第79話 思わぬ再会
イェルベンでの宿泊場所は、三食お世話付きでグローソン側から用意してもらっているので、アンコウがこの縞栗鼠邸に宿泊することはない。
宿泊はしないが、食事処として宿泊客以外にも、この宿では酒食を提供しており、少しお高めではあるがなかなかに美味いものを出すため、アンコウは何度もこの
「たまには昼酒もいいかもな」
しかしアンコウは、今日はすんなりと店の中に入ることができなかった。
店の入り口に近づいていくアンコウ。その背後から 「おいっ」 と声をかけてくる者がいた。
アンコウは、普通に足を止めて振り返った。
「へっ、へっ、へっ、兄ちゃん、今日も縞栗鼠亭でお食事かい?」
「うらやましいな~、なかなか懐があったかいみたいだなぁ、兄さんよぉぉ」
振り返ったアンコウの視界に五人の男。薄汚れた人間族の男だ。腰には全員剣を差しており、三人は鎧も身につけている。
(兵隊崩れのゴロツキか)
アンコウのその感想がぴったりな五人組だった。
「今日も」と、言ったところをみれば、以前にアンコウがこの
一方、今日のアンコウの出で立ちは、腰に魔具鞘におさめた魔戦斧をぶら下げてはいるが、着ている服装は散歩着のような軽装だ。
服を着ていれば、アンコウはかなり細身に見える。それにアンコウの170cmほどの身長は、この世界の平均的な男たちの背丈からいえば、まちがいなく低いほうになる。
にやけた面でアンコウを見下ろしている男たちも皆、アンコウよりも10~30cmほども背が高い。
それにアンコウの平坦でヒゲも綺麗に剃っている顔には厳つさは皆無、アンコウの見た目にビビる要素は何もない。
しかし抗魔の力を持っている冒険者なら、見た目ではなく、ある程度抑えられているとはいえ、アンコウが身に纏っている覇気に気づくはずだ。
ようはアンコウの実力を推し量れないようなゴロツキなのだが、この声をかけてきた五人の男たちが完全にアンコウをなめているという事実に変わりはない。
「…………………」
アンコウの表情は能面のようになる。
「おいおい、おにぃちゃあ~ん、そんなに緊張しなくてもいいんだぜぇ、ただ、ちょっとお願いがあるんだよぉ」
「まぁ、そういうことだ。ちょっと、そこまで顔を貸してくれよ」
「…………………」
アンコウの能面フェイスは変わらない。
アンコウは4年近く冒険者として飯を食ってきた男だ。この手の連中に、なめられることは決して良しとしない ヤクザチックな精神構造はすでに構築されている。
「おいっっ!!テメェ聞いてんのかよっっ!!何無視してんだあぁぁ!?」
「いい度胸じゃねぇかっああっ!?こっちこいよおっ!!」
男たちはアンコウの体をつかんで、引きずるように歩き出す。
アンコウも特別抵抗をせず、男たちに引っ張り連れて行かれている。
「ケッ!情けねぇ!この野郎ビビって声も出せねぇぜっ!」
「おいおい、もうチビってんじゃねぇのかぁ?」
男がアンコウの
まわりで、その様子を見ていた人たちは眉をひそめ、ため息をつき、首をふっている。珍しくない光景なのだろう。
彼らには、ゴロツキどもに憤りを感じても、それを止めるだけの力がない。
しかし、そんな中にも数名、薄笑いを浮かべていた者。冷めた目で見つめていた者がまじっていた。そんな彼らはゴロツキどもの愚かさに気づいていたのだ。
そして、その内の二人が席を立ち、アンコウたちが消えていった路地にむかって歩き出した。
□
「も、もう勘弁してくださぁいっ!」
「ああ?勘弁するわけねぇだろうがっ!このボケナスがぁっ!」
ドガッ!ドガッ!ドガッ!
「ヒイィッ!ヒグッ!グゲエェッ!」
四人目の男がアンコウにけり倒されている。鎧をつけていた三人は、すでにボコられ、地に倒れ伏し、ピクリとも動かない。
アンコウは、自分より弱い邪魔者に容赦はしない。
ドゴォッ!バギイィッ!
