第7話 へんたい

「魔法を使うにはどういう理由なのか知らないけど、高校生以下の身分じゃないと使えないのよ。だから目的の為に仕方なく、やりたくもないガキの格好をしてんのよ、悪い?」


 不満げにもらす睦美の表情には確かに苦悩の色が浮かんでいる。


『その割にはノリノリで大昔のヤンキーの様な格好をしていますよね』

 とつばめは思ったが、命が惜しいので黙ることにした。

そもそも12年も留年していて退学にならないのも、謎と言えば謎だ。


「まずはこのエナジー回収装置を兼ねた変態へんたいバンドを渡しておくわ。指でも首でも手首でも好きな所に巻けば勝手にフィットしてくれるから」


 睦美の口からは自然に吐かれた言葉の一節がつばめの頭脳に引っかかる。


「は…? 今なにバンドと…?」


「変態バンドよ。魔法を使うには普通の人間の体では魔力の反動に耐えられないわ。だから『変態メタモルフォーゼ』して体内組織をまるごと組み替えるのよ」


 あぁ、『変態』ってそっちの… それにしてももう少し身に付ける人間のやる気を引き出そうとする努力に励むべきなのでは? と思わなくも無い。

 プリキ○アだって『メタモルフォーゼ!』の掛け声で変身するチームもいるのだから。


 やがて睦美が手渡したのは、直径30cm程の円形に繋がった(しかし継ぎ目の無い)白いリボンだった。よく見れば睦美は腕時計の様に左手首に、久子はチョーカーの様に首に白いリボンを巻いていた。


『これもう、ここで着ける義務が発生しているパターンかしら…?』


 一度巻いたら取れない、なんて最悪の事態も想定しつつ、つばめはリボンを装着する場所を模索する。


 本音を言えばそんな怪しげなアイテムを身に着けたくは無いのだが、下手に抵抗するよりも、適当に合わせた振りをして早く解放してもらう方が却って確実である。すでにつばめは学習していた。


 つばめの選択は『つばめブーメラン』こと頭のアホ毛だ。ここなら最悪髪ごと切ってしまえば後に禍根を残す事も無く、呪いのアイテムを除去できるだろう。


 髪ゴムを巻くようにアホ毛をリボンの円に通す。するとその円はみるみる縮んでいき、アホ毛を縛るシュシュの様な形で落ち着いた。


「ちなみにその布、洗濯機でも洗えるからこまめに洗って清潔にしておきなさいよ」


 外せると分かって安堵すると同時に少し拍子抜けするつばめ。警戒しすぎたらしい。


「次はアンタの使う魔法の呪文をそのリボンが教えてくれるわ」


 魔法の呪文!? その神秘的かつ甘美な響きにつばめは胸を踊らせる。興味の無い振りをしていても、女子としてやはり少し心をくすぐられる部分はある。


『魔法の呪文って一体なんだろう? ビビディバビディ魔人ブウ? マハリクマハリタヤンバルクイナ? テクマクマジコン? シュランラ? ピリカピリララポポリナテンペスト? キュアップ・アババ? うわー、何だか凄く緊張してきた。あーもう、わたしってホントバカ…』


 1人浮かれるつばめ。次の瞬間つばめの脳内に響く声があった。


《………『東京特許許可局許可局長』…………》


 ……なんですと?


「あ、あの先輩。なんか早口言葉が頭に浮かんで来たんですが…?」


 狼狽するつばめ、しかし目の前の2人は顔色を変えない。


「魔法を使うには高い精神力と共に集中力も必要よ。それに他人に聞かれても魔法の呪文と分からない様にカムフラージュするのが普通なの。その全てを機能的に融合出来るのが早口言葉なのよ。ちなみに途中で噛むと魔法は発動しないし、魔力も無駄遣いになるから気をつけなさいね」


 マジかよハードル高すぎない? 呆然とするつばめ。


「練習がてら試しにやってみると良いわ、まずは変態よ。メタモルフォーゼ! と叫びなさい」


「つばめちゃん、ガンバ!」


 2人に囲まれて逃げ場のないつばめは、半ば自棄ヤケになって声を上げた。

「め、変態メタモルフォーゼ!」


 つばめの掛け声に呼応して、頭のシュシュから無数のリボンが放出され、つばめの全身を覆い隠す。

 あっという間にミイラ男、もといミイラ女になったつばめに更に布が巻き付き、卵の様な形になる。


 卵の上から下に一直線に切れ目が入り、内側から眩しく発光する。その中から蝶がさなぎから羽化する様にフリフリの魔法少女ルックに身を包んだつばめが現れたのだ。


 顔つきはつばめのままだが、瞳は赤黒く、髪はピンクに染まっている。服装も全体的な色合いはピンク系統で構成されており、雰囲気だけなら魔法少女アニメの主役の装いであった。


 魔法少女マジカルスワローの誕生である。


 つばめは壁に掛かった大きな姿見に映る自分の変化に、頭がついていかず呆然としている。

 着替えはともかく髪色や目の色までこの短時間に変わるなど、確かに魔法でもなければ不可能だろう。


「でも思ったより見た目変わってませんよね? これじゃ身バレしませんか…?」


 感じた不安を正直に告げるつばめ。人助けはともかく、素顔を晒してこんなコスプレ稼業に打ち込むつもりは無いのだ。


「心配しなくても大丈夫よ。誰もアンタの顔なんか見てないから」


睦美の放つ無慈悲な一撃がつばめの心を大きく抉る。


「睦美さまぁ、あんまり本当の事ばかり言ってたら、そのうちつばめちゃん泣いちゃいますよぉ?」


『今』泣きそうなんですが…? つばめの小さな自尊心はささやかな抗議の意志を表明する。


「あー、ぶっちゃけ女は服装や髪型を変えたら、簡単には正体はバレないわ、だから身バレはまず大丈夫。別にアンタに限った話じゃ無いわよ」


 そういうものだろうか? どうにも釈然としないまま憮然とするつばめ。


「そんな事はどうでも良いわ。次は魔法よ… ヒザ子…?」

「はい、睦美さま」


 睦美の言葉に久子は睦美に向けて挨拶をする様に左手を上げる。睦美が素早く仕込み刀を一閃させると、久子の左手の平にうっすらと血が浮かんだ。


「さ、じゃあこの傷を治してみて」

「つばめちゃん、ガンバ!」


 本人たちはお気楽にやっているが、普通に刃傷沙汰だ。睦美はともかく久子は怪我をさせられて平気なのか?


 そう言えばこの2人の関係もよく分からない。ヒザ子はまだアダ名とするも『睦美さま』というのは穏やかでは無い。よほど睦美が久子から崇拝される『何か』を持っているのか、或いはお子様禁制の『道ならぬ関係』なのか…?


 なんにせよ怪我をしているのなら手当をしなければ。本当に『生命の力』とやらで治療出来るのかどうか、つばめにはまだ分からない。


 とりあえず久子に向けて手をかざす。同時に目の前にARの様に画面が現れた。いわゆるステータス画面とかログウィンドゥと呼ばれる物だ。

 そこに表記された文字列は以下の様な物だった。


☆どちらかを選択して下さい。

 A、痛みは無いが、その傷が自分の体にそのまま移る。

 B、傷は付かないが、痛みをそのまま自分に引き継ぐ。

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