第93話 カルミに金棒
恐怖で腰を抜かし、声も出ない状態になっている護衛の男の姿を見ても、リマナはカルミがメイスを振るえば自分の命も危なかったという認識が持てない。
ゆえに、突然目の前で起こった理解できない光景に怒りを爆発させた。
「何をしているのっ!早く立ち上がりなさい!」
突然腰を抜かし、テレサから離れた男を強く怒鳴りつける。しかし、カルミの覇気を直接ぶつけられた男は完全に腰が抜けたままだ。
「くっ!お前たち何をしたのっ!」
今度はテレサとカルミを怒鳴りつける。そして、まだ自分の左右に残っている従者護衛の二人の男に叫ぶように命じた。
「お前たちっ!あの二人を取り押さえなさいっっ!」
その残っていた護衛の男たちは、
「「は、はいっ、リマナ様っ」」
「カルミちゃん!」
テレサはカルミを庇い、前に出る。
あっという間に距離をつめてきた男たちが、テレサの前に迫る。
その時、
ドガアァッ!
ドゴオォッ!
「「ぐわあぁぁーっ」」
その二人の男たちの手がテレサに届くことはなく、男たちは中庭を転がり飛んでいった。
「なっ!」
今度はさすがに何が起こったのか理解でき、目を大きく見開くリマナ。
そして、テレサとカルミが、ほぼ同時に声をあげた。
「ホルガさんっ!」
「ああっ、ホルガだあぁ!」
白い体毛、白い眉、シャープな顔つきに鋭い眼光。アンコウが所有する二人目の奴隷となった獣人女戦士ホルガの姿がそこにはあった。
ホルガに殴られ、蹴り飛ばされた男たちは中庭の端まで飛んでいき、ピクリとも動かない。
「あの、ホルガさん……」
助けてもらったテレサではあるが、これではせっかくカルミを抑えた意味はない。
「あ~あ。ホルガ、お城でけんかしちゃダメなんだよ、アンコウに怒られるよ?」
と、言ったのはカルミだ。
「大丈夫です。私がアンコウ様より命じられている仕事の一つに、カルミとテレサの警護見守りがありますから。これは私のやるべきことなのです」
おおーそうなのか~ と、カルミは納得。
それでもこれはやりすぎよ と、うろたえているのはテレサだ。
「 くくっ、~~こ、こんな、こんな、~~」
一方、護衛の男たち三人全てを排除されてしまったリマナは、屈辱で全身をぶるぶると震わせて、顔面は蒼白になっている。
テレサ、カルミ、ホルガの三人が、そんなリマナをじっと見つめる。
一見穏健派に見えるテレサも、これまでに何度も嫌がらせをされたリマナに同情する心などさらさらない。
「!くっ~~~!」
リマナはキッと歯を食いしばり、
「お、憶えてらっしゃいっ!
それでも、この状況で捨て台詞を吐けるのは見上げたものである。
そして、のびている三人の護衛を放置したまま、リマナはつかつかと足早にその場を去っていった。
―――――
その中庭から少し離れた建物の陰影の中、さらに気配を完全に殺したもうひとつの影が潜む。
(………なんともはや。あんなところにいなくてほんとよかったよ。これ以上ないぐらい不毛な
しかし、テレサもホルガも融通が利かないよなぁ、もうちっとうまいことやればいいのに、タイプはぜんぜん違うけど、そういうところは似ているかもな)
次に影は、そのまま中庭で何やらテレサと話しているカルミを見る。
(……カルミのやつに好き勝手に暴れさせてやっても別によかったんだけどな、遅かれ早かれって気もするし……で、でも……ブッ)
「ブフッ!あ、あいつ、アフロ頭、ハデハデ扇でぶっ叩かれてやんの。ブフフッ、に、2回も」
完全に気配を消していた その影だったが、どうしても笑いを堪え切れなくなったらしい。
「ブフッ、ふははっ」
「ん?どうかしたのカルミちゃん?」
テレサと話をしていたカルミが突然口を閉じ、あらぬ方向をじっと見つめていた。
「ん~~~んん?……だれかこっちを見てる?」
「「「えっ?」」」
と、テレサもホルガもその場に残っていた女中も、カルミがじっと見ている方向を見る。
しかし、三人には何も見えない。
「?ほんとに?向こうに誰かいるの?」
カルミが自分よりずっと優れた感覚を持っていることはテレサも心得ており、自分には見えないからといって、頭からカルミを疑うようなことはしない。
「んん~~っ、…………んん!? あっ!アンコウだ!アンコウがいるっ!」
「えっ!旦那様がいるのっ!?」