嫌な音が響いた。男の腕が決して曲がらない方向に曲がっている。
「ひいぃぃぃー、や、やめてくれぇぇ」
「しゃべんなっ!息が臭せぇんだよっ!」
ドゴッ!バゴォッ!ドガアァッ!
と、シバきつづけるうちに四人目の男の耳障りな声もしなくなった。
「ふぅーーっ」
アンコウは手を止めて、大きく息を吐く。
アンコウは武器を手に持っていない。素手だ。
抗魔の力を持たぬ人間族など、どれほど力自慢であろうと、古参兵であろうと、抗魔の力を持つ者の敵ではない。
アンコウは自分の手をグッパッしながら、じっと見つめる。
「………………」
(カラダん中の抗魔の力が相当に増してるよなぁ)
アンコウは例の呪いの魔剣を手に入れ、共鳴を為して以降、自身の抗魔の力が増強されていることをあらためて実感している。
「ヒッ!ヒィッ!ヒイッ!」
残っていた最後のゴロツキが腰を抜かし、涙と鼻水で顔をグチャグチャにしていた。
「………チッ、まだいるのか」
アンコウの頭にのぼっていた怒りは、四人をシバキ倒したことで、かなり解消されてしまっていた。
(……なんか面倒くさくなってきたな……)
「………おい」
「ヒイィッ!」
男は完全に怯えている。
「お前、殴られるの好きか」
「ひぐぅぅぅ、ゆ、ゆるしてくれぇぇ」
初めの威勢の良さはかけらも見えず、男は実に情けない顔で、ブンブンと必死で首を横に振っている。
この男は五人のゴロツキの中で一番背の高かった男だ。190cm以上はある。
関取のような肉付きのよい体躯。顔半分が隠れている髭面で、実に厳つい。
その男がアンコウの前で泣き、怯えている。
「そうか、でもお前みたいなクソのわびはいらねぇ、その代わり働け」
アンコウは血まみれで路地奥に倒れている四人をアゴで指し示す。
「こいつらが持っている金を全部集めろ」
「ヒグッ!」
怯えた男は動かない。
「……なんだぁ、殴られるほうがいいのかっ」
「ひ、ひえっ!す、すぐに集めますぅぅぅ」
「銅銭一枚でも残してみやがれっ!テメェぶち殺してやるからなっ!」
「はひぃぃぃぃ」
大柄の男は地を這い進み、血まみれで倒れる仲間たちの懐をあさり始めた。
その時、路地の向こう側から進み出てくる人影がふたつ、それにアンコウも気づいている。
(ふぅん、出てくるのか。殺気もないから、ただの野次馬かと思ってたんだけどな)
その人影と向き合おうとしたアンコウより先に、その人影のほうから声をかけてきた。その声は、アンコウにとって実に意外なものだった。
「よう、アンコウ。お楽しみだなあ」
野太い男の声。転がっているゴロツキども以上に厳つい顔。筋肉の鎧をまとったようなガッチリとした体格の人間族の男が、アンコウに話しかけながら近づいてきていた。
その男の姿を視認したアンコウは、目を大きく見開いた。
「!!あ、あんたっ、ダッジかっ!?」
アンコウも、さすがに驚きの声をあげる。
そこにいた男は、あのダッジだった。ダッジはアンコウがアネサで冒険者をしていたとき、何度もパーティーを組んで、迷宮で魔獣狩りをしたことのある男だ。
アンコウがダッジに会うのは、アネサがグローソン軍の侵攻をうけ、陥落した時以来になる。
ダッジもアネサを中心に活動している冒険者だったのだが、裏でグローソンの
久方ぶりに見る変わらぬ男の顔を見つめるアンコウ。アンコウにとってダッジは別に友人というわけではない。
迷宮の魔獣狩りという仕事を行う時に、互いに互いを利用し合うというビジネスライクな付き合いの相手であり、好きとか嫌いとかそういう感情の対象でもない。
「……ダッジ、何であんたがこんなところにいるんだ?」
アンコウがごく当然の疑問を口にする。
「そりゃあ、お互い様だ。何でお前がイェルベンにいる。確かネルカに行ったと聞いていたんだがな。まぁ、もう随分前の話にはなるが」
「チッ、俺が先に聞いたんだぜ、ダッジ」
