第10話 それはダメでしょう!
勢いよく走ったのはいいが息切れがヤバい。
このところ運動はしていなかったし、どちらかというと健康的ではない生活を送っていた。
まずはインスタント中心の食事に運動不足、寝不足やらも加わり健康とは真逆だった。
その俺とは逆にペースを上げながら走る九重先輩には恐れ入る。
しなやかな動きは、なにか運動をしているんだろうなという感じがする。
いや、あの走りはきっと鍛えている。
目的の男女が消えたあたりに近づくと、俺達は次第に走る速度を落とし、足音がしないように気をつけながら横に見える路地に耳をすませた。
『もういません。顔を出してもOKです』
耳につけたイヤホンから見知らぬ声が聞こえた。
『瞳ちゃん、どこか分かる?』
『路地の途中、左側にドアがありませんか?』
『ありがとう。ちょっと探ってみる』
「さあ、行きましょう」
「あっ、ちょっと待って」
俺が言うより早く九重先輩は路地を進んでいる。
そろりそろりと路地の中程まで来たが、見慣れない風景に瞳から言われたようなドアは見つからない。
そうこうしていると壁の一部から灯りが漏れてきた。
隠し扉かなんかか?
なんかヤバそうな感じがする。
となると此処で俺たちが見つけられるのは危険だよな。
一瞬で頭の中で思考が巡る。
最適解は、アレぐらいか?
すぐさま九重先輩の腕を握り壁に押し付ける。
ぐっと顔を近づけると、九重先輩の目が引きつっている。
「な、ふぇっ!」
「しっ、黙れ!」
押し黙らすためにも、口を塞ぎぐっと顔を寄せる。
さしずめ、裏路地でキスでもしているように。
しかし、九重先輩の反応は楽しかった。
まあ、仕方ないか。
飲み屋の灯りが照らす九重先輩の顔は赤く大きな瞳をさらに大きくして、今にも涙が溢れそう。
それでも想像した反応の中でも上等な方だ。
さすがとまではいかないまでも及第点はあげてもよい。
こんな所で悲鳴でも上げられたら逃げ場はないしね。
後ろから人が近づく音が聞こえたから仕方なくもっと近づくことにした。
こそっと耳に口を近づけると最初に言った言葉は、全く甘いものではなく、色気があるものでもなかった。
「少しだけ、恋人のフリをして!」
そう告げると、コクコクと頷く。
やっと意味がわかったようで、こちらも安心した。この人のことだから誤解は早目に解いておかないと面倒くさいことになりそうだ。
少しだけ余裕ができたのか、九重先輩から俺の首に腕を絡ませてきた。
つまり、彼女の柔らかな双丘を遮るものは無いわけで、こっちの方が顔が赤くなっているだろうな。
顔と共に心も油断ができた瞬間、九重先輩から耳元で囁かれた。
「後ろから来てるわ」
このシチュエーションで色気もなんもねー!
心の中で舌打ちをしながら、左足を軸に素早く回し蹴りを放つが、空ぶった。
これは予想どおり、相手が後ろに反り返るのを見込んで低い姿勢から鳩尾に渾身の力で右拳を振り抜いた。
「ぐへっ……」
胃の中から音がした。
もちろん相手は意識が飛んでいる。
念のため、体重をのせた重い蹴りを股間に入れとどめを刺したが、仕方ないとは言え後味が悪い。
自分に置き換えて想像する勇気はない。
アーメン!
祈りを捧げた後、複数の人の気配に気付いた。
どうやら囲まれたようだ。
九重先輩の腕を引っ張り、素早く俺の後ろに引き寄せようとしたが、九重先輩は俺の動きに抗った。
不審に思い目を凝らすと、田中誠治を先頭にした仲間のようだった。
少し緊張感が緩む。
「遅かったですね」
「いや、ごめんね。夢乃ちゃん、久々に藤井が暴れるとこを見たかったし、他の奴らにも見てもらいたかったんだが。
……アレはやったらダメなやつだよな!」
後ろに率いていた連中も賛同して頷く。
いや、そうかもしれんが、俺は女連れなわけで仕方なかったんだ!
「そりゃあ、夢乃ちゃんが居たのはわかるけど、まさか倒れてるやつにサッカーボールを蹴るような蹴りをアソコに入れるか? 奴はもう男には戻れないと思うぞ」
またも、後ろの連中が頷く。
うっ、それはそうかもしれない。
だが、見ていたなら早く言えよ!
あーうるさい。
俺は耳を塞ぎ、ジト目で田中を睨むことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます