第105話 ツゥンツァイ樹林

 アンコウたちは、ツゥンツァイの樹林にむかって、数時間、馬を走らせ続けた。

 その間、いくつかの農村を走り抜けたが、やはり山間やまあいの寒村という印象をうけた。

 ただ、クークの行政区域内にあるこれらの村々では、村民たちの顔に明るさがあったことにアンコウは希望をみた。


「大将っ、見えてきました!あれがツゥンツァイの樹林です!」

 アンコウに道案内を任され、先頭を走っていたべジーが叫ぶ。


どうどうどうっ ヒヒンッ

 アンコウたちは、小高い丘を駈け上がったところで一旦馬を止めた。


「へえーっ、デカいなあー!どこまで続いてんだ、この森!」


 小高い丘の上から見下ろすその樹林は、遥か彼方の山の裾野まで続いていた。


「……ふへ~、聞きしに勝るな、これは」


 コールマル領のなかでも、北部は特に搾取がひどい地域が多く、民の暮らしは厳しかった。そんな中、大規模な餓死者を出さずにすんできたのは、この樹林から安定供給されるネイマの存在が非常に大きい。


「すげぇな。これ全部ツゥンツァイの木なんだよな」


「そうです、アンコウ様。このツゥンツァイ樹林に住むネイマは、常に一定の個体数を保つと言われています。どれだけ取っても一月ひとつきも放って置けば、その数が回復するんです」


「へぇ、ドルングはツゥンツァイ樹林やネイマのことに詳しいのか?」

「私はこの近くにある村の出身なのです。子供の頃は、ネイマばかり食べていましたよ」

「へぇ、そうなのか」

「さぁ、アンコウ様。この丘を下れば、もう森です」

「ああ。じゃあ、いくか」


 アンコウたちは、再び馬を駈り、丘を下っていった。


――――――


「おわっ、これがツゥンツァイの木かっ」


 アンコウは、ヒョイッと、馬の背から飛び降りて、初めて見るツゥンツァイの木に近づいていった。


(……この木、トックリキワタにそっくりだなぁ)


 ツゥンツァイの木は、普通の樹木と比べて異様に幹の部分がまるまると太っており、アンコウはこんな木をこの世界で見るのは初めてだったが、生まれ故郷の世界で見たトックリキワタの木によく似ていた。


 アンコウは、ポンポンと、大樽のようにまるまると太った木の幹を叩いた。そのアンコウの後ろに、ドルングたちも近づいてくる。


「アンコウ様、その肥えた幹の中には、ネイマの大好物の樹液が詰まっているんですよ」

「へぇ、本当に樽かよ。中身は、酒じゃなくて樹液か」


 アンコウが触れているツゥンツァイの木も、所々から濃い琥珀色の樹液が溢れ出ていた。何の気なしにアンコウがその樹液のほうに手を伸ばす。


「アンコウ様っ、いけません!」

「!ん?」

 ドルングの鋭い制止声に反応して、アンコウは手を止める。


「ツゥンツァイの樹液は毒ですっ。少し触っただけでも、ひどくかぶれます」

「!っと、そうだったな。うっかりしてた」

 アンコウは、慌てて手を引っ込めた。


「……不思議なもんだな。俺たちにとったら毒でも、ネイマにとっては唯一の食料だもんな。で、その樹液を食らって、まるまると太ったネイマを俺たち人が食料にする。食物連鎖だねえ」



 アンコウたちは、そのまま森のなかへと入っていく。

 30分、40分と歩いても、まわりにあるのはツゥンツァイの木ばかり。


「……ほんとにツゥンツァイの木以外ないんだな」

「はい、ツゥンツァイの樹林には、決して他の木は生えることができないそうです」

「へぇ」


 アンコウは、まだ疲れたわけではなかったが、近くの岩場に腰をおろした。そして、アンコウはぐるりと周囲を見渡す。


「……豊かな森だなぁ」

「はい。ネイマを食料にしているのは、何も人種だけではありません。鳥や小型の動物たちも、ネイマ目あてに集まり、その小動物を目あてに大型の動物たちも集まります」

「で、人はネイマだけじゃなく、その鳥や動物たちも美味しくちょうだいすると」

「はい。人にとって、まさに恵みの森です」


(食物連鎖だねぇ)