「フンッ、お前も知ってるだろう。俺はグローソン側について真面目に働いた。その俺が、グローソンの拠点にいても何も不思議はねぇだろう」
ダッジは自分の都合でイェルベンに来ていて、たまたまゴロツキに路地に連れ込まれていくアンコウを見かけたらしい。
アンコウは、ダッジの前身が滅んだ地方貴族の騎士の家門の者であったことを思い出す。
「ああ、そうか、新しい御主人様を探していたんだったな。アネサの功績で、グローソンで騎士様にはなれたのかい。そのわりには馬は連れていないし、その格好も冒険者みたいだな」
この二人は特別仲が悪いわけではないのだが、いつも腹の探り合い、嫌味の言い合いじみた会話になりがちだ。
「………るせぇぞ。アンコウ」
ダッジが目でアンコウに凄んで見せる。
「おお、怖えぇ」
アンコウはわざとらしく肩をすくめて見せた。その時、
「あ、集めてきましたあぁ」
「あん?ああ、忘れてた、お前か」
アンコウから、倒れた仲間から金をあさってくるように命じられていた大柄のゴロツキの男が、小さな袋に金を詰めて持ってきた。
怯え震える男は
アンコウは中身を確認することなく、その袋を受け取ると、
バギィイッ!
男のアゴを下から上に蹴り抜いた。
ドザァンッ 男は白目を剥いて、仰向けに倒れた。
「おい、アンコウ。そいつ
「ん?そうか?」
アンコウもダッジも、どうでもいいという風だ。
「アンコウ、小金が入ったんなら、昼飯でも奢ってくれや。積もる話もあるってもんだ」
アンコウは、左の手の平の上にある血が滲んでいる銭袋を見る。
(まぁ、こんな金は持っていてもインケツの元だからな)
「まぁ、いいよ、奢ってやるよ。―――ホルガ、お前もな」
アンコウは、ダッジの後ろに立っている白毛の獣人女にも声をかけた。ホルガは、ダッジが使役している奴隷で、ダッジ同様アンコウの古馴染みである。
そしてアンコウたちは、3人連れ立って粗大ごみが5つ転がる路地裏を後にした。
「ダッジさんっ!」「どうでしたかっ?」「ホルガもっ」
アンコウたちが路地から大通りに戻ると、三人の男たちがダッジのほうに走り寄ってきた。
それをじっと見つめるアンコウ。
(………三人とも知らない顔だな。それに武装はしているが、三人とも抗魔の力は持っていないか)
その三人組の視線が、ダッジの横にいるアンコウのほうに移る。
「おうおう、お前、ダッジさんにちゃんと礼は言ったのかぁ。ついてるやつだな、ダッジさんとホルガさんに助けてもらえるなんてよォ」
そのうちのひとりが、悪気があるのかどうかはわからないがアンコウに絡んできた。
「なに黙ってんだ?もしかして怖くてしょんべんでも漏らしたのかよ、情けねぇヤロウだな~。おいっ、聞いてんのかよ!?」
「……………」
アンコウの顔が再び能面に。
「ん?おいお前、その手に持ってるのなんだ?おおっ、金かっ!なかなかよくわかってるじゃねぇか、チビっ」
この男も身長が190cm近くある。
アンコウは腰の魔戦斧の柄に手をかけた。その瞬間、アンコウの
その変化は抗魔の力を持たない者たちにも伝わる種類のものだ。
そして、
ビュンッ! 一閃。
「へぇっ!?」
アンコウに絡んできた大男の口から、間抜けな声が漏れる。
男の額の辺りが、浅いながらパックリと割れ、びしゅーっ と血が噴き出していた。男はその場で腰を抜かした。
アンコウの右手には、大きな加工魔石が嵌め込まれ、刃が赤く妖しく光る魔戦斧。それがただの魔戦斧でないことは誰の目にも明らかだ。
アンコウは無言のまま、腰を抜かした男の胸のあたりを足で踏みつけ、地面に縫いつけた。
男は何の抵抗もしない、三人組の残りの二人もピクリとも動かない。いや、動けなかったのだ。
三人組だけではない、周囲が凍りついたような静寂につつまれている。
その原因は言うまでもない、アンコウだ。
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