裏生徒会の副会長
のののなの!
第1話 予定は未定
それは突然だった。
夕飯を食べて、お風呂に入った後のひととき、一通のメールから始まった。
『
……これって、どういった訳か。
一応、明日は予定ないが……、なんか嫌な気がする。
しかし、奴に恩を売っておくのもいつかは役立つか?
少し考え、やる方向で考えた。
しかし、せめて要件を聞いてから返事をしよう。
『田中星人、行った後はどうなる?』
『人が来る。俺が来れないことを伝えて欲しい。時間は朝10時』
……って、なんか面倒そうだ。
『それだけか?』
『それだけだ』
相手は多分女子だな。
さすがはトップリア充というべきか、それともサッカー部のイケメンエースというべきか?
全く俺とは正反対な奴だよ。
『わかった。断る!』
『いや、「わかった」の使い方がおかしいって! わかったなら、OKしろよ。いや、お願いだから引き受けてください』
まあ、相手に面識がないので簡単に話は済む。
『明日の予定は無かったが、仕方ないから駅ビルの本屋でラノベでも買うことにするよ』
『ヤッター! ありがとう。さすがは心の友、藤井和幸さまっ!』
『いや、ドラえもんじゃないし、ただの腐れ縁だろう。その代わり、お返しはたっぷりしてくれよ』
『おう、福竜軒のスペシャルラーメンの大盛りでも奢るから、よろしく!』
『いや、ラーメンは遠慮! 他に頼みたいことができた時によろしく』
『わかった。 明日はよろしく!』
『了解した!』
スポーツ万能でイケメン、かつ頭も良い奴に恩を売ることは殆どない。
まっ恩としては、奴が友達でいてくれるだけで十分だ。
俺もたまには役に立ってやろう。
☆
あーあ、目のやり場がないなぁ。
土曜日、朝の噴水広場はリア充のたまり場になっていた。
こんなとは俺は知らなかった。
右も左もイチャイチャするリア充だらけで、普段見かけるサラリーマンや広場の鳩に餌をあげる子供も見当たらない。
ふと俯いて腕時計に目をやる。
待ち合わせ時間までは、あと十分ぐらいか。
その十分が永遠のような感じだ。
暇すぎて、スマホにダウンロードしているラノベを読み始めたのが失敗の始まりだった。
さて、十分経っただろうか?
ラノベの画面のまま、腕時計を見ると約束時間を二十分程度過ぎていた。
焦って周りを見渡すが、探し人らしき人はいなかった。
まだ着ていないか、それとも怒って帰ったかだろな?
やっベー!
もしも怒って帰ったのなら田中星人にどうやって謝ろうか?
……おっそうだ。
いいこと思いついた!
やはり俺って無駄に賢いっ!
まっ、相手がわからなかった。
そう答えるだけだ。
俺に頼んだらこうなるとぐらい予想しているだろう。
そうだ、そうだ。
これをもって本日の任務完了としよう。
そう独り言のように考えていたところ不意に声が掛けられた。
「ねぇ、続きを読みたいんですけど?」
「……」
なぜ間近に聞こえる?
妄想による空耳か?
「ほらほら、次のページをお願いします!」
鈴を転がすような声とほんのり甘く漂う女子特有の香りに戦慄が走る。
恐る恐る後ろを振り向くと、
顔っ、顔がっ、近い、近いっ──
慌てて、横に退くが、顔は真っ赤に違いない。
学校のマスコットこと、九重夢乃先輩は生徒会副会長であり、その可愛さと人気では学校内でトップといえる。
もちろん話したことはない。
学校行事の時だけしかみたことはない。
黒髪ショートに色白でパッチりとした大きな目、小顔で整った顔立は、学内でマスコットと言われているのも納得できる。
しかも痩せていながらも女性として魅力的な体型をしている。
これは歩く凶器だよな。
まあ、俺には関係無い人だけどね。
ちなみに今日は白で統一みたいだ。
Tシャツの上に目が荒い麻混のカットソー、ミニではないが膝上程度のプリーツスカートにローファーといった私服姿は特に凝ったものではないが、なぜか人目をひく。
着こなし方か、それとも可愛いからか?