「それに魔獣も時おり姿を見せます。ツゥンツァイの樹林自体には魔素はありませんが、御承知のとおり、ツゥンツァイの樹林は必ず魔素の地との境目に生じます。弱小の魔獣には無魔素地帯で比較的長く活動できる個体が多いですから、時折り樹林の奥地でネイマ目当てに現れたスライムやゴブリンなどに襲われたという話を聞きます」

「へぇ、アイツらもネイマを食うのか?」

「はい」


(魔獣は魔素の地にさえいれば、別に飯を食わなくたって生きていける食物連鎖の外の存在だ。アイツらはなんだって、わざわざ魔素のない土地にまで出てくるんだろうな。

 ……たぶん、うまいんだろうな……力のない人族にとっちゃあ、迷惑な話だ)


 アンコウとドルングの会話にべジーも入ってくる。


「さすがは、ツゥンツァイの樹林育ち。いろいろと詳しいですねー、ドルング隊長」


 アンコウが視線をべジーのほうに移す。


「べジー、お前は詳しくないのか」

「私は町生まれですから。まぁでも、このあたりで常識的なことは知ってますし、ネイマもよく食べますよ。あと、子供の頃はツゥンツァイのおとぎ話なんかも好きでしたねー」

「ん?おとぎ話か、そんなのもあるのか」

「ええ、よくある男の子向けのおはなしで、この辺りの者だったらみんな知ってますよ」

「へえー」


 アンコウは岩に座ったまま魔具鞄をあさり、木の実の入った小袋を取り出すと、ヒョイと木の実を自分の口に放り込んだ。

 モグモグと、口を動かすアンコウ。


「どんな話なんだ、それ。ちょっと教えてくれよ」

「いいですよー」と、べジーは気軽く応じた。



~~~


 昔々、ツゥンツァイの森は何もなかった荒れ地に、ある夜突然現れた。突然現れた小さな森は、昼間のように明るく光っていた。

 近くの村に住む娘が様子を見にくると、その光る森の中に見たこともない服を着た一人の人間の男がいた。

 男はアインズと名乗り、ここではない別の神の国から来たという。


 その頃、アインズを見つけた娘の村は蛮族の略奪と作物の不作で滅びる寸前であった。

 しかし、娘も村の者たちも、故郷に帰ることができないと嘆くアインズをあたたかく村に迎え入れ、限られた食料の中から、アインズのためにそれを分け与えた。

 アインズは村の者たちにひどく感謝した。


 アインズは恩を返したいと言い、見たこともない透き通った箱の中から一匹の白い芋虫を取り出し、共にやって来たツゥンツァイの森に放った。

 その芋虫の名はネイマ。

 しばらくすると、ネイマは何十匹何百匹とツゥンツァイの森で増え、村人の糧となり、村を飢えから救った。


 その森の話を聞いた蛮族たちが、村を滅ぼし、この森を自分達の者にしようと再び襲ってきた。村人たちは、今度こそだめだと恐怖し泣いた。

 アインズを村に連れてきた娘、村一番美しく、しっぽの毛並みのよいハルンという娘がアインズの下に来て言った。お逃げくださいと。


 アインズが、お前はどうするのかとハルンに聞き直すと、ハルンは祖先より受け継いだこの土地を離れることはできない、戦うと、女の身でありながら言った。

 アインズは、ならば自分は君のために戦おうと言った。


 アインズは、村の先頭に立って蛮族と戦った。

 アインズはとても強く、剣を振るえば、一閃で十の蛮族を凪ぎはらい。精霊法術をつかえば、火球ひとつで百の蛮族を吹き飛ばした。

 三日三晩戦い続けて、ついにアインズは蛮族の王を打ち倒し、ハルンと村を守ったのだ。


 そののち、アインズはハルンを妻に迎え、多くの子をなし、家族と共にツゥンツァイの森を守りながら幸せに暮らしたという。


~~~



「まっ、おおむ)ねこんな感じの話ですねー」


 アンコウは、べジーが話している間、一言も口をはさまなかった。

 はじめは木の実を食べつつ、物珍しそうに周囲のツゥンツァイの木々を眺めながら、べジーの語るおとぎ話を聞いていたアンコウだったが、途中からアンコウの目が真剣なものに変わり、べジーの話にじっと聞き入っていた。