テレサもじっと目を凝らすが、どこにも何も見えない。でもテレサはカルミを信じた。アンコウがいるんだと。
「あっ!アンコウにげた!テレサっ、アンコウ走っていったよっ」
「えっ…………」
(…………ああ、旦那様ここにいたんだ。ずっと見ていたんだわ)
テレサは、ああそうか と、いかにもアンコウがやりそうなことだと理解した。
「………ふふふっ」
何も見えない少し離れたところにある建物の陰を見つめながら、テレサは穏やかに笑った。
しかし、そのテレサの笑う顔を見たホルガは若干身を反らせる。フフフと笑うテレサの目が、まったく笑っていなかったからだ。
(……怖い笑い方ね、テレサ)
「チッ、しくった。カルミのやつはほんと勘が鋭いっ」
建物の陰から抜け出したアンコウは只今移動中だ。
リマナの相手をしたくなくて姿を隠したアンコウだったが、先に現れたのがカルミであっても同様に逃げ出すつもりでいた。
リマナの質の悪い下心丸出しのアプローチの相手をするのは本当に面倒くさいし、そんな女は気持ちが悪い。
また、カルミが先に現れていれば、間違いなくアンコウはアフロなあの子の遊び相手にされてしまい、それはとにかく体力的に恐ろしく疲れることになる。
「チッ、俺は忙しいんだよっ。どっちも相手にしてられるかよっ」
というのが、アンコウの弁である。
「ねぇねぇ、アンコウお仕事中なんだよねー?」
カルミは、まだその場にいた女中に話しかけた。確かにその女中は、アンコウは私室で仕事をしていると言っていた。
「えっ、あ、は、はい。た、確かにそうおっしゃっておられましたが………」
「ん~、でも今そこにいて、カルミが見たらにげていったよー」
カルミは首をかしげながら言った。
パンッ!「ああっ!わかったわ!」
すると、突然テレサが手を打ちながら大きめの声を出した。
皆がテレサのほうを向く。
「カルミちゃん!」
「なに?テレサ」
「旦那様はカルミちゃんを見て逃げたのよね?」
「うん」
「カルミちゃん、この間お風呂で旦那様と今度遊んでもらう約束をしてたじゃない?」
「おお~。うんっ、したっ」
このあいだ、アンコウ視点ではカルミ主導で無理やり三人で風呂に入ることになったとき、確かにアンコウとカルミはそんな会話をしていた。
しかしそれは、さんざんアンコウに遊んでくれとせがんでいたカルミを、アンコウがまた今度、また今度とカルミを煙に巻いていただけだということは、一緒に湯船に浸かっていたテレサはよくわかっているはずだ。
それにアンコウの口から、カルミの遊びにつき合うと恐ろしく疲れるということを、これまでに何度も聞いているテレサだ。
「それが今じゃないのかしら」
「?」
「鬼ごっこじゃないのかな。前にワン‐ロンでしてたでしょ?だから旦那様、カルミちゃんの顔を見て逃げたのよ」
「おおっ、鬼ごっこかぁ!」
それはアンコウが一番疲れたと言っていたカルミとの遊びだ。
カルミの目がキラりんと輝いた。くるりとアンコウのいた建物の陰のほうを見るカルミ。
「ふふっ、カルミちゃん。今度はもっと鬼っぽくしてみたらどうかしら?」
「?おにっぽく?」
「そう。鬼に金棒って言ってね、鬼は金棒を持っているのよ。今は金棒はないけど、カルミちゃんはメイスを持っているでしょ?」
「おおー、そっかっ」
カルミはご機嫌にすらりとメイスを引き抜いた。自分の身の丈以上のメイスをカルミは掲げ持つ。
「まあっ、鬼に金棒ならぬ、カルミちゃんにメイスねっ!よく似合ってるわよ!」
何となく褒められたような気がしたカルミは、ムフーッと、鼻息を荒くする。
「じゃあ、カルミ、アンコウを捕まえてくるっ!」
「ええ、カルミちゃん。それに、せっかく金棒を持ってるんだから、それで旦那様を捕まえたらどうかしら?ボカンと」
「たたくの?」
「ふふっ、旦那様は強いから大丈夫よ」
「うん!わかったー!」
「うん?」
―― まてまてーー
(?何だ?)
― まてまてーー……・・・・・・ アンコウ、まてぇー!」
突然、遠くから聞こえはじめた子供の声。
その声が自分の名を呼んだことに気づいたアンコウが後ろを振り返ると、その視線の先にはカルミがメイスをグルングルン振り回しながら、走ってくる姿が見えた。
そのカルミが、あっという間に近づいてくる。
「いっ!カ、カルミっ!」
「みつけたぁーアンコおぉー!鬼にかなぼうだー!」
ボガァン!ガラガラガラガラッ!
