第三章 遊星白虎

新たな星へ向けて

「次から次へと……。申し訳ございません、火威樣」

「ぼくは、気にしてないよ!」

 申し訳なさそうに頭を下げる獣者たちに、火威は鼓舞するように言葉を掛けた。それに、問題があるとしたら、きっと自分なのだろう。理解できない悪意を受けて必死に頭脳を動かしていたが、それももう限界に近かった。新しい星に出立できるのであれば、その疑念を振り払うことができる。

「ぼくは大丈夫。それより、新しい星に行くんでしょう?」

「……聞いておいででしたか。……はい、これよりは、遊星白虎へと参ろうかと思っております」

 遊星白虎。まだ聞いたことのない星の名だ。恐らくは星間を駆けたときに見た、緑か金の星、どちらかだろう。火威が頷かないのを見て取って、物知りな羊蹄が補足をしてやる。

「遊星白虎は遊星朱雀から西に位置する土地です。木枯らしと黄金の枯れ葉が美しいところのようですね」

「そうなんだ。……じゃあ、あの金色の星かな」

 先程の記憶と羊蹄の言葉を示し合わせる。それならば少し興味をそそられた。

「それではさっそく参りましょうか」

 同じく駒草の背に跨ると、今度は雪山を滑って飛翔の仕込みをする。力を溜めたかと思えば安定した足取りで、また宇宙を駆けていった。

「あれは……」

 それを見守っていたのは、一本のクリの木。栗である。

 朱雀に向けられた敵意を感じ、きっとこの場を去るのが得策と考えたのだろう。その結末に栗は申し訳なく思う。もう少し状況が違っていたら、このような結果にはならなかった。不幸なことは重なるもので、水掬にも悲しみを向ける。

 しかし、それでも民は神を信じ、安泰の象徴として祀り上げてくれる。小さき甲羅で全てを背負って、栗の主は生きてゆくのだろう。

 ――あなた方はきっと、いい神になる。

 栗はひとつの願いを、粉雪に乗せて予言した。




「さて、どうしたもんかねぇ」

 嘴は顔を掻きながら、ひとりぼやく。やはりどうしても朱雀のことが気になってしようがないのだ。風切とやらに帰宅を勧められたが、嘴はいまこうして、草の根に潜んで湿地を見守っていた。自分が朱雀の研究者で良かったと思えた点だ。他の星で他の神を研究する際は、どこに潜んでいるのだろう。

 それでも甘く刺さる葉先には困ったもので、痒みを訴える箇所をひたすら掻いて時間を潰していた。朱雀の湿地からは程遠いが、武官が見張っている以上、迂闊には近付けない。

「夜になれば、居なくなったりしないのかね」

 肝心の風切は姿が見えなかったが、それでも気を許してはいけなかった。相手は戦いのプロである。いつ見つかって脅されるか分かったものではない。

 楽観的な希望を述べたものの、そうなるとは微塵も思っていなかった。少しでも、上役の居ない内に手がかりはないかと、血眼になって探している最中である。しかしその望みも束の間、風切が名の通り風を切って登場してしまった。驚くことに倅より速い。

 その青年が何やら部下と情報を共有していると見えたとき、さらに遠くから馬の鳴き声が聞こえた気がした。武官たちも一斉に声のした方を捉え、佩いた剣に指を構える。その動作、まさに一瞬。やはり身を隠していて正解だったと、嘴はつくづく思った。

 そして彼らは、奇跡の瞬間を共にする。天へと向かって跳んだ一匹の午は、未と巳を引き連れて召し上げられていった。その背には、遠くて見え辛いが、ひとりの子どもが乗っているようにも見える。宇宙へと駆ける三頭はまさしく獣者。その背に跨るのは、――跨ることができるのは唯一の存在しかない。

 ――朱雀だ。

 その場にいる全員がそう感じた。決定的な奇跡を目の当たりにして、否定できるはずがない。きっと星々の允可を受けに行くのだ。嘴は目撃の第一人者として、真っ先に書面に認(したた)めるため、住処へと帰った。

 その姿を見咎めたのは、他でもない風切だ。ただし確証は得られなかったので、麾下(きか)に嘴のことを言い含めておく。歴史家の者がおかしな行動を取らないように見張っておけ、と。そうして自分は今一度星長の元へ戻り、今のことを報告せねばならない。朱雀の誕生は確実だったと。

 それを告げたら鶏頭はどのような顔をするだろうか。この先の揉み消しに骨を折るだろう。認めてしまえば楽なのだが、まだ許す歳次が経っているわけではないことを理解していた。

 地獄の業火は全ての民に深い傷を刻む。呪いは生き続け、また新しく産まれてしまった。神の成すことも人の成すこともどうでもいい。ただ命(めい)があるから動き、そのためだけに自分は足を動かしている。

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