桐子との会談

「それが、この星で起きたことです。まさか次代樣が産まれているとは、わたくしも気付きませんでした。その後獣者は静かに、社に戻ったと聞きます」

「そう、でしたか……」

 火威は悲しく、本来なら自分と同じ代であった青龍のことを想う。桐子から聞いただけなので抜けはあると思うが、不敬であってもきっと、良い次代になったはずだ。一度顔を見合わせてみたかった。

 自身がもっと早く産まれていれば。それだけで未来は、過去は、変わったはずなのに。いまとなっては無力な誕生だ。

「どうか、ご自身を責めないでくださいまし。それに、恐らくはすぐにでも新しい次代樣はお産まれになりましょう」

「そんな、すぐに……?」

 李も同じことを言っていた。それほどまでに火威の影響は大きいのだろうか。

「はい、炎帝樣がいらっしゃっていただいてから、わたくしの文官に様子を見に行ってもらっております」

 冷静に笑う桐子を見て、語られた事件については疾うの昔に風化したことなのだと思い知らされる。神殺しは星をも滅ぼしかねない罪だが、幼い青龍の采配で無効にしたのだろう。自分にも誰かを救う力が宿っているのかと、火威はじっと掌を見つめた。

「しかし桐子殿。どうにも腑に落ちません」突然口を挟んだのは羊蹄だ。「いくら民を宥めるためだとはいえ、獣者が主神の傍を離れるなどと……」

「さて、それについては計り兼ねますが、我が星は薬学に特化しており、獣者樣方もそうであらせられました。特に兎苔殿は毒の使い手でしたから、次代樣へ影響が及ぶのを避けたのかもしれません」

「ですが神は多少のことでは――」

「もしくは、人に危害を加えることを見られたくなかった、とか。何にせよ、ここで答弁してもすべては憶測でしかありません」

 それは確かにそうであった。事実がどうあれ、青龍が斃れたことに変わりはない。細かく頭を振る桐子に、それ以上は訊くなといった雰囲気を醸し出され、獣者は押し黙る。ここで机上の空論を叫んでも、桐子とその従者にしか届かない。

「長いお話でお疲れでしょう。いましばらくお待ちいただけましたら、きっと吉報を持って部下が戻ってくるはずです」

「允可を、貰えるのですか? 産まれたばかりでも、大丈夫なのですか?」

「――ええ、きっと青帝樣も、炎帝樣と同じく空位の間成長しておられるはずですから。理解できる御年まで、先代樣が采配してくれるでしょう」

 その言のときだけ、星長の瞳が鋭く光る。屋外に這う蔓植物が風で揺れたので、その光の加減かもしれなかった。亡き先代は多くのものを遺してくれたのだろう。早く誕生してしまった異端な存在ではあっても、少なくとも桐子には偉大な神として認識されていることが幸いである。

「一度様子を確認しに参らせていただきとうございます。そのような椅子ではお身体に障りましょう。客間へと案内させます」

 桐子は席を立ち、一礼をして退出する。そのしばらくしたのちに、桐子の言いつけ通り美しい女官に火威たちを案内させた。客間には綿を詰めた絹の椅子があり、やはり先程と比べるとこちらの方が落ち着く。あの執務用の椅子も悪くはなかったが、火威の幼い身体には合っていなかった。

 客間も吹き抜けになっており、窓の格子には青碧(せいへき)が漏れることなく塗布されている。丸く切り取られた窓に格子が這う光景は遊星に流るる渓流を思い出させた。植物を伐ることはあまり推奨されていないのか、伸びた蔦は中に這入(はい)ってきそうだった。

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