第13話 おふろ

 久子が帰ったあと家に1人残されたつばめ。

 今日の学校行事は入学式だけであり、その後に保健室に寄ったり睦美らに徴用された分を含めても、時間はまだ午後に入ったばかりてあった。


『今日は朝から色んな事が起きすぎて全然頭がついてきてないよ…』


 つばめの正直な感想だ。確かに朝からのイベントを列挙すると、交通事故、殺人未遂、運命の出会い、入学式、プチ失恋、拉致監禁、魔法覚醒、自作自演、狂信者の告白、そして今である。

 ほんの数時間の間にこれでは流石のつばめでも身が保たない。


『頭もスッキリさせたいし変な汗もかいたから、家族が帰ってくる前にひとっ風呂浴びておこうかな…?』


 芹沢家の構成は4人家族。つばめの他に父親のじゅん、母親の貴子たかこ、そして妹のかごめである。


 両親は共働きの為に2人共帰宅は夜である。妹のかごめは今年中学2年生、クールな娘で姉のつばめよりも精神的に大人びており、基本的に姉のつばめを下に見ている。

 中学校は既に通常授業になっている上にクラブ活動もあって、かごめの帰宅も夕方以降だろう。


 つばめは長風呂が好きなのだが、他の家族がいると順番待ちで文句を言われるので、普段はなかなか出来ないでいた。ちなみに入浴の順番は姉妹どちらか→母親→父親となっており、締めの風呂掃除は父親の仕事である。


『今日ならかごめのバカがどんなに早くても、2時間は風呂に浸かっていられる!』


 善は急げとばかりに浴槽に湯を張るつばめ。待ち時間の間に制服から部屋着に着替え、明日の準備を済ませる。

 担任から貰ったプリントによると、明日は午前中は通常授業だが、午後からはクラブ活動の見学時間に当てられていた。


 とは言え、つばめに部活選択の余地は無い。マジボラへの入部届けの類を書いた覚えは無いが、しれっと他の部に入部しようとしたら、その日のうちに天に召される運命が待っているのは火を見るよりも明らかだ。


『悪い人達じゃないのよね、多分… でもやっぱり得体の知れない怖さはあるよなぁ…』


 ぼんやりと考えているうちに、風呂の用意が出来た事を通知する機械音が鳴る。

 脱衣所で服を脱ぎながら大きな姿見に己を写す。そこにいるのは女性未満の少女だ。未だ発展途上ではあるが、女児と呼ぶほど幼くは無い。


 確かに女性らしいフォルムをしてはいる。バストだって高校入学を機に、キツく感じ始めていたブラジャーのカップをAからBにランクアップさせた。

 ウエストだって一応『くびれ』と呼べなくはない程度の凹みはあるし、ヒップも一目で女性だと分かる程の丸みはある。


 異性を惑わせる様な色気があるのかどうかは自分ではまるで判断が付かないが、同年代の男子を相手に鼻で笑われる様な事は無いであろうくらいは予想できる。


 しかし、つばめの想定している『敵』は山崎教諭である。あのボンキュッボンのダイナマイトボディを相手にしたら、戦力不足どころか無抵抗で蹂躙じゅうりんされるのは考えるまでも無い。


『せめて胸だけでも大きくならないかな? 揉むと大きくなるって本当なのかな…?』


 迷信にすら縋りたいつばめは自らの胸を強く掴み、痛みに顔を歪める。


『はぁ、何やってんだろわたし…? 早くお風呂入って今日は早く寝よう』


 自嘲気味に浴室に入り頭を洗う。そう言えば忘れていたが睦美より預かって髪に付けていたシュシュが頭頂に鎮座していた。

 洗える素材らしいので入浴に問題は無いのだろうが、1つ大きな問題があった。


「これどうやって外すんだろう…?」


 装着する時は勝手に縮まってシュシュとして機能してきたが、今手を使って外そうとしてもびくともしない。無理に引っ張っても髪の毛アホ毛と一体化している様子で、頭皮のダメージが重なるだけであった。


「外し方聞いてなかったーっ!」


 ショックのあまり浴室でしゃがみ込み頭を抱えるつばめ。しかし、


「…まぁいいや、そこまで邪魔でも無いし明日外し方聞こう」


 即座に立ち直る。別に思い悩む程の重大事でも無いのだ。単に全裸のつばめが浴室で一人漫才していただけの話であった。


 体を洗い流し浴槽に体をうずめる、湯の浮力を受けて体が軽くなるのを感じる。至福の時だ。


 ふと自然に自分の脚が目に入る。膝小僧に貼られている絆創膏が、今日の出来事が夢や幻では無かった事の証である。


「でもあのお婆さん、喜んでくれたよね…?」


 つばめの魔法は目立たない様に行われた為に、老女には気づかれていない。直接の感謝は咄嗟に介助に入った久子の行動であろうが、採取されたエネルギーとやらの何割かはつばめの働きに拠るものである事は間違い無い。


 善行を行った事による『誇らしさ』や『満足感』『自己肯定感』につばめは小さくはにかむ。


『良い事をした』という気持ちは人の精神を大きく成長させる。あの老女の笑顔を思い出すだけで、全身から疲労感が抜けていくようだ。

 湯に溶けるように体から疲れが滲み出、ゆったりとした安らぎの感覚がつばめを包む。


 つばめはゆっくりと目を閉じ、その安らぎに身を委ねる。全身から余分な力が抜けて、大きな静寂の中に沈み込んでいく。


 そしてそのまま眠り込んでしまい、湯船で溺れかけて慌てて飛び起きるつばめ。小一時間眠っていた様で、思いっきり湯冷めしていた。


「なんて日だ!」


 先程までの幸せな気分はどこへやら。自業自得のつばめは、またしても見知らぬ神に毒づいていた。

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