第48話 ひみつの道

 アンコウは、一つ目の大猿サイラアイモンキーという名の毛深いオッサンを食べたくない一心で、腰の魔具鞄の中に入れていた ある物を取り出した。


「こ、これだっ!」


 アンコウが魔具鞄の中から取り出したもの、それは、見た目がニワトリのような鳥。アンコウはそのニワトリのような鳥の足をつかみ、ぶら下げるように手に持っている。


 しかしその鳥は、羽は全身真っ白で、ニワトリのような形状の鶏冠とさかもあるものの、ニワトリにしてはあきらかに巨大で、くちばしや足の爪も大きく鋭い。

 それに2本の鳥足のほかに、翼の根本からも鋭いカギヅメの付いた手が生えていた。


 そのアンコウが取り出したものは、動物の鳥ではなく、数日前にアンコウがたまたま狩って、食用にと魔具鞄にしまっておいたロンバドル鳥といわれる魔獣の鳥だ。


 アンコウが突然、魔具鞄の中からロンバルド鳥を取り出したのを見て、カルミは何だろうと首を傾げる。


「ほ、ほら、あれだ。そんな猿より鳥のほうがうまいぜ。これを食べよう。それに、そんなデカイ猿持って帰るのは重いだろう?」

「別に重くないし、一つ目猿もおいしい。それにその鳥よりも大っきい」

「!! ま、待て、もう一羽あるんだ!」


 アンコウはあわてて、もう一度腰の魔具鞄に手を突っ込んで、同じくロンバルド鳥を取り出した。

 そしてアンコウは、両手でロンバルド鳥の足を持って、カルミのそばに駆け寄っていく。


「ほら見ろ!丸々太っていて、2羽もあるぞ!血抜きもしてある。貰ってくれ、プレゼントだ!」

「………プレゼント!」


 カルミはロンバルド鳥そのものよりも、アンコウが言ったプレゼントという言葉にピクリと反応を示す。


「……カルミに?」

「そ、そうだ、カルミにプレゼントだ!貰ってくれるか?」

「う、うん!ありがと!アンコウ!」


 カルミの顔がうれしそうな表情に変わり、アンコウにお礼を言うと同時に、両手で持っていた一つ目の大猿サイラアイモンキーをひょいと放り投げた。


 たいして力を入れていないような軽いカルミの動作であったが、地面を引きずられていた大猿の体が、フワリとアンコウの目線以上の高さに浮き上がり、ドサリッ!と、また地面に落ちる。

 美しい放物線を描きながら自分の目の前を飛んでいき、再び地に落ちた毛深き全裸のオッサンのような大猿兼食材をアンコウは複雑な表情を浮かべて見た。


(………まっ、これであれを食べずにはすみそうだ)


 そして、両手が空いたカルミは、その両手でアンコウが差し出している2羽のロンバルド鳥をしっかりとつかむ。

 アンコウが視線をカルミに戻すと、カルミは両手にデカイ鳥を2羽持ち、うれしそうな顔でアンコウを見ていた。


「……喜んでくれたみたいで、よかったよ」

「うん!カルミこれ食べる!」


 カルミはあまり表情豊かとはいえないが、その分、声の調子はもの凄くわかりやすい。カルミは大きな声、うれしそうな口調で答えるとまた歩き出した。


「アンコウこっち」

「ああ、」


 今度はアンコウも、おとなしくカルミの後ろをついて歩き出した。

 カルミは魔素の漂う森の中を、両手に持った大きな鳥をグルングルン振り回し、そして歌いながら歩いていく。


「♪ヨーデル ヨーデル ヨーレホッホッホー♪」


 アンコウはそんなカルミの後姿を何ともいえない顔で見つめながら歩いていく。


「……まぁ、喜んでるみたいだし、いいだろう……」





「……しかし、こんなところで、まさか一人暮らしとはなぁ」


 ひとり椅子に座るアンコウは、何度目かのつぶやきをもらす。


 アンコウがカルミの家に着いてから、すでに1時間近くが経つ。そこは薄い魔素の森の中にポツリと立つ一軒家。


(なるほど、村じゃなくて家だったな)

 しかもカルミは、たった一人でこの家で暮らしていた。

(当てが外れたか。まさか6歳のガキが、こんなとこで一人暮らしとは)


 カルミのまわりにいるだろう大人たちから情報収集をするという目算は外れたが、アンコウはまだカルミの家にいる。


(何か知っているだろう)


