第2話 予定は未定 その2
さっきまで居たケーキ屋さんから出たあと、この駅のショッピングモールの屋上に上がり、三人掛けのベンチに一人分のスペースを空けてお互いに座った。
ここに来ても特に話すことはなかった。
さて、今度こそおさらばしよう。
心の中でそう誓う。
スッと立ち上がり、先輩に告げた。
「では、俺は用があるので失礼します」
「ねぇ、かず君、ごちそうさまぐらは言おうね」
うっ、全くもって正論だ。
「あっ、失礼しました。ごちそうさまでした」
「いいえ、どういたしまして!」
軽く頭を下げながらお礼を言うと、くるりと方向転換し、階段に向かう。
しかし再び俺の背中に先輩の声が掛けられた。
「ねぇ、本当は今日って、かず君には何も用は無いはずだけど?」
俺はその場で止まり、先輩に向き直った。
「いえ、嘘じゃないです。俺は今から買い物があるんですよ。それに誰からそんな嘘の情報を聞いたんですか?」
「ふふん、知りたい?」
勝ち誇ったような先輩の顔に少しばかりイラッとする。
俺の不機嫌さを察知してか、慌てて先輩がフォローするように話し始めた。
「いや、ごめんね。今日はどうしてもさっきのお店に行く必要があったから、助かりました。
実は田中君からあなたのことは昨晩、聞いてたんだ。だから、今日は家にいる予定は知っていたし、これから本屋に行くってことも知ってました」
──くっ、はめられた!
っていうことは、これは学内外でドッキリに使われるネタということか?!
あー、なんかくっそ腹立つ!
「そうですか、なら遠慮なく失礼しますね」
本当なら少しはキツいことを言いたいのだが、真顔で反省している先輩の顔に、そんなことは言えなかった。
これも演技と思ったが、ここを離れるためにもそのまま騙されていた方がいい。
俺は、先輩を残して、さっさとその場を離れ目的の本屋に辿り着いた。
そして目的のラノベの続巻を購入し、駅前の商店街で文房具店とCDショップを少し覗いてから帰路に着く。
駅ビルの中にも文房具コーナーやCDショップが有るにはあるが、同じ学校の知り合いがいたら楽しめなくなるので、商店街まで歩くことにしている。
まあ、強いて言えば、商店街に行くのは良かった。
探していたシャーペンを見つけたし、好きなアーティストの音楽CDの試聴ができたので、少しは駅近くまで出てきて良かったと思えた。
だが、始まりからケチがついた日は、終わりまで、なにかが起こるものだということを知ることになった。
駅前の大通りの横道から小さな悲鳴のような声が聞こえた。
なるべく関わらないようにしようと思うのだが、状況だけは気になった。
そっと覗いて見ると、長身の男達が誰かを連れて行こうとしている。
よく見たら、知っている服だ。
……あーあ、やはり残念な先輩だよな。
さて、どうしたものか?
思案するが、男達は先輩を道向こうに止めた白い車に引きずって連れて行こうとしている。
これは、……まずいな。
かなりまずい。
──仕方ない。
『ふうっ』とため息を一つ吐く。
足早に男達の横をすり抜け、怯えている先輩の前に出ると、先輩の手首を握っている男の手を引き離す。
あー、面倒い。
「なんだ、おめーは?」
「いや、こいつは俺の連れなんです。だから、すいませんが、他をあたってください」
丁寧な言葉で淡々と言いながらも、俺の声音はかなり低い。
視線も男達から外さない。
戦闘体制になりつつある自分がいた。
怖いかと言えば、そうでもない。
不謹慎だが、どちらかと言えば、ワクワクしていたのかもしれない。
いつの間にか、先輩は俺の背後に隠れ服を掴んでいる。
服から伝わる小刻みな振動から、先輩が少し震えているとわかるが、あいにく後ろを見る余裕はない。
俺は動かず男らをじっと見渡すと、見たことがある奴がいた。
おっ、話が早く済みそうだ。
「おい、お前健太だろ? 俺を忘れたか?」
健太と言われた男は、じっくりと俺の顔を見て後退った。
「狂犬か?」
そう言われ、健太だろう男の腹に軽く蹴りを入れた。
「お前、それを俺が嫌ってるって知っるよな」
俺はじりじりと三人に詰め寄る。
