第86話 領地コールマルへの旅程

「カルミっ!そのまま突っ込めぇぇ!」

「うんっっ!」


 それまで後方に控えていたアンコウとカルミ。予想外の戦況の悪さに、二人飛び出すように荷馬車の元を離れた。山賊たちの数は思いのほか多く、


「チィィッ、百はいやがるっっ」


 おそらくアンコウたちの倍ほどはいる。

 アンコウはつい先ほどまで敵の数はその三分の一ほど、偶発的な接触だと思っていたが、これは違う。あきらかにここを通る者を待ち伏せていたのだ。


 アンコウたちは事前に、このあたりを根城にしている賊はいないと聞いていた。

(情報が古かったのかっ)

 先般の少々規模の大きいグローソン領内の反乱以降、領内に跋扈ばっこする賊徒は明らかに増えており、それに関する昨日の情報が、今日も正しいとは限らない状況になっている。


 それでもアンコウの目に賊の姿が見えた時、はじめは余裕があった。

 あきらかに、こちらよりも数が少なく、食いつめた敗残兵崩れの賊が破れかぶれで襲ってきた程度に思っていた。

 だからアンコウ自身は動かず、ダッジたちの実力のほどを見てみるかと、彼らのみを動かした。


 しかし、双方が戦闘を開始すると同時に、側面に伏せてあったのだろう賊どもが飛び出してきた。アンコウたちの数的な優位は一瞬で崩れ、アンコウはカルミと共に即時、戦闘に参加せんと飛び出したのだ。



「くそっ!お前ら何やってんだっ!退くんじゃねぇぇ!」


 アンコウは怒声を味方に浴びせる。アンコウ自身は次々と薄汚れた装備の賊どもの頭を戦斧で叩き割っている。

 カルミも同様、身の丈以上もある愛用のメイスを馬上で振り回しているし、ダッジやホルガの活躍もなかなかだ。


 このまま戦えば、この戦い自体は負けるわけがない。それはアンコウにも予見できている。

 ただ、その四人以外の者たちが……弱い。


 ダッジが護衛兵として連れてきた者たちは約50。しかし、その中に抗魔の力を持つ者は一人もいなかった。

 人間8、獣人2ほどの割合で構成されている普通人の集団であり、食いつめ者たちの集まりだった。


 アンコウが見る限り、敵賊の中には数名の抗魔の力保持者がいる。それらに一斉に襲いかかられたアンコウ側の護衛兵たちは、あきらかに腰が引けていた。


「……ちぃぃっ」

 アンコウは もう知るかと、護衛兵たちを統率する意思を早々に捨てた。


 アンコウは馬を駆り、周囲の賊どもの命を狩ることに集中し始める。


ダァンッ! ギィヤァァーッ

ザァンッ! ぐわぁぁーっ


 アンコウ、カルミ、ダッジ、ホルガが戦っている。それぞれの周囲にのみ、次々と賊の死体が増え、積み重なっていく。


「た、大将ぉぉ、助けてぇぇー!」


 アンコウ、カルミ、ダッジ、ホルガが近くにいないところから、賊に押し込まれている護衛兵の助けを呼ぶ声がアンコウの耳にとどく。

 彼らはダッジに倣い、アンコウのことを大将と呼ぶか、アンコウ様と呼んでいる。


 アンコウは、ちらりと声が聞こえたほうを見た。

 それはまだ年若い、なかなか端正な顔立ちをした人間族の男。名は確か、リューネルと言ったか。

 兵隊崩れにしては礼儀をわきまえている男で、愛想も良く、アンコウが彼に入れてもらった茶もなかなか美味かった。


 しかし、アンコウはその男を一瞥した後、すぐに目を逸らし、再び戦斧を振るいはじめた。

 役に立たないやつ と、アンコウの顔は語っていた。



「ひぃぃぃっ!」

 足がもつれ、地面に倒れこんだリューネルに敵の剣刃が迫る。

 このリューネルという若者は、元商家の丁稚でっちあがりの兵士であるらしい。腕に覚えなぞ、まったくないのだ。

「や、やめろぉぉ」


 リューネルは恐怖で剣を持つ手にも力が入らなくなる。もはや彼の死は眼前に迫っていた。


ヒュンッ! ザクッ!

  

「………へっ?」

 突然、リューネルの口から呆けた声が漏れた。


 目の前にいたリューネルを斬り殺そうとしていた賊の胸に、一本の光の矢が突き立っていた。


ドサァァンッ

 その賊の男は背中から地に倒れ、胸に刺さっていた光の矢は消える。


 アンコウの目が、再びリューネルのほうに向く。さらにアンコウの目は、光矢が飛んできた後方へ。

 そこには、停止した荷馬車の前、弓を手に矢をつがえるテレサの姿があった。


ヒュンッ!ヒュンッ!ヒュンッ!

