次代の行方
あわよくば喰い殺してやろうと体制を構えているが、仔どもには恐ろしく隙が無い。
――いや、違う。
畏れているのだ、この自分が。次代に移り変わるいま、頂点には自分が立てるはずだった。ガキどもがこの世を支配できるわけがない。白錵には豊穣の土地と煌びやかな黄金がある。それは揺るぎない権力の象徴だと自負していたが、だが。
眼前の朱雀には、どうしてか襲いかかれない。
動くことができないと確信した火威は、その燃えるような瞳で熱く語る。
「それが、僕とあなたの神力の差です。白錵さんにはもう、ほとんど力が残っていない。土地から神力を吸い上げ、辛うじて獣者を保つことはできていますが」
それが、事の真相であった。白錵は土地に注がれていた代々からの神力を無意識に搾り取り、豊かな加護を薄れさせたのだ。そうなってしまえば厄災以外の何物でもない。
それでも民は、神である『白虎』を愛している。
「だから白錵さん、どうか次代を。民の愛する白虎を、これ以上地に落とさないでください」
「バカな……! このわっちにもう、力が……?」
絶望で眼を瞠る。銀髪を掻き毟り、現実から意識を背けようとした。哀れな主を痛い顔で見て捉え、口を開いたのはひとりの青年。
「白錵樣、我々ももう、社へ帰らねばなりません」
「――猿猴楓!?」
従順だった、何にも口を挟まず、それどころか自らの良いように働きかけてくれた猿猴楓からの言葉は、白錵の耳を打った。拍車をかけるのには充分な宣言で、縋るように見つめてくる。
「どうしてだ!? いままで何不自由なく置いてやっただろうが!?」
「申し訳ありません、白錵樣。わたくしたちはもう行かなければ、次代のための力を養えません」
「貴様……っ! 朱雀のガキに何か言い含められたか!?」
「違います、白錵さ――」
「羊蹄!」
答えを聞いたか聞かずか、白錵は逆上して青年に鋭い爪を振り上げた。危険を感じた火威は獣者に護衛を願うが、しかし鞭が届くより早くに動く影がある。鳥足升麻と犬山薄荷であった。
「白錵樣! どうか爪牙(そうが)をお納めください!」
「及ばぬところありましたのは、我々とて分かっております! しかしどうか、お傍を去るお許しをくださいませ」
苦言は届いただろうか。押し倒された猿猴楓も、慌てて二頭に倣い、深く叩頭の姿を取る。
「どうかお許しを! 次代への引継ぎをお願いしたく……!」
「バカ者たちめ!!」
一度獣の姿になったら、人に戻るのに多大な神力を費やしてしまう。半獣の形態を取るのがやっとだと気付いて、白錵はやがて、諦めた。仔を成さねばならない。獣者は社に帰さねばならない。
そう悟ったとき、自身の身体が身重になったのを感じた。
「決断していただき、ありがとうございます。僕は気になることを聞きました。遊星青龍に向かいたく思います」
次代の気配を感じ取った火威は、先代に向かって謝辞を述べる。乱された銀の毛並みの中、呆然と突っ立っていたかと思えば、白錵はそれでも聞いていたようだ。
「……そうか。釘を刺してきたらいい。もうその面、拝みたくないね」
しかし皮肉気に嘲笑って追い返す言葉は、普段の彼女だ。気力はいくらか削がれていたが、気丈さがある分これからを気にすることはないだろう。
――だけど。
「また、見たくないって言われちゃった……」
「だっ、大丈夫ですよ、火威樣!」
この小さな朱雀は、細やかな心根をしている。いまだって先程白錵が吐いた別れの言葉を思い出し、心配しているようだった。あの後女帝は早々に謁見を終わらせて、これよりは獣者と話し合うのだと言う。
三頭は焦りながら火威を宥め、案ずることはないと口々に唱えている。
「気にすることはありません!」
「そうですよ! きっと白錵樣だって、本気で仰ったわけではありませんから!」
「そう、かなぁ……?」
紅玉の瞳を潤ませながら見上げる樣は、幼児らしい純朴さを思わせた。とても先の謁見を済ませた神とは思えない。己よりも時を経た先代に訴え勝ったはずなのだが。
「だけど、だけどさぁ」
「しかし、允可はいただいていますし……」
「それより遊星青龍に向かいませんと……」
いつまでも嘴を尖らせて、不服そうに不安を漏らしている。遊星玄武とは状況が違い、先帝とはいえ允可を貰ったのだ。これで全滅させられずに済んで胸を撫で下ろしたところに、青龍の話である。この代はつくづく問題に愛されていた。
真偽を確かめに行かなければならない。白虎の耳には、貿易が盛んな星の特色のため様々な噂話が届くことがあった。そのひとつがそれだ。多大なる不敬のため何かの役に立つかと気に留めておいたのだが、火威にはそれほど効果がなかったらしい。
「……うん、そうだよね」
次の場所でも拒絶される気がかりはあったが、動かなければ始まることもない。星を動かすため、自分は允可を貰いに行けばならないのだ。
火威は改めて駒草の背に跨ると、力強く駆けるのを待つのだった。
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