』娘なのだ。


 つまり『朝食作りの為に早起きしたくないから前日の夕飯作りを行う』のであり、またその形で姉妹の仕事はほぼ固定されていた。

 妹のかごめも朝食の方が簡単なおかずやパンで許されるので、それなりに納得して分業されている状態なのだった。


「挽き肉を早目に使っておかないと駄目かなぁ? お豆腐があるから麻婆豆腐でも作ろうかな…? あとはキュウリがあるけど麻婆豆腐には入れられないから浅漬けでも別に作るか…」


 早速主婦スキルを発揮するつばめ。

 余談だが妹のかごめは辛味が苦手だ。そこを敢えて辛い料理の麻婆豆腐をチョイスするあたりがつばめのつばめたる所以である。


 慣れた手つきで材料を処理していくつばめ。また今日も色々な意味で賑やかな食卓になりそうな芹沢家であった。



 一方、その頃……。


 瓢箪岳高校から徒歩で15分程歩いた裏道沿いの場所にひっそりと建っている『霞荘かすみそう』という六畳一間(バストイレ付)の安アパートの201号室。そこに睦美と久子の2人は住んでいた。


(一応)大人の女性が2人で住んでいるにも関わらず、さして大きくない箪笥、簡素な勉強机、2、3人用の小さなちゃぶ台、あとは基本的な家電があるだけで化粧台の1つも無い、とても殺風景な部屋である。

 

「睦美さまぁ、オムライス出来ましたよぉ」


 制服の上からエプロンを着た久子が台所から睦美に声を掛ける。睦美の部屋着は色褪せた年代物のジャージの上下である。


 横になってテレビを見ていた睦美は気だるげに立ち上がり、台所にあるオムライスの盛られた2人分の皿を受け取りに歩を進める。


「ちゃんとダブルテイストにしてくれた?」


「もちろんです。ケチャップとデミグラスソースを左右に分けてかけてますよぉ」


「そう…」


 口では興味無さそうに振る舞っているが、睦美の口角は楽しげに上がっている様に見えた。

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