 矢を連射。


ドサン バタン ドタン と、

 リューネルたちの周辺にいる賊どもが次々とテレサの光矢に射抜かれ、地に倒れる。


「………テレサめ」

 アンコウの口角が上がり、ニヤリと笑った。


 戦場の全ての衝突場面で、アンコウたちが一方的に押しはじめた。


 そして、

 ―――アンコウーっ!――― カルミの声。


 カルミは馬から下り、愛用のメイスをアンコウのほうに掲げ叫んでいる。そのカルミの足の下には、頭を砕かれた賊の頭らしき男がいた。

 百の賊は、アンコウ、カルミ、テレサ、ダッジ、ホルガの五人の存在にほぼやられた。敗走をはじめる賊残党。


「ホルガ!ダッジ!魔具鞄を持ってるやつだけ仕留めてくれっ!後はもういい!」

「了解だっ、大将!」


 ダッジとホルガ、それに何とかついていっている一握りの護衛兵たちが、アンコウの指示に従い逃げ出した賊どもを狩り始めた。



―――――



「ダッジ、何なんだコイツら」


 アンコウは味方の兵士たちをあごで示しながら、不満そうにダッジに言う。


 イェルベンからアンコウの知行地コールマルにまで行く旅程の、まだ半分にも達しない時点で初めて行われた本格的な戦闘。その戦闘で10を越える味方の兵が死んだ。

 しかも相手は、数に勝っていたとはいえ、正規の兵ではなく、そこらにいる賊徒である。


「まぁ、こんなもんだろ。矢避け、肉壁だ。大将」

「チッ」


 アンコウはメシ代だって馬鹿にならないんだぞと思うものの、一日二食の粗末な食事のみの待遇でついて来る兵士なんか、こんなもんだということは認めざるをえない。


「………まぁ、こんなもんでもいないよりはマシか」


 その兵士たちのなかの傷を負った者には最低限の治療を施し、動ける者には倒した賊どもの身ぐるみを剥がさせていた。

 食いつめ者の賊の所有物などたいしたものはないが、ケガをした味方に使うポーション類ぐらいは補えた。


「金に魔道具にポーション類、食料の類は全部頂戴するんだぞっ」


 ダッジがアンコウの横を離れ、味方の兵どもに指示を出している。



「ねぇねぇ、アンコウ」

 カルミがアンコウの横に立つ。


「ん?何だ?」

「カルミたち、山賊?」

「………ちがう。……山賊はあっち、山賊から物を返してもらってるんだ」

「おー、そっか」



 そして、アンコウたちは後始末を終えると、再び移動をはじめた。





 アンコウたちは、コールマルへの移動を続けていた。

 アンコウたちがはじめて賊の襲撃をうけたのが、グローソンの拠点都市イェルベンを発し、約半月程が過ぎた頃。


 それからは安心して移動を続けられる地域などなく、アンコウたちは慎重に慎重を重ねて移動していたのだが、それでもその後これまでに、さらに2度の武装賊徒集団との戦闘を経験していた。


 一度目の損害に懲りたアンコウたちは、二度め三度めに関しては初めから自分たちが戦いの先頭に立ったこともあり、その損害は軽微なものですんでいる。

 ただ、


(わかってはいたんだけどさぁ)


 アンコウはグローソン公ハウルの手から逃れようとしていたとき、グローソン領のあちこちをさまよっており、その治安の悪さは十分に理解していたが、一応武装した数十の兵団を襲う賊が、こうも度々いることには驚きを隠せなかった。


「なぁ、モスカル。ちょっとこれはひどすぎないか?」


「はい。この辺りの地域は先の騒乱時、特に反旗を翻した貴族・豪族たちが多かったのです。そのほとんどが公爵様の軍に討ち取られ、今一時的な権力の空白が生まれているのでしょう。

 アンコウ様のような新たな領主がやってくるか、この地で新たに台頭する者が現れるまではこの状態が続くのかもしれません」


 アンコウがこれから行くコールマルは、この地域よりさらに北、より山の多い地方にある。それを思えば、気が重くなる一方のアンコウだ。


「……なぁ、モスカル。食料と金はまだ多少余裕がある。このあたりで、一旦体勢を立て直して、コールマルの情報を集め直してみるっていうのはどうだ?死んだ兵隊の補充ぐらいはできるかもしれないし」


「それは、ここにしばらく滞在するということですか?」

「……ん~、まぁ、そうだなぁ」


 この地域には今、領主がいない。当然治安は悪い。物資も情報も、ここに留まったところで思うようには集まらないだろう。

 ここに留まることのリスクの高さ、メリットの少なさは、アンコウもよくわかっている。


 アンコウは、やはりコールマルに行きたくないのだ。ここに留まりたいというのは、その気持ちがここに来て瞬間的に強くなり、ゴネて、つい言葉に出たに過ぎない。


「アンコウ様、ここに留まることに利があるとは思えませんが」

「……まぁ……そうなんだけどさぁ……」


 アンコウは周囲の荒れた田畑を見渡す。ここから先、コールマルまで、もうイェルベンのような大きな街はないということも聞いていた。


(……田舎になる一方なんだよな。行きたくねぇよぉ)

