第8話 嫉妬

「あの子と仲良くなったみたいだけど、何かあったの?」


「えっ?」

雪吹さんに水鏡さんと仲良くなった事について尋ねられた僕は答えに困ってしまった。


「教育係として接する事で仲が良くなったんですが……。」


「嘘ね!!」

僕の話を雪吹さんは一刀両断する。


確かに彼女とは教育係として話すようにはなったが、最初は会話が辿々しかったのだ。だが、路上ライブをきっかけに親密になったのはたしかだった。


だからと言って口止めされている事を易々と話すわけにはいかないので必死に言い訳を探す。


「理由を取り繕うとしても無駄だからね。それにあの子は人見知りだから、簡単に懐かないはずよ?特に男性にはね。」


「ね、年齢的に人見知りが解消されたとか?」

謎の尋問をしどろもどろになりながら返事をするもその事でまた雪吹さんに睨まれた。


「だとしても、あなたまでここまで変わるとは思えないわ!!」


「へっ?」

僕自身が変わる?


雪吹さんの発言の意味が判らない。


「あなたは女の子が苦手のはず。私が教育係をしてる時もそうだったけど、あなたがそう簡単に女の子に心を開く人じゃないわ……。」

雪吹さんの発言に僕は答えに窮する。


確かに僕は元カノと別れてから女性が苦手だ。

女性で良く話すと言えば雪吹さんくらいのもので、他の女性と話す事は業務上必要な事くらいだ。


それを易々と見破ってくる雪吹さんに恐怖を覚える。


「はぁ……。何年の付き合いだと思ってるのよ。」

呆れ顔で僕を見てくる。


彼女の下で働き出して既に5年。

一緒に組んで仕事をすることも多く、同い年という事もあり、一番仲の良い社員だとは思う。


一時は付き合っているのでは?と車内でも噂をされたが、彼女は全力で否定し、僕もやんわりと否定した為その話題は立ち消えになった。


だが、それ以来彼女は事あるごとにこうやって僕を昼食に誘われるようになった気がする。


「んで、音愛とはどうやって仲良くなったの?」

呆れ口調から一変し強い口調に変わった雪吹さんは再び2人の仲について尋ねる。


「はぁ……。雪吹さんには敵いませんね。」

観念した僕は雪吹さんに彼女の秘密は伏せたまま、言える事を話す。


「この前の残業した日なんですけど、帰りに偶然駅で会いまして。イヤホンのお詫びとして夕食をご馳走になったんですよ。」

決して嘘ではない。


なのになんだろう……この言い知れぬ感覚は。

まるで浮気を問い詰められている彼氏になった気分だ。


その証拠に雪吹さんがぽかんと口を開けてこちらを見て来る。そして、次第に口をパクパクつかせる。


……いやいや、そんな顔をされても。

さきほども述べたが僕は彼女の彼氏ではないのだ。


そして、ようやく言いたい事が纏まったのか、彼女が口を開く。


「そうなんだ……。ふーん、そうなんだ!!」

口を開いたかと思うと、なぜかむくれている。


「何怒ってるんですか?」

彼女の態度に冷静にツッコミを入れると、彼女の目がジト目なる。


「私とは一度も食事に行ってなかったのに、あの子とは行けるんだ。へぇ〜、ふーん。」


「いやいや、お詫びに付き合っただけって言ったよね?ね!!」

膨れっ面をする彼女に慌てて言い訳すると、彼女は鋭い視線を投げかける。


「……い子がいいんだ。」


「はい?」


「やっぱり若い子がいいんだ!!」


「何を言ってるかさっぱりわかりませんけど!?」

なぜか暴走を始める雪吹さんにホトホト困り果てていると、定食屋のおばちゃんが料理を運んできた。


だが、僕を見るその視線は罪人を見るかの如く冷たい。その瞬間に気がついた僕はハッと店内を見回すと、他の客まで僕のことを蔑んだ目で見てくる。



「雪吹さん、雪吹さん。ちょっと落ち着きましょ。なんか他のお客さんが変な目で見てますから!!」

慌てて雪吹さんに告げると、彼女は真っ赤な顔に変わり、小さくなって届いたばかりのうどんを啜る。

そして、飲み込み終わると共にこちらに視線を向ける。


「私とは夕食に行った事ないくせに、音愛とは行くんだ……。」

先程とは打って変わり、俯きながら小さな声で力無く呟く彼女に僕は「あぁ。」という。


「雪吹さんと行った事なかったでしたっけ?」


「ない!!一度も無い!!」

呑気な僕の声とは正反対に強い口調でない事を口にする彼女はなぜか悲しげだった。


思い返してみても昼食は共にする事はあったが、夕食を共にした事は無かった。


だが、考えてみれば同じ会社だからと言って男女でそうそう夕食をする事はないだろう。僕から誘う事もないし、その気もないのに彼女から誘ってくるとも思っていない。


だから今までは夕食を共にしてこなかったのだ。


「分かりました。じゃあ、今度ご飯を食べに行きましょうか!!」


「ホント!?」

僕が渋々夕食に誘ってみると、雪吹さんは両手をテーブルにつけて立ち上がり目を輝かせる。


「ええ……。」

彼女の圧力に圧されて顔を引きつらせながらうなづくと、「嘘、うそじゃないよね?」と念を推してくる。


「はい。嘘を言ってどうするんですか。いつにします?」

と尋ねると、雪吹さんは「うーん。」と真剣に悩むそぶりを見せる。なので僕が「なんなら今晩……」と言いかけると、彼女は話を遮ってくる。


「じゃあ、今度の日……いや土曜日!!」と嬉しそうに告げてくる。

その言葉に僕は呆気に取られた。


「ど、土曜日って休みじゃないですか?夕食の為に出てくるのって、めんどくさくないですか?」

と言うと、彼女は再び鋭い目に変わる。


「めんどくさいって何?嫌なの?私と休みにまで顔を合わせるのって……。」


「わかりました、わかりましたよ!!土曜日ですね!!」

圧に負けた僕が土曜日に行く事を了解すると彼女の表情が優しく微笑む。それを見て僕は悪くないか。

と思ってしまう。


「……じゃあ、何時に何が食べたいですか?」


「午前10時に南駅に集合しましょ。食べたいものはそれからで!!あと、そろそろライン教えてよ。」


「はいはい10時ですね。あと、ライン……って、ええ?」

その言葉に従い、スマホを取り出すとラインの画面を起動させて彼女に手渡していると言葉の意味の全容を捉えた。


……それってデートじゃ。

と思うが、彼女がなぜか嬉しそうにラインを登録している姿を見て、それを口にするのは野暮だと思いやめた。


「わかりました、土曜日の10時ですね……。」

と言うと、残った定食を平らげて会社へと戻って行った。


この時の僕はこの日が僕達にとって転機になるとは思いもよらなかった。

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