 べジーの語る物語を聞きながら、アンコウはあることを思い出していた。


(そういえば、前にハウルのホモ野郎が言ってたよな)


――――『この世界の歴史は古い。一般の者が目にすることはまずないが、いくつかの国や地域の歴史書や伝承に、異世界からの落人や異界渡りの者の記述や語りが残っている。

 アンコウ、貴様はただの一介の冒険者なのだ。貴様の目に国の歴史書などが触れることはないだろう。それを研究している者の話を耳にすることなどなかろう。

 ひとつの町のひとつの迷宮に引きこもり小銭稼ぎをしている狭き冒険者が、古き森の民や山の民の伝承の歌を聞くことなどはないのだ』(第29話より)――――


 もしや、このおとぎ話もハウルが言っていた異界渡りの者の伝承のひとつなのかと思い至った。

 コールマルは、グローソン支配下の地だ。グローソン公ハウルが知る異界渡りの者に関する伝承の中に、このツゥンツァイのおとぎ話も含まれているのかもしれない。


「なぁ、べジー。その物語に出てくるツゥンツァイの森は、ここの樹林のことなのか?」

「さぁ、それはどうなんでしょうね。ツゥンツァイの木は、どこにでも生えるものじゃないですけど、ここ以外の土地にも間違いなくありますから」


「私の村では、今の『光の森の勇者アインズ』の物語に出てくるツゥンツァイの森は、この樹林のことだと信じられてます。自分たちは勇者アインズとハルンの子孫だって話す老人もいました」

 と、ドルング。

「ただ現実的に言って、実際のツゥンツァイの森は光りませんし、私の村と同じようなことを言っている村がコールマル領内にはもちろん、領外にも他国にもありますから。言ったもの勝ちみたいなところはあるでしょうね」


「このおとぎ話は、そんなに広い地域に伝わっているのか」


「ああいや、実はこの樹林を東に抜けて、魔素の山を越えれば、そこは同じくグローソン公爵様の支配下ながら、コールマル領外の土地になります。

 そこにも、ここよりは小さいですが、ツゥンツァイの森がありまして、その森の周辺にある村でも、このおとぎ話は知られていますし、私の村と同じように自分たちの森こそが、物語に出てくる光の森であり、自分たちこそが光の森の勇者の子孫だと言っておりました。

 どちらの村も、この話になると自分たちこそがと言っております」


 ドルングは最後は苦笑を浮かべながら話していた。どちらも実に子どもっぽい意地の張り合いだとでも思っているのだろう。

 アンコウは樹林の向こう、東の方角に見える低い山々をちらりと見やる。


「なぁ、ドルング。あの山の向こうにある村なら、めちゃくちゃ遠いってほどの距離じゃないよな。お前の故郷の村と行き来はないのか?いや、嫁に行ったり来たりってことでさ。血が混じってんじゃないのか」


「ないわけではありませんが、よくある話ではないと思います。あちらとこちらの間には、領界線があるうえに、薄いとはいえ魔素の地が横たわっていますから、通常人の獣人や人間は気軽に越えることはできません。交流自体が少ないのです。

