第9話 理事長室にて
俺と田中が呼び出されたのは、夜になってからだった。
俺達の犯した問題には触れず、早々と理事長から話を切り出された。
「明日、生徒会の補佐メンバーを紹介します」
「ということで、藤井君、田中君は明日からこれを付けてください」
手渡された桐箱を開けると、燻銀の生徒会役員の襟徴が入っている。
正規メンバーは、金色なのでかなり地味な色合いだ。
以前、生徒会の補佐メンバーの証と聞いたことはあるが、実際に付けている人を見たことはない。
「さて、そのバッチは対外的な飾りです。箱の中をよく見てください」
そう言ったのは九重ママさん。
バッチの下にカードが二枚入っていた。
ブラックカードとキーカードかな?
「さて、経費はその黒いカードで支払ってください。現金を引出してもかまいません。それとキーカードは、ここから見える高層マンションのキーカードです。裏にエントランス入口からエレベータールームに入るための暗唱番号が貼られています。
その番号はデフォルトですから、ご自身で変更してください」
……っとに裕福だな。
俺っちのおかんは、俺を育てる為に毎日遅くまで働いていたというのに……。
そう、俺には親父がいない。
見たことすらない。
だから俺と母親は特に仲が良かった。
うちの中では、ほとんど何をしても怒られた記憶は無い。
それも半年前までのことだ。
その日以来、母親は俺の家に、俺達の家に帰ることはなかった。
それはそうだろ。
交通事故で病院にいたのだから。
事切れるまえの一瞬、母親が俺に微笑んだこと、それだけが今でも俺の中の宝物となっている。
ここら近辺のヤンキーの頂点に立つ俺を改心させたのは母親の最後の微笑みだ。
死んでまでも心配はさせたくない。
そう思ったんだ。
姿や素行を真面目にすることはなかなか難しい。だから、高校で、陰キャデビューした。
幸い、同校には田中以外には入学しなかった。
それも計算済み。
この高校に俺が通うと学区内の奴等に知れ渡っていたらしい。
面倒なことはしたくなかったし、陰キャな俺を見られたくなかったので丁度良かったのだが、ここに来て面倒なことに巻き込まれることになってしまったようだ。
田中をチラリと一瞥するが、奴も心底驚いている。
二枚のカードをしげしげと見つめながら、困惑している。
奴は俺だけが目的と思っていたらしい。
けっ、ざまあ。
呆然とらする田中をニヤニヤと見ていたら、九重先輩から話しかけられた。
「かず君は、私のパートナーだからね。私の裏だから、裏の副会長だから、よろしくね!」
……っと、副会長?
それって、とても面倒じゃん。
『お断りします』
声に出そうとした瞬間に、九重ママから遮られた。
「さて、二人ともこれに免じて飲酒問題は不問とします。つまり、なかったことね! これで退学は免れるから我慢なさい」
…………げっ、退学?
思わず田中を見ると田中も俺を見ていた。
気持ち悪いが、以心伝心な状況だった。
「じゃあ、誠治は瞳のパートナーをしてくれるかな?」
突然の申し出だったが、田中は迷うことなく返事を返す。
「もちろんじゃないですか、ええ、田中誠治は必ず瞳さんのお役に立つことをお約束します」
──ちょろい。ちょろ過ぎる!
ふふんっと、鼻でわらう九重先輩方が悪魔に見えた。
☆
夜の街は喧騒に溢れている。
あまり見慣れないネオン街は学生には不釣り合いだが、九重先輩が目的の場所に着いたら、さっさとタクシーから降りた。
チケットを運転手に渡すと領収書を貰う。
……タクシーチケットを束で持ってる奴なんて信じられんな。
やはり、お金持ちは好きになれない。
ここなら俺はせっせと歩くことにするだろうな。
一人妄想に入り込んでいると声が掛かった。
横道に入り、ネオン街にいる女を周りにわからないように指差す。
「あれを見て」
「えーなんだよ」
「しっ、声が大きい!」
九重先輩の声と同時に小さくて柔らかい手のひらで口を塞がれた。
『うっ、なにすんだよ?』という言葉は口から出ることはなかった。
えっ、えっ、えー?
三枝先輩がなんかしてる?
「あれ、なにしてるかわかる?」
「いや、わからん。しかし、可愛いな」
「あなたはホントにそう思ってる?」
九重派と三枝派に別れるほど三枝先輩の人気も高い。
だが、今の三枝先輩は学校にいる時ほど可愛いくはない。
普段より化粧が濃ゆいかな?
暫く見ていたら見知らぬ男が近寄ってきた。
大学生ぐらいか?
多少、ヤンチャな格好にも思える。
数回の会話が交わされ大学生らしき男はナンパということはわかった。
その後が問題だ。
嫌がる三枝先輩の手を強引に引っ張り、夜の繁華街とは反対の方に向かっている。
そちらにはずらりと並ぶホテル街だ。
……あらら、やばくないか?
チラッと九重先輩を見るが、まだ動きそうにない。
チッっと舌打ちして、動き出そうとする俺を九重の右手で阻止する。
「なにすんの? あのままだと危険だぞ」
「まあ、見てなさい」
仕方なく、そのまま見ていると飲み屋街を通り抜けたところで二人の影が消えた。
「さあ、行きましょう」
グイッと俺の腕を掴むと走り出そうとする。
急なことで立ち上がった瞬間、前のめりになり九重先輩へと寄り掛かる形になってしまった。
意図はしていないが、掴まれている右手の肘に柔らかいものを意識した。
……っと、やべー!
おずおずと九重先輩の顔を見ると、多少なりとも赤くなっている。
どう謝ろうかと考えたが、体勢を整えた途端、九重先輩は走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます