星長(ほしおさ)
中庭や厨房の横を通り、最終的に連れて来られたのは、星長である鶏頭の自室。謁見などと言うから広間にでも通されるのかと思っていたが、そうではなくただ簡素な薄暗い部屋であった。扉は二重になっており、外からも中からも音が漏れないようになっている。窓にも厚いガラスが嵌め込まれており、薄手のカーテンが揺れることなく下がっていた。逆光になっていて、星長の顔はあまりはっきりとは目視できない。
重厚な雰囲気で、哢は唾を飲み込んだ。思えば朝から何も食べていない。最後の晩餐はいったい何だったのか。思い出せるはずもなく、ただただ漂い光る粒子を眼で追っていた。
「鶏頭様、お連れいたしました」
「うむ」
その中央に腰掛けるは、枯れ枝のような老人。随分前に椅子を設えたため、現在の身体では埋もれて見える。先帝の代からの代物(しろもの)らしかった。
「名を哢と申します。父に歴史学者を持ち、相当朱雀に肩入れしている様子です」
「そうだな」
言い方に棘がある。しかし何を言い返せばいいのか分からず、哢はただ黙ってじっとしているだけであった。その間にも、鶏頭は何かを考えるように哢をねめつけ、濁った瞳で品定めを繰り返す。
「哢、とやら。無礼ながら戸籍を確認させてもらった。この度は宣旨の伝達、ご苦労である」
「……いえ、ありがとう、ございます」
そこで一度言葉を切られたので、戸惑いながらも謝辞を返す。果たしてそれは正しかったのか。いまの状況では到底思考が巡らない。
「して、朱雀は鳴いていないようであるが、それについては何か聞き及んでいるか?」
「……え、さぁ、どうでしょう? 恐らく獣者と思われる方が、『直に一声鳴く』だろう、と。それしか――」
「獣者と、思われる」
鶏頭は曖昧な表現をひとつ取り上げ、意地悪な言葉を繰り返した。片眉を上げ、細かい隙を見つける。
十数年しか生きていない少年に、真実を嘘と認めさせることくらい、この老人には容易いことである。実際はどうだっていい。本当に朱雀が誕生したとしても、捻じ曲げてしまえば天下は再び人々に戻る。絶対に、あの心無き先帝に人の行く末を奪われてはならない。
「では、獣者であると確信はなかったのだね?」
「それは……、そうですけど」
命の危機に晒されたことを改めて思い出す。獣者であると確定する証拠はない。『我らが朱雀』と、信仰心を持っており、やけに気高そうで強かったから、そう感じただけかもしれない。獣者とは名乗っていたが、そもそも人の姿をしており、獣の一部は隠されていたのか見えなかった。
「そうか。この星にも不穏な輩が入り込んでおったのだな」
「どういう、ことですか?」
哢は考え込んでいた顔を上げて星長を見遣る。不安は膨れ上がり、少年の心を揺さぶった。まさか本当に、反逆者であったのだろうか。あのとき見逃していなければ。しかしひ弱な彼では到底太刀打ちなどできるはずがない。あるいはこの武官、翼帯なら――? もしやそれを見越して、父と小官たちを引き返させたのでは?
混乱は判断を鈍らせ、小暗がりは混乱を招く。星長の嗄れた声だけが、哢の耳には真実だった。
「君は暴徒と出会ったのだ。安心しなさい。しばらくの間、ここで匿っておこう」
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