 私が何度か向こうに行ったのも、あくまで仕事でありまして、いずれの時も太守様より正式な命を受け、先方にもちゃんと許可を得た上でのことでしたから。

 ただ……よくある話ではないと申しましたが、私の村の者ではないですが、ちょうどその数少ない例がここにいたりもするのですが」


 そういうと、ドルングはにやりと笑いながら、ベジーのほうを見た。

 それに気づいたベジーがポリポリと頭をかいている。


「ん?どういうことだ?」


「実はこのベジーの婚約者が、この樹林を越えた隣領にある村にいるんです」


「へぇ、そうなのか」


 聞けば、ベジーもドルング同様、役務で隣領と行き来している時に、その村に立ち寄ることがあり、婚約者の娘と知り合ったらしい。

 アンコウはベジーの色恋事情には全く興味はなかったが、隣領の状況について少し聞いてみた。


「まぁでも、あれですよ、大将」 と、べジーが話し出す。

「私は向こうに行ったことは何度もありますけど、あっちもこっちもド田舎で、大して違いはないですよ」

「……そうか。でっかい町でもあるんだったら、遊びに行ってみてもいいと思ったんだけどな」

「う~ん、ハリュートより大きな町だったら、領境を越えて、もっと東南に行かないとないですよ」

「そうか、そこまでは行けねぇなー」



 アンコウたちはツゥンツァイの森の中で、ずいぶんと話し込んでしまったようだ。気がつけば、生い茂る枝葉の間から見える太陽が、ずいぶん西に傾いてきていた。


「おっと、これはいけない」

 それに気づいたドルングが立ち上がる。

「アンコウ様、今からクークに戻ろうと思うと、夜の闇の中をかなりの時間走り続けることになりますが」


「クークのほうは大丈夫だって言ったろ。ちゃんと伝言はしてきてるし、俺がいなくったって、まつりごとに支障がでたりしないよ。それより、今晩寝るところだな。この辺に宿屋がある村ってあるのか?」


「アンコウ様。それなら是非、私の里の村にお越しください。ここからでしたら一番近い村ですし、御領主様に来ていただけるのは村の誉れです」


「大将、ドルング隊長の村のネイマのキノコ汁は絶品ですよ」

「へえっ、そいつはいいな。ドルング、突然行って、村の迷惑にならないか」


「無論です。この辺りは今季の作物の出来も良く、御領主様の直轄地ゆえ、例年より年貢も少なくなることになりました。御領主様には、皆感謝しております」


 ドルングの言葉に安心したアンコウは、

 じゃあ、邪魔するかと、三人そろって、また移動を始めた。

 三人は、来た道をまたのんびりと戻っていく。


 ツゥンツァイの樹林は、緑の香り濃い、生き物のゆりかごのような優しい森だ。


「なあ、そういえば、ネイマを全然見ないなあ」

「アンコウ様、ネイマは夜行性にございます。昼間のうちは地面の下で寝ておりますよ」

「へえ、そうなのか。市場で買って食べてるだけじゃ、そんなこともわからないからなぁ」


 アンコウたちは森の中を歩く。





 アンコウは、案内されたドルングの村で実に手厚いもてなしを受けた。

 ドルングが言っていたとおり、貢納率を下げたことがこの村でのアンコウの評価を極めて高めていたようだ。

 彼らの態度は、ご領主様だから仕方がなくというものではなく、心からアンコウたちを歓迎してくれていた。


 アンコウが貢納率を下げたのは、別の彼らに対する慈愛の精神から為したことではない。

 はっきり言えば一時的な人気取り、そうした方が自分の都合によかったからに過ぎない。必要があれば、今まで以上に上げることにも躊躇ためらいはない。


(わかりやすい連中だ。今度は貢納八割にしてから来てみたらどうなるかな)

 と、半ば本気で面白そうだやってみようかなと思うアンコウだ。

(……まぁ、一揆が怖いからやめとくか)


 この村も決して豊かとは言えないものの、穏やかな雰囲気の漂う村だ。わざわざ好感度を下げる必要もない。


(べジーの言ったとおり、ネイマのキノコ汁もうまかったしなぁ、芋の焼酎もなかなかのもんだった)


 田舎料理を十分に堪能したアンコウである。すでに日はどっぷりと暮れ、フクロウの鳴き声だけが外に響いている。


 御領主様歓迎のうたげも終わり、アンコウは村長の屋敷に一室を借りて、すでに床に就いている。

 ただ、それなりに体力を使い、多少酒も飲んだアンコウであったが、思いのほか目が冴え、いまだ心地よい夢幻の御国へと旅立てずにいた。


 そんなアンコウの目に、突然外から差し込む光が見えた。

 ん? と、アンコウは疑問に感じる。


(宴の時は、月も星も厚い雲に覆われて、今日は真っ暗な夜だったんだけど……あの厚い雲が、もう晴れたのか?)