 アンコウはグダグダと考え続けている。


「どうなさいますか。アンコウ様が留まるというのなら、そのように指示を出しますが」

「………ああ、そうだな」


 アンコウが一定期間留まるかどうかは別にして、少し考えをまとめるために、一時休息を取るかと考えていた時、


「えっ?このあたりがロボウルなのっ?」

 というテレサの声が聞こえた。


 テレサは馬を下り、今は荷馬車の荷台にカルミと共に乗りこんでいる。

 テレサがいま話をしているのは、その荷台の横について歩いている若い男。


「へぇ、このあたりがロボウルだったのね、リューネル」


 テレサが話しかけているのは、あのリューネルだった。リューネルは、はじめての賊との戦闘でテレサに助けてもらって以来、まるで姉を慕うような態度でテレサに接していた。


「はい。テレサさんはロボウルに何か?」

「ええ、知り合いがね。この間の反乱の時にロボウルで戦って、反乱軍側に組したロボウルの領主を討ち取ったって聞いていたから。そう、ここがロボウルなの」

「えっ!?テレサさんはあのアネサの太陽の戦姫と知り合いなんですかっ?」

「ん?」


 テレサは、獣人を中心にアネサの冒険者の中で、マニが太陽の戦姫と呼ばれていたことを思い出した。


「ああ。マニさんのことね、ええ、そうよ」


 グローソンのアネサ侵攻の際、グローソンの猛将コローツォを一騎打ちで討ち取り、その後、経緯はわからないものの、そのまま グローソンに味方して戦いを続けたマニ。


 マニが行動を共にした一団は、このロボウル中心に、グローソンに刃を向けた逆徒どもを相手に戦った。

 その戦いの中で、ロボウル領主の首級をあげたマニの名は、リューネルの耳にも届いていた。


「すごいですね、テレサさん。あの太陽の戦姫と知り合いだなんて。共に戦った冒険者たちの部隊がロボウルの反乱兵に追いつめられる中、戦い続けて、単騎でロボウル領主を討ち取ったんでしょう?すごいなぁ、強いんだろうなぁ」


 リューネルは少し憧れを含んだような口調で言った。


 テレサはそのリューネルの話を聞いて、マニと一緒に、ネルカからイェルベンに来た時のことを思い出した。

 マニは、旅の途中で知り合った冒険者たちと意気投合し、彼らの故郷で共に戦うことに決めた。そして、イェルベンに着くと、そのままテレサを滞在の館に残して、すぐさま彼らと共に、新たな戦場に向かって出立したのだ。


 テレサは、そのマニと共にいた冒険者や傭兵隊の人たちの姿も思い出していた。

 彼らとは短い付き合いだったが、気の良い者たちが多く、テレサもイェルベンに着くまではいろいろと世話になっていた。


「ええ、マニさんは強いと思うわ。ねぇ、リューネル。マニさんと一緒に戦っていた人たちはどうなったの?」


 リューネルは首を振る。


「太陽の戦姫がいた冒険者と傭兵の部隊は、ほぼ壊滅したそうです。でもっ、そんな劣勢の中でも戦姫マニは決してあきらめることなく戦い続けて、敵将を討ち取ったんですよっっ」


 リューネルは、少し興奮しながらテレサに言った。


「そ、そうなの……壊滅……」


 どういう戦いが行われたのかはわからないものの、テレサはマニの顔を思い出し、なんとなく嫌な感じがした。


 テレサの目がリューネルの向こう側、少し離れたところにいる馬上のアンコウを見た。

 少し離れていると言っても、リューネルの興奮気味の声が、アンコウの耳にも十分届く距離だ。


(あっ……旦那様……)

 テレサはアンコウと目が合った。


 テレサの目に映ったアンコウの様子。そのアンコウの表情は、渋面そのもの。嫌な事を聞いたと、顔全体が語っていた。

 間違いなくリューネルの話が聞こえていたようだ。



 ―――アンコウ様、アンコウ様


「……!ん?何だモスカル?」


「ああ、聞こえておりましたか。一時的に留まるのなら、少し進路は逸れますがこの少し先に小さな町がありますので、そこまでは行ったほうが良いかと」


「………そこも、ロボウルの一部なのか?」

「ええ、その町も旧ロボウル領内にある町です」

「なら、そこには行かない。このまま移動を続けて、ロボウルを抜ける」

 アンコウは迷いなく言い切った。


 その迷いのない態度に、ついさっきまでの逡巡しゅんじゅんするアンコウの心の内を見抜いていたモスカル、は思わず首をひねる。

 しかし、ここに留まることは得策ではなく、早く任地であるコールマルに向かったほうが良いとモスカルは考えていたので、アンコウにそれ以上問いただすことはしなかった。




 アンコウは跨る馬の足を少し速め、荒れた道を進んでいる。


(ああ、いやだ、いやだ。この土地は瘴気しょうきで満ちている……気がする)


 アンコウが操る馬の速度がまたあがる。


 別に、本当に瘴気が満ちているわけではないし、急にコールマルに行きたくなったわけでもない。

 ただアンコウは、マニの話を聞いて、卦体糞けったくそ悪くなった。おそらく、今のアンコウの心情を的確に察しているのはテレサだけだろう。


「………旦那様」


 テレサには、アンコウの気持ちがよく理解できたから。

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