冥府の王の企み事

豊晴

ハデス様のウルトラ悩み事解決方法

 この世界は幾つかの層によって守られている。

 まず、ゼウスを主神とするコスモス(秩序宇宙)の世界。

 その次に、カオス(混沌)と呼ばれる概念の世界。

 最後に、読者諸君がいるこの世界は、一番内側にあるガイアと呼ばれている。


 しかし、その他にも神々だけが住むことの許される世界というものが存在しているのはとうに承知であろう。

 今回、諸君が読んでいるこの物語は冥府と呼ばれる世界が舞台になる。

 冥府というのは、ハデスという王が何千年と統治を続けている。ハデスは冥府の王と共に、農耕の神として信仰を集めている。

 他の物語ではどうハデスという神が言い伝えられているかは知らない。ただ、実はハデスというのは誰よりも優しい心を持っているということは事実として留め置いていただきたい。

 彼は職務上、他の神々よりも、誰よりも死と向き合う機会があった。

 何千年という間、生き死にを繰り返している人間のことを誰よりも愛おしいと感じているのだ。

 

「ここ十年ほどは、死者の種類が変わったと思うが」

 ハデスは冥府にその時、アポロンと面会をしていた。

 アポロンは予言・芸術・音楽・医療の神を司る神として崇められている。医療と死は切っても切り離せない。その為、定期的にアポロンは冥界へとやってきて、ハデスと命の儚さについて語り合う機会を設けていた。

「その前は戦で亡くなる方が多かったですからね。しかし、ここ最近は不況が原因で自ら死を選ぶことがあるようです」


 アポロンは予言の神と言われているが、万物を予測できるという力は持っていない。確率論。起こり得る可能性が高いものを統計的に先読みする力があるだけとなる。

「その不況というのはどうにかならないのだろうか」

「そうですね、景気は上がり下がりするというものです。私たちには心苦しいですが、これは人間にあたえられた試練と考える他ないのではないでしょうか」

「改善する為の力を、あたえられたはずだったのに、どうしてこうもままならぬものなのか」

 高尚なことをアポロンとハデスは話しているように感じるが、簡単に言うならば、単純に自らの力不足を嘆いているだけだ。嘆くだけでもいちいち曖昧に言わないと会話できないのが神という生き物である。


「しかし、今回の不況は今まであった不況とは変わっているように感じますね」

「ほう、具体的に何が違うのだというのだ」

 ここ何千年という不況について統計を取り続け、今後の景気回復の予言をし続けたアポロンは着目するポイントが他とは違う。

「なんといいますか、経済が息をしてないのです。世界に新たな息吹が根付いていないのです」

 憂いを持った目をアポロンは手元の酒杯に向ける。

「ただ、人が死ぬだけでしたら、今までの不況と変わらないのです。経済、文化、信仰、その他大勢の命も少しずつ、眠りについているのです。人の命はまた、人の命が新しく作ることができるでしょう。しかし、人が作り出す物事の命の芽が摘まれてしまいますと、止まってしまうのです。経済も文化も信仰も。特に文学や芸術面の命が減っていると考えております」

「そういえば、お主が好きだったという物語は”りーまんしょっく”とやらが原因で出版社が廃業して打ち切りになったと聞いたな」

 10年ほど前にアポロンが嘆いていたことをハデスは思い出す。


「最近の作品には安定志向が強くなりました。長期連載で安定を求める作者や、流行にとりあえずのって好きな創作を始めない同人作家。いくら流行があったとしてもジャンルごとに1万作品程度あれば、次の流行を作り出してもいいでしょうに。転生物やオメガバースなどではなく、そろそろ他の作品が読みたいと存じます」

 現代のラノベやBLを語る芸術の神、アポロン。意外とお茶目なところがある。

 実はアポロンの趣味はサブカルチャー文化鑑賞なのだ。

「ちなみに次はどういう物語をお主は望んでいるのだ?」

「そうですね、ゼウス神が100人いたりする物語はいかがでしょう」

「やつが100人…物語でないと少し胃もたれがしそうだな」

 100人のゼウスがいるところを想像してハデスは少し顔色が悪くなってしまう。


「ただ、文化も新しく種を蒔けばいいのではないだろうか」

 農耕の神、ハデスはまるで畑に麦を蒔くように、芸術の種も蒔こうと提案する。

「どういう種を蒔けばいいのでしょうか」

 救いを求めるような目をアポロンはハデスに向ける。自らの力不足を何千年と嘆き続けているが、ここ数年ほど辛い嘆きはアポロンは初めてだった。

「そうだな、人が完全に滅することはないのであろう。それならば一度人を減らしてみて、アポロンの言う”人が作り出す物事の命”を十分に管理できる状態にすればいいのではないか?」

 アポロンは一縷の望みがその言葉に見えた。しかし、すぐまた顔が曇ってしまう。

「それでは人が多く死んでしまうと、ハデスの仕事が増えてしまうのではないでしょうか」

「アポロンの沈んだ顔が穏やかになるならば、一時私が仕事が忙しくなってしまっても構わないさ」

 ハデスは胸を張ってアポロンに請けあった。 


 何千年と生きている神々からすれば数十年しか生きることのできない人間は儚い。

 儚いからこそ慈しめることもあるが、逆に儚いからこそ簡単に間引くこともする。

 ハデスが先ほど言った言葉は、まるで農業をする人がいい苗を育てるために間引きましょうと言っているのと同じなのだ。

 ちなみに黒死病は、戦争があまりに多すぎて忙しすぎると軍神アレスに相談されてハデスが蒔いた種になる。

 今回もそれを応用しよう、と明るくそして残酷に冥府の王は高らかに宣言した。


 神というのに人間がよりよく生きる術を考え出してくれないことを、読者諸君は皮肉に感じるだろうか。

 しかし、自らの力不足を何千年と嘆き続け、さらに人間の考えられないような力を大地に根付かせることができるから、神々は多くの人間に畏怖され愛されるのだ。

 それがたとえ、愚策だとしても。

 神が悪いと考える人間はいない。



 だがしかし、今回は人が死にすぎでなはいだろうか。

 ハデスの仕事熱心にも勘弁していただきたいものである。

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