 カルミは6歳の子供といえど、こんなところで一人暮らしをしているのだ。

 これからイサラス山脈を越えようかと考えている自分にとって、何らかの有益な情報を聞くことが、カルミからもできるんじゃないかとアンコウは思った。


(まぁ、特別急いでるってわけでもないしな)


 そのカルミが ♪ヨーデル、ヨーデル♪ と歌う声が、アンコウがいる部屋の外から、かすかに聞こえている。


「……どんだけ気に入ったんだ、あの歌」


 カルミは只今、ご飯の支度真っ最中である。


 このカルミの住んでいる家に足を踏み入れると、そこは鍛冶工房になっていた。

 アンコウは、そこがカルミの祖父の工房で、その祖父はひと月ほど前に死んだとカルミから聞いた。


(そこそこの腕があったみたいだな)


 カルミが身につけていた装備は、すべてその亡くなった祖父がつくったものらしい。


 同じ妖精種でも、エルフ族の多くの者が精霊法力を精霊法術として具現化するすべに長けているのに対して、ドワーフ族は一般的に精霊法力を用いた魔工の術に長けている者が多い。


 魔武具、魔道具を製作している優れた魔工匠の多くがドワーフであり、歴史的に傑出した魔工匠といえば、そのすべてがドワーフ族かその血を引く者であるといって過言ではない。



「アンコウ、ごはん出来た!」


 アンコウがあれこれ考えていると、土間のほうからカルミの大きな声が聞こえた。


 しばらくすると、カルミができたばかりの料理をアンコウが座っているテーブルの上まで持ってくる。

 そしてアンコウは、テーブルの上におかれた料理をじっと見る。


 一つ目の大猿サイラアイモンキーを普通に食べているカルミだ。

 おかしなものを作られたら堪らないと思ったアンコウは、自分も手伝うとカルミに言ったのだが、カルミは聞き入れなかった。

「アンコウはお客さんだから、座ってる」の一点張りだったのである。


 テーブルの真ん中には、大きな皿のうえに何枚もの少し厚めに焼かれたナンが積み重ねられている。

 そしてアンコウの目の前には大きなお鉢がひとつ。ロンバルド鳥の具だくさんスープだ。


(…………普通だな)


 山盛りのロンバルド鳥の肉と、野草、キノコのようなものがたっぷり入っているが、アンコウが見る限り、グロテスクなものや怪しげなものは見当たらない。

 アンコウは目の前の大きな汁鉢から目をあげて、自分の正面に座っているカルミのほうを見る。

 カルミは何やら得意げな顔でアンコウを見ていた。


(……少し慣れれば、わかりやすいやつだなぁ)


 ひと様の家で、食事をご馳走になるのなら、当然6歳児相手でもマナーは守らなければならない。それになにより、この6歳児は万が一怒らせた場合、アンコウでも命取りになりかねないぐらいヤバイ強さを持っている。


「すごくおいしそうだな、カルミ。全部お前が作ったのか?」

 アンコウは、全部カルミが作ったということを当然知っている。

「うん!」

 カルミはさらに自慢げに大きくうなずく。


「そうか……じゃあ、いただくか」

「うん!」


 アンコウは、おもむろに箸を持った手を伸ばすと、目の前の器の中に入っている肉をつかみとり、ひとくち口に放り込む。


「……………」

 その肉とスープの味は、これ以上ないぐらいまったく普通の味であった。

(……ふつうだな。普通に食べられる……)


 前を見れば、カルミはまだ食事に手をつけず、じっとアンコウの様子を伺っている。

 そのアンコウを見るカルミの目が、なぜかキラキラしているようにアンコウには見えた。実にわかりやすい。


「……うまいな!カルミは料理が上手なんだな!」

「うん!じいちゃんにも作ってたから!」

「そうか」


 アンコウは少々面倒くさいと思いながらも、食事をしながら、しばらくカルミとそんな会話を続けた。

 そしてアンコウは、カルミの様子を見つつ、頃合いを見計らって自分が知りたいことをカルミに尋ねはじめた。


「なぁ、カルミ。俺はいま旅の途中で、これからイサラスを越えなくちゃいけないんだ。あの山を越える道を知らないか?」

「ング、ゴクッ、ひぃらない、」


 カルミはもぐもぐと食べながら、あっさりと答える。


「………い、いや、どんなことでもいいんだ。じいちゃんが何か話してたこととかさ、商人とかもここに来てたんだろ?誰かがあの山を越えて、商売をしに行ったとかさ」

「じいちゃんはここからイサラスに入るやつはバカだって言ってた。それか死にたがり。あの山の奥にはものすごく強い魔獣がいるって言ってた。アンコウ、バカ?」

「……………」


 子供と話をするのは時に疲れ、時に腹が立つものだ。アンコウは、スープとともに怒りをグッと飲み込んで話しを続ける。


「……バカではないよ。だから考えなしにあの山に入る気はない。

 なぁ、カルミ。どんなことでもいいんだよ。グリフォンに乗って越えていくとか、秘密の道があるとか、……何でもいい、どんなバカバカしいことでもいいんだ!……カルミ、何か思い出してくれないか」