カルミが振り回していたメイスが、アンコウがのん気に歩いていた庭に置かれている石像にぶち当たり、ガラゴロと崩れ落ちる。
「なっ!な、なんだ!?おいっ、カルミっ、止まれっ!」
止まれと言っても絶賛鬼ごっこをお楽しみ中のカルミが止まるわけがない。それまで以上に、ぐるんぐるんメイスを振り回しアンコウに迫る。
「!~~っ!」
アンコウは何が何だかわからないが、とにかく逃げないとヤバイことだけはわかった。
「く、くそっ!」
アンコウは、カルミに背を向け全力で走り出した。
「あ~っ!!まて、まて、アンコーー!!」
ぐるんっ ボカァンッ! ガラゴロロッ!
ぐるんっ ボカァンッ! ガラゴロロッ!
「なっ、なんなんだっ!カルミ~っ!」
メイスを振り回すカルミが笑顔で追いかけ、汗ダラダラのアンコウが必死の形相で逃げる。
そんな光景が、この
「アンコウ、つっかまえたあああーーっ!」
「ぐわあぁぁー!!!~~~~~………」
■
「さぁ、アンコウさまぁ、もう
演兵視察を終えた昼の宴の席。アンコウの横に座ったリマナは、周囲の目を気にするそぶりなく、しなだれかかるようにしてアンコウに酒を注ぐ。
「……ああ、ありがとう」
「ねぇ、アンコウ様。このあいだのお城でのことですけれど………」
「ああ、ナグバルからも聞いている」
この間、城でリマナの従者護衛たちが乱暴をうけたことについて、アンコウはナグバルから一応の抗議をうけていた。
無論、全てを覗き見ていたアンコウとしては、
(馬鹿が、自業自得だろうが。知るかよ) というのが本音なのだが、リマナにとって一方的に都合の良い内容になっていたその抗議を、特に反論なく受け取っていた。
「ああ、申し訳なかったね。うちの者たちが、君の従者たちに怪我をさせてしまったみたいで」
「い、いえっ、そんなっ。アンコウ様にお謝りいただくようなことではありませんわっ。悪いのは乱暴を働いたあの人たち。でもそれも、まだこの土地に来て日が浅く、
もう、よろしいのです。あのような下賤の者たちが、アンコウ様のような御立派な方の近くにいるのは如何なものかとは思いますが、それ相応の罰で許して差しあげてくださいませ。
………そんなことよりも、アンコウさまぁ。今度はお城で、一度このようにアンコウ様にお酒をおつぎできたらと、リマナは思うのです」
上目遣いにアンコウに甘えるようにして、リマナが言う。
その自分に体を密着させてくる女の容姿を見て、アンコウも率直に、綺麗で色気のある女だなぁと思ってしまう。
(……まぁ、上っ皮だけのことだけどな)
「おおっ、それは良い考えだの、リマナ」
ナグバルが、アンコウとリマナの会話に入ってくる。
「このリマナは、奥手な娘でしてな。このようなことを自分から申すのを初めてみました。アンコウ様のお人柄ですかな、わっはっはっは」
「も、もういやですわ。お父様ったらっ、アンコウ様の前でそんなことっ」
「………………。」
当然アンコウ側も、いろいろとナグバルたちのことを調べている。その中にはこのリマナに関する情報も入っていた。
アンコウは、リマナが遊び好きの
それに、自分がいないときのリマナの城での振舞いも当然知っている。
(何言ってんだっ。おすすめするなら、もうちょっと身持ちの固い女を紹介しろってんだ。娘、十何人もいるんだろうがこのヒゲ豚絶倫オヤジがっ)
アンコウは心の中で毒を吐く。
ただそれとは別に、確かにリマナの容姿は美しく、色気も十分にある。
それはアンコウも認めるところであって、妻にするには問題大有りの女なのだが、
(まぁ、一回ぐらいお願いするのは……アリかもな……)
と、思ってしまうのは、男の
そして、アンコウの手がリマナの腰に回る。
「まぁっ……ウフフフッ、アンコウさまぁ」
それを見たナグバルがまた、話し始める。
「それにアンコウ様。アンコウ様も御領主となられたのですから。いつまでも、お一人身ですと何かと不便もございましょう。そのリマナも、そろそろ良い年頃でして。良い嫁ぎ先を探しておりましてなぁ、ワッハッハッ」
( くっくっ、たわいもないのぉ。何やら武に優れているとの報はあったが、所詮考えが足りない青二才よ)
アンコウは見目麗しい女を片手に抱き寄せ、美酒美食を口に運ぶ。
確かに女は美しく、酒は芳醇な香りを放ち、頬が落ちそうなくらい美味な料理が並んでいる。それは間違いなくアンコウという男が望む夢生活のひとつでもある。
しかしその全てが、致命的に根っこの部分がずれていた………
(チッ………こんな生活いつまでもしてられないなぁ………)
「……アンコウさまぁ。リマナは一度、アンコウ様のお城のお部屋で、お話がしとうございますぅ」
リマナは実に巧みに恥らって見せつつ、アンコウの耳元で甘く囁いた。
「……ああ、今度な……リマナ……」
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