 それに、どうも差し込んでくる光の感じがおかしい。

(……月や星の光とは、少し違う)


 アンコウの目に見えている光は、遥か天空から降り注ぐ月や星の明かりの具合とは、どうも違うことにアンコウは気づいていた。

 どうしても、それが気にかかり、アンコウはついにベッドからむくりと起き出した。


「チッ、気になって眠れない。一応確認しておくか」


 すでに夜の冷気が支配する時間、アンコウはごく短い時間で武装し身支度を整えた。元奴隷・元冒険者の経験が自身を無防備にすることを許さなくなっている。

 そっと扉を開き、アンコウは廊下から庭に出た。村長の屋敷の庭には塀はなく、低い垣根があるだけ。


 そして、アンコウの足は、2,3歩、庭を歩いただけでピタリと止まった。


「………なんだよ。あれ………」


 アンコウの大きく見開いた目は、村の外に広がる森に向けられていた。

 その森は、アンコウが昼間、散策していた森、ツゥンツァイの樹林だ。


「……森が光ってる……」


 そう、樹林が光を放っていたのだ。


 アンコウの寝間に差し込んでいた光は、月のものでも星のものでもない。月も星もまだ厚い雲に隠れている。

 ツゥンツァイの樹林の光が入り込んでいた。目が痛むような眩しい光ではなく、提灯の明かりのようなオレンジ色の優しい光だ。


 呆けたように森を見つめるアンコウ。

 当然ながら、このときのアンコウの頭に浮かんでいたものは、昼間べジーとドルングから聞いた『光の森の勇者アインズ』のおとぎ話。


「……確か、ドルングが実際には光らないって言ってなかったか……思いっきり光ってるじゃないか」


 アンコウはしばらくは立ち尽くしたまま動かなかったが、あんぐり開いていた口を閉じると、おもむろに光る森にむかって歩き出した。


―――――


「……完全に光ってるよな」


 村を出て、森の入り口まで来たアンコウは、オレンジ色に光っている森をじっと見つめている。

 ツゥンツァイの木には、夜になって土の中から這い出てきたのであろうネイマが何匹も取りついていた。


「……ツゥンツァイの木にネイマ、それに土もか」


 光を発しているのは、この三つだった。草や岩など、それ以外のものは光っていない。



……・・・「アンコウ様っ!」「大将っ!」

 ドルングとべジーの声。


 アンコウが村長の屋敷からいなくなったことに気がついた二人が、アンコウの後を追ってきた。


「アンコウ様っ、いかがなされたのですかっ!」


 アンコウは後ろを振り返り、ドルングの顔を見る。


「いかがしたじゃねえよ。見たらわかるだろ?なぁ、ドルング。この森は光らないんじゃなかったのか?」


 アンコウの問いかけを聞いて、ドルングもべジーも怪訝そうな表情を浮かべる。


「……それはどういうことでしょう?」

「大将、光るって何が光ってるんです?」


 二人の反応に、今度はアンコウが怪訝そうな顔になる。互いに首を捻りながら、アンコウたちはしばし話をした。その結果………、


(……マジかよ)


 アンコウが理解したこと。ドルングとべジーには、森が光っては見えていないということだ。


(ど、どういうことなんだ……)


「あ、あの、アンコウ様には本当にこの森が光って見えているんですか?」

「いっつもどおりの真っ暗い森ですよー。今日は月も星も隠れてますし」

「……ああ、光ってるな。これが光ってないんだったら、この世に光ってるもんなんてないってぐらい光ってる」


 御領主のアンコウにそう言われては、ドルングとべジーはこれ以上反論することができない。

 アンコウも、ドルングとべジーが嘘を言っているとは思っていない。


「……しかし、これはどういうことなんだろうな」


 アンコウは、この光そのものからは特別な力も気配も何も感じてはいない。本当にただ光っているとしか感じていない。


「ただひとつ不思議なことは、俺にしか光っていることが見えていないってこと……」


 アンコウは、自分が特別な存在だとはこれっぽっちも思っていないし、実際にそうだ。

(ほかの連中と比べて、俺に特異な点があるとすれば、生まれ育ちがこの世界じゃないってことだけだが……)


 アンコウは、『光の森の勇者』の話を思い出す。

「………本当に、それが答えかもな」


(この森には魔素はない。俺にだけ光って見えているが危険は感じない。なんなだろうな)


 そして、顔をあげたアンコウは、ツゥンツァイの樹林の中にむかって歩き出した。


「アンコウ様っ?」

「大将っ」


 どうするおつもりですかと、二人が問う。


「決まってるだろ、夜の散策だ」


 アンコウは、そう答えると、ツゥンツァイの木から、ネイマを一匹ヒョイとつまみ取り、自分の口にポイッと放り込んだ。

 そして、そのまま森の中へ。


「お、お待ちくださいっ、アンコウ様。お供いたしますっ」

「私も行きますよー」

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