確か、田中星人が昔言っていたが、この先輩の写真など目立つ女子の写真は高値で取り引きされているとのこと、確かに肯ける。
そんな人がいきなり肩越しに現れたのだから少しの間フリーズしてしまった。
──とりあえず、用を済まそう。
「えっ、あ、あ、あのっ。た、田中から伝言頼まれました。昨日、急な連絡があって今日は来れないそうです」
「ふーん、そう。仕方ないね。というか、あなたを見つけた時から、そうかなって思ったよ。
あなたは、田中君とよく一緒にいるでしょう」
「はぁ、すいません」
「あなたが謝る必要は無いでしょう? 事情は分かりました。わざわざありがとう」
嫌味な風でもなく、さらりと労ってもらい、軽く感動した。
さて、俺の役目も終わったから、早く退散しよう。
「じゃあ、失礼します」
軽く頭を下げて、駅ビルに向かうおうとした俺の背中に声が掛けられた。
「ねぇ、君の名前は?」
早く退散したいが返事はしないといけない。
仕方なく顔だけ先輩の方に向けて答える。
「……
「はい、藤井君ね。それでフルネームは?」
「藤井和幸です」
「いい名前だね。かずゆき、かず君?それともゆっきー?」
「えっと、俺にあだ名なんて無いですよ。あまり友達いませんし」
クラスの中でも田中だけしか話さないし、特に親しい奴はいない。
あまり、と答えたのは見栄だ。
もっとも一応、中学の頃はいたんだけどな。
今は必要がない。
「あっ、違うよ。私が呼ぶときに使うんだよ」
「……」
何ということだろう?
というか、この人は何を考えているんだろうか?
「あと一つ、質問してもいい?」
「えっ、はい」
一呼吸置いてから、ニコッと微笑んでから質問が来た。
もちろん、あの微笑みに俺の心臓は直ぐに反応し、オーバースペック気味だった。
「今から何か予定はありますか?」
「いえ、特にないですけど……、それが何か?」
あざといのか、そうでないのか、わからないがお願いの仕方が可愛い過ぎる。
これは反則だー!
「私もないということはもちろん知ってるよね? だから、今から少しだけ私に付き合ってください」
今回は、「あざとい」の一言だ。
どうすれば可愛いか計算している。
うるうるした瞳で見上げるのは、もっと反則だー!
しかもいつの間にこんなに接近したんだ?
目と鼻の先に先輩の潤んだ瞳がある。
先輩は確かに可愛い。
それは否定できない。
しかし、この人と一緒にいると理不尽なことが起きそうな気しかしない。
「えーっと、ごめんなさい。やっぱり用を思い出しました」
間髪入れずに返事を返す。
それを聞きハッと目を見開き、俺を見つめる先輩の瞳から薄ら楽しいものを見つけたという感情が伝わって来た。
俺は昔からその手の直感は鋭い。
「なら、ほんの少し、ほんの少しだけでもお願いします。ほらっ、田中君のお使いでしょうけど、私も助かったんだからお礼をさせてください。 ねぇ、いいでしょう?」
胸の前に手を合わせて、まるで俺を拝むような姿は賑わう広場の中では悪目立ち過ぎ、早めにやめて貰いたい。
こうして、俺には珍しく意に反して、なし崩しに付き合うことになってしまった。
「さあ行きましょう」
その言葉と同時に自然に左手を握られる。
ええっ、な、なにすんのさ?
まさかのリアルイベントの発生で、心の中が騒つく。
──落ち着け、落ち着くんだ!
