後日談

 地上から魔術式望遠鏡で観測した結果、サメの肉体が重力崩壊を起こして生成されたブラックホールは完全に消滅したことが判明した。


 クレスとロドンは帰還すると、ダエーに戻って戦果を報告した。ダエーの領主は過剰なほどの報酬と接待を以て2人を迎えた。聞くところによると、クレスはただの移動係として一切危険な目に合わないことを想定して派遣されていたらしい。領主は危険な戦いに未成年の少女を向かわせたことを謝罪した。


 クレスは「今回の戦功で王都魔術学校への飛び級も決まったし、結果オーライですよ」と言ったが、ロドンは「仕事の中身をロクに打ち合わせしないで人を遣るんじゃねぇ」と、宴の席で領主をそこそこの時間、説教した。



 次に、2人はクナルトの街に戻った。ロドンは能力者狩りを恐れずに生きていけるようになったレモラに、【増殖】のスキルを返したあと、撤去された浮浪者たちのテントに建てられた簡易住居で戦いの過程を話して聞かせていた。簡易住居は石を大雑把に組み立てた殺風景なものだったが、王都から派遣された魔術師によって水道が整備され、さらに温度変化の魔術がかけられたためある程度快適さが保証されるものにはなった。


「へー、なんかわかんないけど、サメがやっつけられたならよかったじゃん!」

 イディアが矢で負った怪我の治療に専念していた期間、レモラはルカに面倒を見てもらっていたらしい。そのため、すっかり懐いてしまっていた。レモラは正座するルカの太ももに頭を乗せる、いわゆる膝枕の状態でリラックスしていた。


「ああ。興味深い話が聞けたよ。ルカ君は2人の恩人だったんだね」

 傷も癒えかかって包帯が薄くなったイディアは、満足そうに頷く。そうだよー、とルカはわざとらしく胸を張って見せる。


「……今更なんですけど、どうしてルカさんは宇宙服を着ていたんですか?」

 ルカと初めて遭ったときのことを思い出す。箒を失ったクレスとロドンがサメに喰われそうになったとき、宇宙服を着た彼女が空に開いた巨大なゲートからゆっくり降りてきたのだった。


「あー」

 ルカはすこし恥ずかしそうに、耳の裏を掻いた。

「私、宇宙飛行士だったんだけど……ミッションでめちゃくちゃなミスして、宇宙船から高速で投げ出されちゃったんだよね」

 あはは、とルカは笑う。


「笑い事じゃねーだろ……」


「いやー、ブラックホールの中身は観測されてないとはいえ、まさか異世界に繋がってるなんて思わなかったよ」


 ブラックホール、と想定していなかった単語が聞こえたため、クレスとロドンは顔を見合わせた。


「……なあ……ってことはお前、ブラックホールに吸い込まれて気づいたらこの世界に来てたってことか?」


「そーそー。人生何があるかわかんないよね」

「わかるー」

 レモラが相槌を打つ。ルカは笑って切った果物をつまむと、膝の上で口を開けるレモラの口内へ放り込んだ。


「ということはブラックホールは、こちらとあちらの世界を繋いでいるんだろうか?」

 イディアが口にすると、ルカは工程とも否定ともつかない曖昧な首の振り方をする。

「そうじゃない?多分。わかんないけど」


「じゃあ今頃、あっちの世界は……」


「まあ大丈夫だろ。前にも言ったように、俺のいた国にはサメ退治専門の機関がある」


「無くなったよ。それ」

 ルカの言に、クレスとロドンは目を丸くする。


「『空飛ぶサメや口がたくさんあるサメ、火を吹くサメなんているわけない』って大統領が言ったから、解散しちゃった」


「じゃあ今、そんなサメが現れたらどうするんだ?」

 イディアの質問に、ルカは失笑する。

「現れないでしょ。こっちの世界みたいなファンタジーじゃないんだし」


「……クレス」

 ロドンは冷や汗を浮かべながら、クレスの顔を見た。


「……はい」

 クレスの顔は青ざめている。


「急げ!!!!」

簡易住居から転がり出るように、クレスとロドンは出立した。


 ◆


 王都の中庭では、王子ミラは母親である王妃に見守られながら剣術の修行に勤しんでいた。依然として病に冒されている王の容態は少しずつ悪化しているものの、ミラはやがて女王になる自身の肉体を鍛えることで責務を全うできるようになろうと決心していた。


「たのもー!!」

 そんなところに、汗だくのクレスとロドンが飛び入ってくる。


「忙しないな。何だい急に」

 呆れ返ったようにミラは素振りの手を止めた。王妃は上品に挨拶した。


「すみません!ロドンさんのいた世界へのゲートを開けてもらえませんか!?」

 クレスがあまりに必至に頼み込むのが、ミラには不可解に感じられた。


「はぁ?別に構わないが……何のために?」


 ロドンはニヤリと笑って叫ぶ。

「サメ退治だ!」

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