 クサい演技ではあるが、アンコウは必死な表情を浮かべて再度カルミに問いかけた。

 カルミは、一瞬大きくなったアンコウの声に少しビクッとなる。

 それにアンコウが発した言葉の中に、カルミが反応を示したワードがあった。


「……ひ、ひみつのみち……」

 こどもの反応は素直なものだ。アンコウが見逃すはずもない。


「……カルミ?ひみつのみち、あるのかい?」

「し、しらない!」


「カルミ、俺はすごく困っているんだ。どうしても、どうしてもイサラスを越えないといけないんだよ」

「ち、ちがう!ひみつの道、イサラスを越える道じゃない!」

「道はあるんだ?」

「あう………じいちゃんが誰にも言ったらだめだって」

「カルミ、俺は困っているんだ。イサラスを越えられないと死んでしまうかもしれない」

「……アンコウ死ぬの?」


 死と聞いて、カルミはついこの間死んだ祖父のことを思い出す。

 カルミの食事をする手が止まり、薄っすらと目に涙が溜まってくる。


「大丈夫、カルミ。死なないさ。お前が秘密の道のはなしをしてくれたらね」

「で、でも、あの道はイサラスを越える道じゃないと思う。それにじいちゃんが」


「カルミのじいちゃんはとってもやさしい、いい人だったんだろ?じいちゃんはカルミに言ってなかったか?人には優しくしてあげなさいって。思いやりの心は大事だよって」


 アンコウは気持ち悪いほどのやさしい声色を使い、誰にでも当てはまるようなざっくりとした内容の話で、カルミの大切な人との思い出に訴えかける。

 きわめて単純稚拙な話法だが、エセ霊能力者的な話術の効果をアンコウは知っている。


 そしてアンコウのその言葉は、確実に6歳児の心を揺さぶった。そのアンコウの言葉が、カルミに死んだやさしいじいちゃんの言葉を思い出させる。


『カルミ、人にはやさしくするもんだ。人にあげたやさしさはまわりまわって、自分のところに帰ってくるからな。

 カルミ、この先どんなつらいことがあっても人に対する思いやりの心を捨てちゃダメだぞ。人は見ていなくても、大精霊様はいつも見ておられるからな。思いやりの心を捨てたら、お前が大精霊様に見捨てられるぞ』


「……フグッ、じ、じいちゃん。じいちゃん、言ってた」

「そうだろ?だから大丈夫さ。カルミが秘密の道の話をしても、こんなにも困ってる俺を助けるためだもの、天国のじいちゃんは褒めてくれるに決まってる」

「ほ、ほんと?」

「ああ、俺は大人だからわかる。じいちゃんは、困ってるアンコウさんに話してあげなさいって言ってるよ……」


 目に涙をいっぱいに溜めたカルミが、こくりと頷いた。


 その後アンコウは、カルミから『ひみつのみち』の話を聞き出した。

 しかしカルミは、ぽつぽつと秘密の道のことを話してくれはしたが、やはり話すことに抵抗があるようで、何度聞きなおしても、なんとも要領を得ない。


 とにかく死んだじいちゃんから入ってはいけないと言われている秘密の道が、この森の中にあるということだけはアンコウにもわかった。


 カルミは、その道はイサラスの向こうに続く道じゃないと言っているし、アンコウもたいして期待を持ったわけではない。

 だが、せっかくここまできたのだから、ついでに見ておきたいと考えた。


 アンコウは、しぶるカルミをなだめすかし、だまし、結局その道のあるところまで行ってみるだけだという約束で、カルミに道案内をしてもらうという頼み事を受け入れさせた。

 複雑そうな顔のカルミに、アンコウは 『じいちゃんは褒めてくれてるさ』 と何度も笑顔で言った。

 

 心汚れた大人のアンコウには、毛深いオッサン(一つ目の大猿サイラアイモンキー)の活け造りを口いっぱいに詰め込むぐらいのことをしてもよかったのかもしれない。

 その程度のことなら、大精霊様もカルミを許しただろう。

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