そうは言いながらも、先輩の少し冷たくて小さく柔らかな手を意識しないのは無理なことだ。
ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
顔も赤くなっていることだろう。
「な、なにするんですか?」
手を離してもらおうとして、左手を引っ込めようとするが、ギュっと握られ、ニコリと微笑まれた。
あざとい。
この人はあざと過ぎる。
そうは思えど、どうも対処のしようがない。
仕方ないの一言だ。
「えーっと、あのお店でいいかな?」
「あっ、どうぞお構いなく」
素っ気ない返事をするが、先輩は特に気を悪くした様子もなく僕の手を握ったまま、お店の中に入って行く。
お店の中はかなり賑やかだった。
入った瞬間にケーキやクッキーを焼いた甘い香りと女の子達の甘い香りが漂っている。
うぇ、なんか気分悪くなりそうだ。
周りから聞こえてくる話は、ほぼ百パーセントが恋愛の話だった。
先輩は窓際の席が空いているのに、何故か目立つ真ん中付近の席に座った。
「あのっ、かず君。ここってケーキバイキングなんだ。今友達からメール来たから悪いけど私はチーズケーキとミルクティーがいいな!」
早速、スマホを取り出しながらこちらをチラッと見る。
先輩の目が早く取ってこいと言っている。
しかも反論するなという感じだ。
かず君って何だよ?
頭の中でぶつぶつ文句を言いながらも頼まれたケーキを皿に載せて、自分のケーキを考えた。
甘いものはあまり好きではないが、唯一食べれるのは、モンブランかな?
あとはブラックコーヒーをチョイスして席に戻る。
どうぞとばかり、先輩の前に頼まれたケーキと紅茶を置いて、お手拭きにフォーク、小さめのスプーンをペーパーナプキンの上に置いたのだが、その間、先輩はスマホに目を落とし、こちらを見ることはなかった。
せっかく用意したのだが、無視されて少しばかりふて腐れながら、自分のモンブランの一口目を食べようとする。
その瞬間、俺の手に握られたフォークは小さな白い手に掴まれ、そのまま先輩の小さな唇の中に消えていった。
「うふふっ、美味しいね!」
こっ、これはカップルでもあまりしないのではないか?
先輩は俺と一緒にいることを友達やらに知られて困ることは考えていないんですか?
頭の中でネガティブな思いが駆け巡るのだが、目の前に先輩は幸せそうな表情をしている。
これも演技なのだろうが、その理由は知らない方がいいだろう。
面倒なことは避けたい。
そう、面倒は避けたいのだ!
それにしても、この人は、俺のケーキを横取りして、何を考えているのだろうか?
一旦、冷静になり気を取り直すことにした。
モンブランを食べるのを諦めてコーヒーを一口飲もうとカップを口に運んだが、それを遮られた。
俺の手から取られたフォークがいつの間にから先輩の手に握られていた。
「はい、かず君どうぞ!」
『また、あざといマネをする』
頭を少し右に傾げて、あざとい微笑みを俺に向ける。
これを断る勇気はない。
今後はこの先輩と関わりたくはないなとハッキリ認識した。
目の前の一口サイズのモンブランを見て、少し躊躇ったが黙って口を開けて食べさせてもらう。
俺は無言であったが、先輩から「はい、あーん」という恋人イベントらしき罰ゲームまで一括りだった。
無表情な俺を見ながら、クスクスと笑う先輩が俺にチーズケーキを指差して、先輩の口に運ぶように無言のジェスチャーをする。
ええい、ままよ!
とばかり、先輩の皿の上に光る、まだ使っていないフォークを取ろうと手を伸ばしたら、その手をブロックされ、俺のフォークを使うように指差した。
またも先輩は楽しそうに微笑む。
……か、間接キスとなるのだが?
いや、さっきの先輩からの一口で、既に俺は先輩と間接キスをしたことになる。
だが、それは仕方ないことだし、別に減るものではない。
しかし、今からすることは先輩にとっても良いことではない。
器用に首を横に振るのだが、先輩の大きな目がジト目に変わった瞬間に諦めた。
「はい、どうぞ!」
「はい、あーん。かず君、美味しいよね」
『いや、全然味なんかわかんねー!』
先輩の瞳は星が散るほど輝き、側から見ても、とても喜んでいる。
──もちろん演技だ。
この人は、俺を弄んでるなぁ?!
そう思いはしたものの、あとは静かにケーキを堪能してから、少しばかりお互いの趣味とかの世間話を交わし、小一時間ばかりの喫茶店デートは終わった。
そして、ご機嫌な先輩と複雑な思いを抱く俺は店を出た。
ちなみに先輩から奢って貰えたのはラッキーというよりは、気疲れ代と割り切った。
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