「今なら許してやるが、そうじゃないなら、来いよ! あとで見逃してほしいとほざいても絶対に逃がさんぞ!」
そう言った途端、健太から走って逃げ出した。
他の二人も俺の昔のあだ名を知っていたようで後に続く。
「覚えとけよ」というセリフを吐くのはお決まりだ。
「あー、もうほんっと面倒くせぇ!」
やっと後ろを振り向くと、先輩は半ベソになりながら。ぺたんと座り込むだ姿勢でいまだに俺の服を掴んでいる。
「なあ、もう大丈夫だし、そろそろ服を離してもらえないか? このシャツは一張羅だから伸びると困るんだ」
珍しく優しい口調、幼稚園児に話すように伝えると、先輩は服をようやく離してくれた。
しかし、それと同じくして俺の左手を掴まれた。
……仕方ないか。
先輩の頭をポンポンと軽く叩いて立つように促し、ゆっくり歩く、その横に俺の目の高さに黒髪のてっぺんが見える。
喫茶店の椅子に座っていた時は、そう思わなかったけど、思ったほど背は高くない。
存在感がある分、背まで高く見えてしまうようだ。
「さて、先輩、駅に着きました。もう大丈夫」
「えっ、あっ、そうなの」
あまりの怖さで、どこをどう歩いているのかもわかってなかったのか?
……………うーっ、仕方ないか。
「先輩、なんなら、あなたの家の駅まで送りますよ?」
「えっ、えーっと、そ、そうして貰えたらありがたい。……というか、お願いします」
深々と頭を下げる先輩を見るとまだ肩が小刻みに震えていた。
「さあ、行きましょう」
ポンっと先輩の肩を叩いて顔を上げるように促した。
いつも混雑する列車も土曜日の昼間は、スカスカ状態だった。
先輩の自宅が隣駅だと知ってから自分としても気が楽になった。
とっとと送って、早く買った本を読もうという気持ちになっている。
「さあ、着きましたよ」
「ありがとう。あのっ、あのね、かず君、もう少しお願いできませんか?」
先輩を隣の駅で降ろそうと思っていたのだが、それは叶わなかった。
ついには駅までではなく、自宅まで送ることになってしまった。
なし崩しが嫌な自分としては、とても珍しい。
しかし、先輩に怯えながら頼まれたら断ることは無理に近い。
半分はあざとさが出てきたのはいいことなのか、判断つかんが?
駅から約五分程度の一軒家は、庭が広く先輩がお嬢だということがわかった。
門まで到着し、「では……」という場面での再度のお願いがあった。
「送ってもらって、ありがとう。うちで、お茶でもどうですか?」
もう安全だし、大丈夫だし、いいでしょう?
そう言いかけたのだが、その言葉を言う前に断れなくなってしまった。
「あら、あなたがかずくん? 夢乃を助けてくださったとメールで聞いてます。さあ、どうぞお上がりください」
長い髪のお姉さんは俺の背後に回り込んで、背中を押す。
そして何故か、先輩も両手で俺を家の方に引っ張っている。
……帰りたい。
ポツリと呟いたのは、リビングのソファーに座った後だった。
「さあ召し上がれ」
という言葉と同時にテーブルに出されたのは美味そうなピザだった。
それにコーラのセット、ポテトは無いがピザ屋さんみたい。
遠慮して早く帰りたかったのだが、俺のお腹は何故か俺の心を裏切ってグーグーと鳴り響いた。
「さあ、熱々のうちにどうぞ」
先輩が、頼みもしないのにお皿に一切れ載せてくれた。
この状況じゃあ、食べないという選択肢は残っていない。
「さあ、遠慮しないで」
お姉さんが、俺の目の前に座りピザを食べるように勧めてくれる。
「ほら、ゆめちゃん。気が利かないぞ!」
「あっ、そうね。私としたことが、うっかりしてたわ。ママ、ありがとう」
……えっ、ママって言いましたね。
この目の前のお姉さん?
実は先輩のお母さんだったの?!
「はい、かず君 あーん」
「い、いえ、自分で食べられます」
「あらあら、ゆめが嫌なら私が……」
「ダメよ! ママはしちゃダメ!!」
…………本当に親子かよっ?
しかし参った。
それから解放されたのは、外が暗くなる前のことだった。
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