第8話 まほう

「あの、先輩。何か選択肢が出たんですけどどうすればいいですか…?」


 つばめは判断がつかずに睦美に相談した。AかBかを選べって事なのは良いとして、傷が残るのも痛みだけ来るのも遠慮したい。


「どっちでも良いから早く選びなさいよ。こっちは待ってるんだから」


 睦美はイラつきを隠さない。負傷しているのは久子なのだが、こちらはそれにも関わらずにつばめに向けて笑顔を崩さない。


『近藤先輩は怖いし、土方先輩も怪我してるんだから、早いところ治さないとだよね… じゃあとりあえずBで』


 つばめの選択、そしていよいよ初めての魔法使用だ。心臓が激しく鼓動する、祈り、囁き、詠唱、念じろ!


「…と、とうきょうとっきょきょきゃきょきゅ!」


 ………………噛んだ……。


 当然久子の手に変化は無い。その横の睦美が再び溜め息をつく。

 つばめには疲労感がどっと押し寄せる。これが魔力消費の代償という事なのだろうか?


「すっ、すみません! もう1回、もう1回チャンスを下さい!」

 つばめは2人に大きく頭を下げる。もしまた失敗したら今度こそ斬首の刑に違いない。


「…はぁ、慌てなくていいわよ。言ったでしょ? 噛んだら全部無駄になるから慎重にやって」


「つばめちゃん、リラックスだよ!」


「アンタってばドン臭そうだから助言してあげる。早口言葉ってね、意味を考えながら言うと噛みにくいわ。『東京にある特許を許可する所の局長さん』ていう人をイメージしながらやってみなさい」


 …2人とも怒ってはいないようだ。それどころかアドバイスまでしてくれている。少なくともこの件での斬首は無さそうに思える。

 つばめは大きく2度深呼吸して精神を落ち着かせた。


「では今度こそ。『とうきょうとっきょきょかきょくきょかきょくちょう』!」


 言い切ったつばめの手から光が放たれ、その光に照らされた久子の手の傷が見る見る回復していき、ほんの1、2秒で完治してしまった。


「あ痛っ…!」


 つばめの左手に何かに切られたような痛みが襲う。慌てて左手を確認するが、手のひらには何の異常も見当たらなかった。


「これが選択肢Bの『痛みを引き継ぐ』って事なんですね…」


 1人呟くつばめ。しかし周りの2人はつばめの魔法発動に大興奮で、つばめの決めのシリアスシーンにはまるで絡んで来なかった。


「成功よ! こんな嬉しい事はないわ!」

「そうですね、さすが睦美さまの選定眼です!」


 睦美らの喜びがつばめにも伝播する。自分の力で喜んでもらえたのなら、それはそれで素晴らしい事だ。これなら自分が痛い思いをした甲斐があったという物だ……。


 うん…? あれ…? でもこれ… あれれ…???


①魔法奉仕同好会で魔法を使って困った人を助ける。

 これは会のコンセプトであり、心情的にも抵抗は無い。人助けは尊い行為だ、間違い無い。


②怪我や病気で困っている人も居るから、魔法で彼らを助ける。

 これもそういった行為が可能であるならば、その力を使う事に逡巡する必要は無い。


③怪我や病気を治せるのはわたしだけ。

 まぁ適材適所と言うやつだ。他の人に出来ないのならばわたしが頑張る必要がある。


④その度に傷や痛みは全てわたし・・・が引き受ける。

 …これだ! これが納得できない!! 何故同好会活動の負担の一切合切を、何の得も無いのに新人であるわたしが背負わねばならぬのだ?!


「あ、あのっ…!」


 切羽詰まったつばめの声に睦美たち2人の視線が戻る。


「え、えぇと、何て言うのか… この同好会の『困っている人を助けたい』という志はとても尊いと思いますし、そのために行動するのも立派な事だと思います…」


「つばめ…」

「つばめちゃん…」


 2人の表情が和らぐ。つばめの理解が深まった事で、より絆が深まった気がしたのだ。


「あ、でもですね、その度に怪我したり痛くなったりするのはイヤだなぁ、って思ったりなんかして…」


「つまり協力は出来ないって言う事…?」


 睦美の感情よりほとばしる熱を、敢えて抑えた冷たい言葉につばめは戦慄する。


 睦美の失望は大きかった。絆が深まった気がしたのは気のせいだった。人がそんなに便利になれるわけ無いのだ。


「いえっ、出来ないって訳じゃなくて… その、何て言うか負担割合と言うか何て言うか…」


「死にかけた命を助けてあげたじゃない? …あぁ、つまり『別の見返りが欲しい』って事? 欲張りねぇ。まぁ、そういう事なら早く言いなさいよ」


 睦美が我が意を得たり、と言う顔で目を細めてつばめに微笑む。


「アンタ、さっきの保健室に居た茶髪の男の子の事、好きなんだろ?」


 前置きなしの図星に狼狽うろたえるつばめ。


「えっ? あのっ、その、そういうんじゃなくて… ちょ、ちょっとカッコイイかな? って思っただけで、好きとか別にそういうのじゃなくて…」


 口ではそう答弁するも、つばめの顔は既にトマトの様に真っ赤に染まっている。これほど分かりやすい娘もそうそう居ないだろう。


「アタシ達があの男子の情報を集めてアンタに提供するわ。なんならお付き合い出来るようにアタシ達でフォローして上げてもいいわよ?」


「やります! 頑張ります!!」


 即答であった。

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